武器の手入れは、戦う者にとって当然の義務だけれど。

―― Zuverlassig Ding

し……ん、部屋に緊張が張り詰めていた。パーティメンバー全員プラスアルファ、十人ほどがその部屋に集まっているにもかかわらず、物音はほとんどない。
「……いくぜ。用意はいいな、マリア」
「当然よ。いつでもいいわ」
やがて。どこまでも真剣にクリフが声をかけ、マリアは口の端を上げてうなずいた。
さらにじわりと高まる緊張感。ごくり、誰かがつばを飲んだ音がやけに大きく部屋に響く。
「――はじめっ!」
かちり
声と一緒に無機質な小さな音が響いた。

◇◆◇◆◇◆

「これで……終わりよ」
じゃこん!
言うと同時にマリアは手を動かし、クリフが大袈裟に腕を振り下ろした。その手に握られていたストップウォッチを、たった今彼自身が止めたばかりのそれを、そろそろと、怖いものでも見るかのようにこわごわ確認して息を吐く。
「……すっげぇな……またタイム縮まってるぞ」
「何分?」
「大台まで二十秒切ってるってとこだ」
「……へえ……これから、ちょっとがんばってみようかしら」
ホルスターに組み上げたばかりの銃をしまい、目隠しを取る。おおーっ。期せず上がる感嘆の声。屋敷の一室に興奮の熱気が立ち込める。

河岸の村アリアス、領主屋敷一階応接室。
一行がバール山脈からいったん引き返し、この村に着いたのは昨日の宵の口だった。とりあえず一泊して、明けて今日。アイテムの買い出しなどの雑用などもすんで、しかし体力が回復しきらない者が数名いて、暇をもてあました面々が、自然この部屋に集まって。
最初に話を振ったのが誰かは忘れたが、それぞれの得物の話になった。そしてクリフがまるで自分のことのように自慢げに、マリアの銃について口を開いて。人間、素直に誉められて悪い気がするわけもなく。機嫌の良いマリアが、実際に分解した銃を組み立ててみせてあげるわとパフォーマンスを申し出た。

「いや、こうして目の前で見るとまるで魔法みたいだよ。すごいな、マリア」
「あんなに細かいモノ組み立てるだけでも気が遠くなるのに、あれだけの短時間で、しかも目隠しまでしてたんだからね」
フェイトに手放しで誉められ、ネルに心底感心されて、マリアはにっこりと笑う。
「誉めても何も出ないわよ?」
それから興奮冷めやらぬメンツの間をすり抜けて部屋を出ようとして、
「――どうした?」
クリフが訊ねてくるので振り向いて肩をすくめる。
「ちょっと試射でもしようと思って。時間うんぬんで組み立て間違えていて、戦闘中に暴発させるわけにもいかないでしょう」
「なるほどな」
そして言葉どおりあっさりいなくなるマリア。わいわいと今見たものについて言い交わしているメンバー。
――壁に身を預けたアルベルがじっと彼女を凝視していたことには、結局誰も気付かなかった。

◇◆◇◆◇◆

「……おい」
村の外れ。大木にもたれかかってぼんやりと空を仰ぐマリアに、不機嫌な声がかけられた。
ちらりと見れば予想通り仏頂面のアルベルがいて、そのまっすぐな深紅の瞳に耐えられなくて、マリアは静かに目を伏せる。
「試し撃ちするんじゃなかったのか」
「……あとでやるわ。ちょっとね、今は気が乗らなくて」
「何シケたツラしてやがる」
ざっくりと言われて苦笑する。
「別に。……ちょっと自己嫌悪に陥ってたの。すぐいつも通りになるから、放っておいて」
苦笑が自嘲の笑みに変わって、
「目隠しの短時間組立なんて、銃の訓練の一環よ。暗闇の中でジャミング――弾詰まりが起きたときでも、そのまま分解組立ができれば生存率は飛躍的に上がるから」
それでも目に見えてタイムが縮まるのが面白くて、一時期寝ても醒めてもそれをやっていた。……もちろん、できないよりはできた方が良いと、今もマリアは思うけれど。
「でも……たったそれだけを自慢たらたら皆に見せびらかした自分が、なんだか馬鹿らしくなったのよ」
ホルスターの上から銃に軽く手を当てて、
「私がどんなに非力でも、引き金ひとつで発射される鉛弾やレーザーが、男性との腕力差をゼロにしてくれる。――血のにじむような特訓も、血を吐くような修行も、何もなしでね」
ふっと見下ろす整った指先。怠惰と非力と卑怯の証明の気がして、吐き気がする。
この銃を構えて、この指で引き金を引くだけで。心臓にでも弾が当たれば、たったそれだけで人は死ぬのだ。目にも止まらないスピードで突っ込んでくる銃弾は、クラウストロ人の動体視力と反射神経でもなければ、到底避けきれるものではない。
「それを忘れて浮かれていた自分が、すごく情けないの」

「――阿呆」
そのままぐるぐるとまた落ち込みはじめたマリアに、ため息のような声が届いた。ちゃき、という音に何だろうと顔を上げると、持っていたカタナの柄を彼女に差し出すアルベルの姿。
「……え?」
「持ってみろ」
促されて、わけも分からないままに右手で柄を握り締める。
彼女がそうしたのを確認したアルベルが、次の瞬間にはもう手を放していて、――予想もしなかった重さが一気に腕にかかって、マリアは驚いた。
「……っ」
鞘の先がぎりぎり地面に触れないか、といったところで、なんとか我に返って左手で柄の端を握る。てこの原理を利用して、どうにかカタナを地面に取り落とすことだけは免れた。武人の魂を本人の目の前で汚すわけにいかないという、マリアの悲壮な決心はぎりぎりで報われる。
が。
「……――!」
「動けねえだろ」
笑いを含んだ声で言われて、声も出せないマリアは必死にこくこくと首を上下させた。
歯を食いしばって腕に全神経を集中させていないと、今にもカタナを落としてしまいそうになる。しかし、どんなに頑張っても限界は目前で、身体は震えてくるし息は荒くなるし腕は痺れてくるし。どうにかしようにも、少しでも動いた瞬間にすべてのバランスを崩して、地面にへたり込んでしまいそうで。
ぎゅっと目を閉じてマリアがさらに腕に力を入れた瞬間、不意に重さが消失した。

「!?」
「……分かったか」
驚いて見開いた先には、重さのないモノを持つように、ひどく無造作に鞘を握るアルベルの姿。マリアがまだ柄を握り締めているのを、不思議そうに見下ろしている。
「何だ」
「え、あ……感覚が、なくて……痺れていて、動かなくて」
「……」
深紅の目が細くなる。ため息を吐いて左の鉄爪で鞘を支え直して、空いた右手で意外と丁寧に、力を入れすぎてすっかり血の気がなくなったマリアの手を開かせていく。
「――刀一本まともに持てないお前みたいな奴が、お前みたいな奴なりに扱える武器を持っているのは、別に間違いじゃねえだろ」
つぶやくように言われて、え、とマリアが顔を上げても、彼の長い前髪のせいで表情が見えない。
「手抜きをするわけじゃなくて手入れにかかる時間が短いのは、それだけ回数こなしてる証明じゃねえのか。道具ってのは、普段手塩にかけてた分いざって時に裏切らねえ」
取り返したカタナを腰に佩いて、改めてマリアの手を取る。
本人は痺れのせいでまるで気付いていなかったが、強く握り締めすぎて爪がてのひらに食い込んで、怪我をしていた。
ちっ、アルベルが鋭く舌打ちをする。
「長く扱ってりゃ特技の一つ二つできておかしくないし、馬鹿みたいに見せびらかすわけでなきゃ、たまには他のやつらに見せたって、それに何の問題がある? ――ヒーリング」
癒しの施術の力ですぐに傷はふさがった。
白い手にこびり付いたままの血をどうしようか、真剣に悩んでいるらしいアルベルに、マリアの口元が少しだけ緩む。
「……ありがとう」
「あ?」
アルベルは怪訝そうな顔をすると、すぐにマリアの手を放してそっぽを向いた。不機嫌を装ってはいるが、照れていることがバレバレだ。俺のせいで怪我させたからだとか何とか、口の中でもごもごと言っている。
マリアが礼を言ったのは、そのことに対してだけはないのだが。

◇◆◇◆◇◆

「――それにしても驚いたわ。あんなに重いなんて思わなかったもの。キミもフェイトも、いつも平気な顔で振り回しているから」
「慣れりゃどうってことねえんだよ。ある程度重くなけりゃ、力任せじゃ斬れるもんも斬れねえ。第一、変に力入れるだけで折れるようなシロモノで、硬いのだけがとりえのモンスターを斬り伏せられると思うか?」
ややあって。銃を取り出し構えたマリアが、周囲に人がいないことを確認してからふっと表情を改めた。かなり先に落ちている、ごく平凡な小石に照準を合わせて引き金を引く。
びすっ
アルベルが見ている前で小石は宙に舞い上がり、同時にその石があったすぐ真下の土が少しだけ穿たれていた。いっそ優雅なほどにまっすぐ宙を舞った小石が地面に触れそうになったところで、さらに音。再び石は垂直に跳ね飛び、地面の穴が少しだけ大きくなる。
びすっ びすっ びすっ
面白くもなさそうに無造作にマリアが引き金を引くたび、小石はくるくると回転しながら宙を跳ねる。
地面に穿たれた穴はひとつ。だんだん大きくなっても、たったひとつのまま。
「……」
アルベルの背筋を冷たいものが駆け上る。

ビシィッ!!
たっぷり十回はそれをくり返してから、マリアはまったく同じ軌跡を描き続けた小石がその頂点に来たあたりで、最後にもう一発撃った。
瞬時に蒸発する小石。あとには塵も残らない。
「……ま、こんなものよね」
冷静にうなずくマリアを見下ろすアルベルの顔色は、心なしか青い。
――さっきの組み立てよりも、この射撃の方が芸としてよっぽどすごくねえか……?
思わず遠い目になるアルベルに、いつものようにしたたかにマリアが笑いかける。その瞬間すべてがどうでも良くなり、アルベルもほんの少しだけ目を細めてマリアを見やった。

そうして二人はそろって領主の屋敷に戻る。――地面に穿たれた穴だけが、さきほどの痕跡としてその場に残っていた。

―― End ――
2003/09/05執筆 2004/05/13UP
アルベル×マリア
OFP
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Zuverlassig Ding
[最終修正 - 2024/06/21-10:37]