――馬鹿な。
――なんて、愚かな。

―― sot personnage

オークの隙を突いた、はずだった。わずかな隙を突いて斬りかかって、時間を稼ぐつもりだった。
けれど。
オークの身体能力を軽く見ていたのか、それともわざと隙を見せるオークの作戦にひっかかったのか。
気付いたときにはリドリーの目に、オークの攻撃がものすごい勢いで迫って。到底避けきれる勢いでもない重い重い攻撃が迫って、

――それからあと、何があったのか彼女は知らない。
ただ、
……ただ、叫び声のような何かに。闇に沈んでいた意識が、少しだけ浮上する。

◇◆◇◆◇◆

「――!」
「……?」
遠く遠く、何かが聞こえて。少しだけ意識が動いた。動いたことで自分が闇の中にぼんやり浮かんだような状態だと気が付いて、彼女は眉を寄せた。
実際、そこにあったのは彼女の意識だけだったから。意識だけだということに、彼女自身気付いていたから。だからそうしたつもりになって、結局は何も動いていないことも分かってしまったけれど。
――どこだ、ここは……?
つぶやいたつもりだったし、ただ思っただけだったかもしれない。どのみち声は音にはならなかったし、耳にも何も届かなかった。ただ、それでも思考は周囲を波の用にふるわせて、それがなんだか不思議な感じがする。
けれどそれが当然のような気がする。

何があったのか分からない、今がどういう状態かも分からない。分からないけれど身体が思考がひどくだるくて重くて、何もしたくなかったし考えたくなかった。このままではいけないと意識の片隅が叫び声を上げたけれど、いつもならその声に迅速に従う、むしろ意識全体がそう思うはずのリドリーは。
いつもはそうなのに、その時、まるですべてが億劫で。

――このまどろみの中で、もう少しゆっくりしていたい。ゆっくりしていてもいいだろう。
甘い考えは甘い誘惑で、なぜだかひどく疲れていた彼女はそれに逆らうことができなくて。逆らおうと思うことさえできなくて。
けれど、

◇◆◇◆◇◆

「――――!!」
けれど、また声が聞こえた。最初に意識が動いた、そのきっかけになった声。なぜだかひどく心がざわめいて、何も聞こえない闇の中で、その声だけが響いてきて、

――もう少し、ゆっくりしていたいのに。
――ゆっくりまどろんでいても、かまわないと思うのに。

それなのに、一度揺らいだ意識はざわめきを止められない。ざわめいて、ざわめきが後押しして。暗く深い闇から、ほんの少し浮上しようと。リドリーの意識が、そう、動いて。

「……!!」
耳に届いた声、背負われているから、背負っている人間の呼吸や脈まで分かる。身体が重くて意識が重くて、すべてが不明瞭な世界の中で。まるで動かせない身体に、けれど声が直接響いてくる。
リドリーの思考が、ゆっくりゆっくり巡っていく。

◇◆◇◆◇◆

彼女を今背負っているのは、いっそあきれるほどに無知で単純な少年で。
背後から心配そうに気配を投げかけてくるのは、お人よしでどんくさい彼女の上司。
そして、……そして。少年が噛み付いているのは、

意識が、また少しだけ浮上した。まぶた一つふるわせることもできないけれど、確かにリドリーの意識は浮上した。
浮上して、そして思った。

――ああ、なんて馬鹿なんだ。
――この男に真面目に取り合っても無駄なのに。

今まで漠然と覚えていた嫌悪感が、今になって妙なほど鮮明になっていた。その嫌悪感の理由が鮮明になった分何だか変によく分かる。
愚かなプライドにしがみついた男、たぶん同じプライドに凝り固まっていた自分。それにだけこだわり続けて、本質やその他大事なものすべてをなおざりにする男、きっと同じことにこだわり続けた自分。
死にかけている今だからこそ、よく分かる。
半分くらいはきっと同族嫌悪で、残りの半分は――

◇◆◇◆◇◆

――だから、馬鹿な、と思った。
――思わずに、いられなかった。
同時に、

――必要ない、ジャック。こんな男捨て置け。私なんか捨て置け。
――こんなことにかかずらわっているな、お前はお前なりにすることがあるんだろう?
――貴族だから、平民だから、じゃなくて。
――父親がどうとか、今なら言うつもりもないから。
――関わるな、ジャック。お前の時間を無駄にするな。

同時になぜだろう、そんな意識が弾けて。よく分からないけれどそんな感情が弾けて。
けれど身体は指先一本も動かせない、周囲の時間はリドリーを置いてめまぐるしく流れていく。どうやら彼女を背負った少年が懸命に道を急いで、それは誰でもない彼女のためで、変に素直な彼女の心が感謝の気持ちを伝えたくても、そんなことまるでまるでできなくて。
覚醒した意識は、ゆっくりとまた拡散していく。
思ったことが、感じたことが。記憶に残らないままゆっくりと消えていく。

――馬鹿、だ。
それは、誰のことをさしているのか。

分からないままにリドリーの意識が闇にとける。
とけて、ゆっくり消えていく――

―― End ――
2006/01/21UP
ジャック×リドリー・他
OFP
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sot personnage
[最終修正 - 2024/06/21-10:17]