――なぜ。
――なぜこうも違うのだ、ジャックのクセに。
「では私はテントを張っていますから、ジャックさん、リドリーさん、こちらをお願いします」
全員で分担して城からずっとかついできた大きなリュックを軽く叩いて、団長は去っていった。
「これってどうすりゃいいんすか団長ー」
「とりあえず中身を確認してからだな」
抗議というよりはぼやきのような声にははりがなくて、真面目にやれとかっと頭に血が上るのを懸命に抑えながら低くつぶやく。
そりゃそうだな、と手近なリュックを遠慮も警戒もなくがばっと開けたジャックが、しばらく凍りついてからぎぎぎっと振り返った。すがるように振り向かれたところで、リドリーは衝撃のあまりまだ解凍されていない。
抜けていく風はさわやかで、どこかで小鳥のさえずりが聞こえる。
野営演習訓練、と伝達があった。
念のため戦術指南書を確認して、武器をはじめ装備品の手入れをして、携帯食料も余裕を見て荷物に入れておいた。
集合場所で人数分の大きなリュックと共に待っていた団長、例によってぎりぎりというよりは遅刻してきた上に武器以外何も持っていなかったジャック。
さあ出発しますよ、とリュックを背負い上げた団長の姿に、そうだ、確かに何か違和感があったのだ。
いや、違和感というよりも、何かおかしな既視感というべきか。
「――なんで、わたしが」
うめくリドリーの手にはナイフ。反対の手には泥のついたジャガイモ。
「しょーがねーじゃん、団長の指示書の通りにしないと」
「あれは指示書というよりも、単なるメモだろう!」
「でも実際、マズい携帯食料よかこっちの方がミリョクじゃん。団長のメシってどんなだろ」
彼女の向かいにはジャックが適当な石をいすがわりに座り込んで、同じくナイフでジャガイモの皮をむいている。
――材料と道具は一通り揃っていますから、夕食の準備をお願いします。
――味つけは私に任せてください。
微妙なクセがあるものの十分達筆な団長のメモが脳裏に浮かび、がくりと肩を落とす。
「……何かおかしいと思ったんだ……」
何かに似ていると思った朝の団長の姿は。ああ、そうか。遠足やらハイキングやらにうきうき出発する幼い子供に酷似していたのだ。演習用の物資だとばかり思い込んでいたリュックも、思い返してみたなら確かに、武器や防具やその他戦闘訓練に必要なものといった感じは全然しなかった。
「ま、ぶつぶついってる間に手を動かした方がいいって」
いつもとは逆、ぼやくリドリーと真面目に動くジャック。ジャガイモの山からひとつをとって、ナイフを当てるとするすると皮がむけていく。ごつごつの土だらけだったそれはあっという間に白くすべすべの肌になり、最後の仕上げとばかりに残った芽の部分も抉り取って完成。なべに放りこんで次のジャガイモへ。
何かの手品を見ている気分だった。
「やけに……手馴れてないか」
「んー? んなことないと思うけどなー」
不毛な会話にどっと疲れて、同じようにジャガイモの刃を当ててみたものの、実際やってみたならそれは驚くほどの強敵だった。目の前で見せつけられるジャックのようにはいかない。ナイフはジャガイモよりもリドリーの手を狙うし、ジャガイモはかたいし逃げるし皮も続かないでぶつぶつに切れてしまう。
やっとの思いでなんとか一個をむき終わり、鍋にそれを放ろうとして軽く凹む。すでに六個ほど、きれいに処理されたジャガイモが山になりはじめていた。というか元のジャガイモのサイズは大体同じなのに、リドリーの手の中のジャガイモは、鍋の中のそれの……半分くらいの大きさしかない。ついでに鍋の中のなめらかな肌のジャガイモに比べて、これはなんていびつでかくかくなのだろう。
――なぜ。
――なぜこうも違うのだ、ジャックのクセに。
うらめしげに見上げたなら、きょとんとした彼と目があった。というか七個目を鍋に入れようとして、どうやらリドリーが邪魔をしていたらしい。そしていびつで不格好なリドリーのジャガイモは多分ばっちり見られた。
恥ずかしさでもしも死ぬのなら、今この瞬間に何回絶命しただろう。
「……笑いたければ笑え」
「なんで?」
何か言われる前にと自暴自棄で吐き出したことばに、きょとんとした声が返る。
「つか、村にいた時はこれがオレの仕事だったし。はじめてのヤツより手際悪かったらどうなの? オレって」
「これ……?」
「野菜の下準備。ま、今と似たようなもんだよ。どかんと材料つまれて、なんだったらこういう感じに切っといてって姉ちゃんに指示されて、切り終わったらあとは姉ちゃんにそれ渡せばうまい飯になって出てくる」
「……おまえがマジメに仕事をしていた、のがなんだか信じられない」
「言ってろよ。
いや、確かに剣に夢中になってやんなかったことあるけど。気づいたらもう真っ暗でさ、びくびくしながら家に帰ったなら姉ちゃん台所で食事の用意してるわけ。別に怒ってる様子もなくて、なんだーとかほっとしたらこう、がつーん、ときて、」
「……どうした」
「――いや、その。何があったか今でもよくわからないんだけど。
なんか気がついたら家の柱に縛りつけられててさ、目の前で姉ちゃん平然と夕飯食べてるわけよ。泣いてもわめいても何の反応もしてくれないし。あれはキツかった。
オレは悟ったよ、メシ作るやつがいちばん偉い」
淡々とした回想の間にもジャックの手は動き、気づけばジャガイモはすべてむき終わっていたらしい。土ついてるから洗うかー、と鍋に水が入れられ、そこから一個持っていったと思ったなら手馴れた動きが一口大に刻んだものを別の鍋に放りこんだ。思い出したようにそちらの鍋にも水が張られる。
「というか、おまえに話したか? わたしが料理の経験ないこと」
「見てればわかるよ。ていうかほんとにはじめてだったんだ」
「やかましい。仕方ないだろう、わたしは他にやることがあったんだ」
「いやいや、すげーよ。オレがはじめてやったとき、食べるとこなかったもんな」
「……?」
「皮むき終わったら何もなかった。全然薄くむけなかったから、皮に身がついてさ」
「…………ほう」
「で、姉ちゃんにめちゃめちゃ怒られた。食べもの無駄にするなって。散らかしてた皮全部拾わされてさ、どうすんのかと思ったらそれよく洗って、最終的にスープになったよ」
ジャガイモが終わって、次はニンジン。やはり手つきに迷いはなく、土を落としたほうの鍋にむき終わったニンジンが次々と放りこまれていく。
リドリーは何もしていない。
普段バカにしているジャックがもしもここにいなかったなら、多分ようやく二個目のジャガイモをむき終わっていたかどうか。
――食事を作る人間がいちばん偉い。
そんなバカな、と思う。
けれどその通りかもしれない。いくら貴族だ騎士だと威張ったところで、料理人がいなければまともな食事さえ食べられない。一人では何も作り出せない。壊すことしかできない。
憬れる母は、料理などしない人だった。
周囲の誰もが、料理の作り方など教えてくれなかった。
そもそも、毎日毎食当たり前のように食べ続けてきたそれを自分で作ってみたいとは一度たりとも思わなかったのだ。それがどういう手順をふんでどうやって用意されているか、考えもしなかった。
今、そんな自分を思い知ってとてもとても悔しい。恥ずかしい。
ジャックがこうして姉の手伝いをしている間、自分は勉強し剣術の腕をみがき、だったら入団試験のあの時に彼に勝って当然だった。
はじめて料理に手を出すリドリーより、毎日手伝いをしていたジャックの方が明らかに手際がいいことと。それはまったく同じ、当たり前のことだ。
「――なあ、リドリー」
「な、なんだ」
動かない彼女に焦れたのかと、恥ずかしさで――先ほどよりももっと恥ずかしくて顔を上げられない。
「おまえさ、……ウサギ捕まえれる?」
「は!?」
「さっきからちょこちょこ見えるんだけどさー。捕まえようとしても、たぶん絶対逃げられるんだよな。
でもできるなら肉が食いたい」
予想外のことばにまたたいてふと視線を動かせば、なるほど、ジャックの目線の先には確かにウサギがいた。そのつもりで周囲を見れば、意外とたくさんはね回っている。
装備一式を――自分が持ち込んだ装備一式を思い返し、リドリーはそうだな、と頷いた。
「簡単な罠を作って、あとはそちらに追い立てればなんとかなるかもしれない」
「マジ!? やった」
「だが、さばけるのか? わたしは知らないぞ」
「……オレはさばいたことないけど、姉ちゃんがやったの見てたからやり方はなんとなくわかるよ。たぶんどうにかなる。
よっしゃ、肉だにくー」
「実際捕まえてから喜んでくれ。じゃあ行ってくる」
「おう、頼むな」
いってらっしゃーい、と手が振られ、どうしていいのかわからないまま歩き出したら、こっちはオレがやっとくから、と声が追いかけてきた。振り返ったなら鼻歌まじりにナイフを動かす彼の手つきにはやはり迷いがなくて、ジャガイモをたったの一個しかむいていない自分の醜態は何度思い返しても恥ずかしい。
ウサギを捕らえたら、それを手渡しながら宣言してやろうか。
次を見ていろ、と。
いつか絶対におまえを唸らせる料理を作ってやる、と。
そして城に戻ったなら教師と場所の手配をして、騎士の仕事もおろそかにしないで、なおかつきちんと着実に腕を磨いてやろう。
――その時のジャックの表情を想像して、……ああ、なぜこうもほほがゆるむのだろう。
