ある日。起きたらいきなり猫耳と猫尻尾が生えていた。
「……」
確かに自分の頭に生えている尖った耳を鏡台で確認したマリアは、数回深呼吸するととりあえずいつものように髪にブラシを通した。いつものように顔を洗っていつものように着替える。普段存在しない尻尾があるせいで、どうにもタイトスカートがサマにならない。それでも、とりあえずなんとか身支度を整えて、銃を片手に部屋を出た。

ある日。起きたらいきなり猫耳と猫尻尾が生えていた。
「……」
目の前にゆらゆら揺れる長い尻尾が、どうやら自分の思い通りに動いて、しかも触ればそれなりの感覚があることを確認して、とりあえずアルベルはデカい欠伸を一つした。半分寝ながらいつものように身支度をして、やはり半分寝ながら鉄爪を装備して、カタナを片手に部屋を出た。

―― Katzen Panik

フェイトはその日、いつもより早めに目を覚ました。
爽やかに張りつめた朝の空気に、何となく鍛練でもしようかという気分になる。身支度を整えると宿屋の裏手、そこそこ広くて人の来ないところにまで出かけることにした。
持ってきた剣を鞘付きのまま構えて、想像の敵を相手に何度か斬り結ぶ。昨日の戦闘を、仲間の闘い方を思い出して、そのフォローに沿うように、あるいはフォローするように。
――やがて。少し肌寒い空気に、それでもうっすら汗が浮かぶころ。
「……あれ、マリア……?」
なびく長い髪、華奢な肢体。ふと気が付いた、宿屋の窓の向こうの人影は仲間の一人だった。なにやら探してきょろきょろする彼女に、フェイトは何気なく声を上げる。
「おはよう、マリア」
「!!」
いつものように挨拶をすると、なんだか妙に雰囲気の怖い彼女が、ぎっとフェイトをにらみ付けた。窓越しの突き刺さるような視線。わけが分からなくて戸惑うフェイトを認めると、すっとその目が細くなる。
そしていきなり窓を開けたと思ったら、いつもの鈍足はどこへやら、すべるように近付いてきて顎下から銃を突き付けられた。
「な、な……っ?」
「おはよう、フェイト。良い朝ね」
凍り付くような声。至近距離どころですらない、顎にごりっと当たっている金属の物騒な冷たさ。浮いていた汗が一瞬にして冷えて、フェイトの背筋が悪寒に震える。
「あ、あの……マリアさん……?」
「シラを切りとおす気なら、こっちにも考えがあるけど」
――一体なんの話ですか!?
八割方本気で泣きそうになったところで、不意にフェイトは気が付いた。身長差から、ちょうど目の前でふるふると震えている、
猫耳。
激烈に嫌な予感に、おそるおそる彼女の背後に目をやれば。興奮からかゆっくりと円を描くように動いている、
猫尻尾。
……瞬間、彼は理解した。

◇◆◇◆◇◆

「ぼ、僕じゃない!! それ僕のせいじゃないよっ!」
ひっくり返りかけた声でわめく。しかし。どんな強敵よりも手強い彼女は、表情ひとつ変えてくれない。
かちり。手タレにでもなれそうな、整った指先が撃鉄を起こす。
「大体ここ最近調合クリエイションなんてやってないどころかファクトリーにも入ってないしむしろ近付いてないし当然クリエイターにも会ってないし!」
反射的に肩のあたりにまで上げていた手を、ばたばたと振る。耳と尻尾だけではなく、こちらも変化したらしい、光彩が縦に細い目が剣呑な光を放つ。指にゆっくりと力がこもる。
「そもそもそんな薬成功したなら、自慢たらたら、僕ならまずクリフを実験体にするってば!」
「ふぅん……」
「――ほぉう」
感心したような二種類の声。しかし顎の銃とうなじの刃物の冷たい感触は退いてくれない。
フェイトは胸中で涙にむせぶ。
――父さん……ごめん。志半ばだけど、僕今日そっちに逝くかも。
「……昨日、マリアには触れてもいないだろ……食べ物とかだって、別に何も渡さなかったし。女部屋二部屋借りたけど、どっちにマリアが泊まったかなんて知らないし。それでいつ薬を盛ったって言うんだよ……」
うめいて、そしてこれで聞いてくれなったら本気で覚悟を決めようと目を閉じて、
「それに、僕は猫派じゃなくて犬派なんだ。……ソフィアに訊けば分かるよ」
「……ソフィア、だと?」
「ああ、あいつは猫好きだけど。僕は断然犬の方が――」
何やら風が巻き起こった。フェイトがおそるおそる目を開けると、そこには誰もいない。眉をしかめて思わず周囲を見回して。――つぶやく。
「……アルベル……? も、被害者か……」
土煙を上げる先。マリアと競争でもするように、並んで走る尻尾つきの男の姿があった。
いつ来たのかすら気付く余裕がなかったが、そういえばうなじに触れたのは彼のガントレットか何かだったのか。

「昨日、そういえば……ソフィアにクッキーもらったのよ!」
「俺も食った……あの、クソ女……っ!!」
「なーんかにやにやして、怪しいと思ったのよねっ」
だったらなんで食べたんだ、とマリアと並走しながらアルベルは思った。
――むしろ、なんで今日に限って俺に付いて来れるんだ、いつものたくた走ってるくせに。
まあ、ツッコむと自分の脳天に風穴が開きそうなので黙っておくことにする。
彼にしては珍しく賢明な判断だった。
ぴんと伸びた耳が風を切る感覚が妙にこそばゆく、バランスを取るために揺れる尻尾の付け根がむずむずする。まっすぐ前を見るマリアをふと横目で見れば、いつもと同じなのになんだかいつもと違って見えた。

◇◆◇◆◇◆

「――見つけた!」
やがて発見する、道ばたにしゃがみ込んで、二股尻尾の野良猫観察をしている栗色の髪の少女。フェイトに続いて、今日はソフィアも早起きらしい。
無駄に平和な光景に、アルベルの頭に上った血はだいぶ落ち着いていた。
――が。
「ソフィア!!」
マリアは相変わらずだった。ききっ、と音がしそうな勢いで立ち止まり、両手で銃を構える。銃に関しては素人のアルベルにも分かる、隙のない身のこなし。張りつめる雰囲気。
だがしかし、その険悪な空気になぜ気付かないのか。烈火のごとく怒るマリアを、のんびりのほほんとソフィアが仰ぎ見た。
「あ、マリアさんアルベルさん。おはようございます」
「おはよう。――で、これは一体どういうことなの」
首が痛くなったのか、立ち上がったソフィアが服をはらいながら、笑う。
「似合ってますよ。――昨日、あのクッキー渡す前に聞いたじゃないですか。「何かお菓子ありませんか」って」
わけが分からなくて顔をしかめるアルベル。片手を銃から離して、無表情のまま前髪をかき上げるマリア。ぱたぱたと揺れる尻尾のコミカルさが、真剣な表情に似合わない。
「……言ったわね。で、「持ってないわ」って答えたけど。「じゃあこれどうぞ」ってクッキー渡してきたのはあなたでしょう?」
「ええ、お菓子をもらえなかったんで。ゴッサムさんとマクウェルさんとわたしで開発したばっかりの薬を、混ぜて焼いてみたクッキーだったんですけど」
「どうして」
冷たく訊ねるマリア。声が怒りで震えている。対してソフィアは、子供のような無邪気なイイ笑顔を浮かべている。
「だって、ハロウィンじゃないですか。お菓子もらえなかったら、いたずらしたんです」

「……な」
わなわなと震えながら、マリアが声を絞り出したのは、かなり経ったあとだった。まったく話の見えないアルベルは、とりあえず最近恒例、黙ってなりゆきを眺めることにする。
実際のところ、マリアの怒りを見ていたら、なんだか馬鹿らしくなってきたのもあった。
「お菓子なら……っ、あとでリジェールと作ってあげるから! 今すぐ元に戻しなさい!!」
「無理です」
即答。あまりにきっぱり言われて、二人の脳内が白く塗りつぶされる。
「……んな……、中和も解毒も無理な薬を仲間に盛ったって言うの!?」
「でも、身体に害はないですよ。マクウェルさんのお墨付きです。それに、」
小さく首をかしげながら、気分の消沈を示してぱたんと下がった二種類の猫耳を、むしろうっとりとした目で見つめて、
「すっごく可愛いじゃないですか!!!!」

結局。ソフィアでは話にならないと、ゴッサムとマクウェルを締め上げて吐かせた結果、薬の効果時間は丸三日ほどだと分かった。さらに、下手に新しい薬に頼るより、素直に効果が切れるまで待った方が良いのでは、などと言われる。
たまたま飴を持っていて難を逃れたクリフと、冤罪がよほどカンに障ったのかどす黒い笑顔のフェイトと、ハロウィンはかぼちゃ祭りのことだと吹き込まれていたことが発覚したスフレとに、指までさされてさんざん笑われて。

三日後、なんとか無事に元に戻った二人が、二度とソフィアの手作り菓子を食べなくなったのは――言うまでもない。

―― End ――
2003/10/31執筆 2004/05/22UP
アルベル×マリア
OFP
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Katzen Panik
[最終修正 - 2024/06/21-10:37]