――悪いのは誰でしょう。
「……あれ?」
地の谷に向かって、足元に目的地は見えていたけれどこのまま行ったら夜になりそうだったその日。このままだと真夜中になってしまいます! それではドワーフさんたちにご迷惑をかけてしまいますから!! ――というガンツの熱意あふれる主張により、谷の手前で野宿することになったその日。
ジャックは首をかしげた。
……見覚えのない瓶が、荷物の奥底に隠すように入っていた。
「んー」
無造作につかみ出してみる。瓶は重くて、透かしてみれば黒なのか緑なのか茶色なのか、やたらと濃い色ガラスの向こうにやはりたっぷり満タンだと分かる。
貼ってあるラベルには――、
「……塗りつぶしてある、よな」
「んだな」
「うわぁっ!?」
いきなりの同意に思わず声を上げれば、僧侶ギルドのクライヴがいつもどおりの読みにくい表情で、いつもどおりぬぼーっとそこに立っていた。なんだかジャックの手元を覗き込んでいた。
……いつの間に。
ジャックは驚いたことを誤魔化すように、むっと半眼になってみる。
「……なんだよ」
「手が止まってたから見に来たベ」
「…………あっそ」
しばらくにらんでみたけれどいっこうにこたえた様子も怯んだ様子もないので、馬鹿らしくなって息を吐く。
それでクライヴのことは忘れることにして、もう一度、瓶をまじまじ見ながら、
「――普通に考えりゃ、団長の私物だよな」
「そうだか?」
「オレのじゃねえし、カタブツのリドリーが私物持ち込みするか? 初任務だぞ。……で、今こうしてお前が覗き込んでるとくりゃ、あとは団長しかいないだろ」
「……少しは考えてるんだな」
「……喧嘩なら買うぞ。暇だし」
もう一度半眼でにらみつければ、今度のは皮肉を言った自覚があったらしくわざとらしく視線を泳がせる下っ端神官。
……ひょっとして、宗教関係者というのはみんなこういう、つかみどころがないというかのれんに腕押しというか、そんなあやふやな人種なのだろうか。
「……いいけど」
でもなあ、などと口の中でぶつぶつ文句を言いながら。
ジャックは瓶の封に手をかけた。もうにらんでいるわけではなかったものの、ずっしり来た疲労に半眼の視界のすみにいるクライヴが。あ、とか間抜けに口を開いている。
「……ふう」
ガンツと二人がかりで簡易テントを張り終えたリドリーは、額に軽く浮いた汗を手の甲でぐいとぬぐった。細かい調整は私がやりますから、と目上年上のくせにかいがいしいガンツがそう言ってくれたので、じゃあ私は荷物を持ってきますとその場を離れる。
「……うん?」
すっかり遠足気分キャンプ気分で、はいはーい! テント張ってみたいでーす!! などとお調子者全開で名乗りを上げておいて、結局はテントの張り方を知らなくて、もういい足手まといだお前は向こうで携帯食料を出しておけ、と命令したジャックが、
たきぎ拾い兼見回りのクライヴまで巻き込んで、何やらこそこそしている。
「……何をしている! 荷物を取り出すこともできないのか!?」
ずかずかいきながら声を上げれば、妙に楽しそうに和やかに無駄話をしていた二人が、まるで示し合わせたようなタイミングで彼女に振り返った。
少し、居心地が悪い。
「……お前な、」
「お、リドリー! ナイスタイミング。これ、呑まねえ?」
「は!?」
差し出されたのは、ちょうどたった今封を切ったばかりらしい小ぶりの瓶。ねっとりと漂いきたのは――馴染みがあるとか覚えがあるとかまではいかないものの、確かに知っている独特のにおい。
「お前分かってるのか!? これは任務だぞ勤務中で仕事中だ! それを……!!
私物の持ち込みならまだしも、酒じゃないか!!」
「……だよな、やっぱ酒だよなあこれ」
「……!?」
かっと怒りに叫んで、その返事がわけが分からない。次の言葉を見失ったリドリーがとりあえず吊り上げていた眉を寄せてみれば、
「……いやあ、誰かの私物なんだけどさあ」
にまにまにやにや。
あまりたちの良くない感じの笑みが満面に浮いている。
「せっかく封切っちゃったしさ、呑まねえ?」
……ほら来た。
「任務中だ!! 元通り蓋をすれば良いだろう!!」
「もうなくしちまったし」
そのへらへら笑いを止めろ。
いちいち神経をさかなでる言動に腹を立てていると、そうやって怒りに目をくらませていると。
「ほい」
「あ……」
グラスが手渡された。うっかり、受け取ってしまっていた。
とくとくとくとくとく、
音を立ててグラスに注がれていく琥珀色の液体。グラスを抱えたリドリーは反応に困っているようなので、ジャックが手酌で自分のグラスも満たしていく。
クライヴも誘われたけれど、教義で禁止されているからと断った。同僚で呑んでいるのを数名知っているけれど、一応そう主張すれば、ジャックはあっけなく引き下がった。
引き下がったジャックが、
「姉ちゃんの果実酒以外の酒ってそういえばはじめてだ。……湯で割ったのしか呑んだことないんだけどな」
「そうか」
「……」
ものめずらしそうににおいをかいで、なんだか嬉しそうにうえー! とよそを向いて。楽しそうな様を見るのは面白いので、クライヴはそのまましばらくジャック観察をすることにする。
観察対象のジャックはグラスを、実際何の酒かも分からないくせにくいーと勢いよく傾けて、
そのまま、ぐらりと倒れ込む。
「お、おいっ!?」
いまだ両手でグラスを抱えたリドリーが、そんなジャックに心配そうな声を上げる。
くらくらと目が回った。
ぐるぐると世界が回った。
顔が熱くて身体が熱くて、ふわふわしてどきどきする。音がこもったように聞こえて、変だと思うのに。
やけに楽しかった。
とても楽しかった。
――やばいくらい、なんだか楽しくて、
「ジャックさん、リドリーさん、クライヴさん。荷物は……って、ああー!?」
細々したところのテント整備がやっと終わって、そういえばやけに静かだな、荷物を持ってくるといったきりリドリーが戻ってこないななどとのんびり考えていたガンツは。のんびり思いながら、なにやら楽しそうにかたまっている三人の元まで歩いていったガンツは。
ひっそり楽しみに持ってきていた酒をしっかり見つけてちゃっかりいただいている部下たちに大声を上げた。
その声に押されるように、立ち位置の関係上ガンツに背を向けていたジャックが、
ぐらり、揺れて倒れて、――今度こそあわてて駆け寄れば、顔も指先まで真っ赤に染まったジャックがぐるぐると目を回して、そのくせ楽しそうに笑っていた。たった一口なのに情けないべ、などとぼやくクライヴがけれど面白がっているようで、
両手でグラスを抱えていたリドリーがこちらは水でも飲むようにあっけなくグラスを呑み干して平然と、
「すみません団長、すぐに荷物を運びます」
「……はい」
「あちゃー、これはオラの手には負えねえべ。テントに運んでおくがせいぜいだ」
「……あ、ああ……よろしくお願いします」
「えへへへへへへー。ぐるぐるー」
「…………ジャックさん……」
楽しみにしていた酒を呑まれて、しかも栓が見当たらずにこれをどうしようと頭を悩ませながら。ガンツはがっくりと、丸い肩を落とした。出発当初はどうにもばらばらで、雰囲気がぎすぎすしていた三人がなにやら仲良くなっていて、それにこの酒が貢献していたなら、と思おうにしても。
泣きたい気分だった。
無断で他人のものと思われる酒瓶を開けたジャックと。
すぐ近くで一部始終眺めていながら特に何をしたわけでもないクライヴと。
予想外に呆気にとられて、結果ジャックの独走を止められなかったリドリーと。
そもそも任務中、仕事中に酒などをこっそり持ち込んだガンツと。
――悪いのは一体誰でしょう。
翌朝、たったあれだけで見事に二日酔いになったジャックと、結局栓が見当たらないからと瓶丸々一本開けたガンツとが。調子悪そうにしていたけれど。
予定通り、一行は昼あたりに地の谷に入った。
ドワーフの酒に、ガンツがこっそり目を輝かせていたのには――リドリーは気付かないでおこう、と思った。
