それは、本当に美しいと思ったから、

―― Bildschon Blume

「……おい、てめえいい加減にしとけ」
「…………ふにゃぁ?」
町に立ち寄って、宿を確保してから酒場にくり出して、いつものごとくのバカ騒ぎの結果。そのテーブルには見事な酔っ払いが数名、でき上がった。
呑まない生真面目な赤毛の隠密は適当なところで引き上げて、今ごろ宿屋にいるかそれとも仲間の隠密と連絡を取っているかのどちらかだろう。
そんなわけで今テーブルについているのは四人。金髪の大男は楽しそうに、最初からのペースを変えることなく顔色も変えずにただひたすら杯を干している。弱いとは言わないけれど強くもない青髪のパーティリーダーは、けっこう前に沈没した。そして黙々と自分の分の酒瓶を空にしていたアルベルは、ふと、ぐらぐら揺れている女に気がつく。
「……おいてめえ」
いつもなら、彼女は大体アルベルと同じくらいに呑む。顔色の変わらない彼と違ってすぐ顔に出るけれど、真っ赤な顔をしたってぐでんぐでんに酔っ払った顔をしたって、けれどそれでもかなりを呑んでいる。
それなのに、今日はペースが上がらずにあっという間に酔っ払って、
今もこうして頭どころか体全体ぐらぐら揺れて、それでも呑みもしないグラスをがっしり両手で抱えていて。
「……先帰る。こいつはてめえが連れてこい」
「おう、……襲うなよ色男」
「冗談でもてめえにんなこと言われたくねえ気色悪ぃなこのクソ虫っ!」
「なによー、まだへいきなんだからっ」
マリアの二の腕をアルベルが掴み上げて、抵抗したものの彼女もなんとか立ち上がった。まだしつこく持っていたグラスを無理やり取り上げて、酔って潤んだ涙目に睨みつけられる。
「……行くぞ」
「めーれーしないでよこのばか」
ろれつの回ってない声は、気配は。……どうやら素直にあとを付いてくる。

「いいかぜー」
あっちへふらふらこっちへよろよろ。一応自分の脚で歩いて入るものの、目を離すとどこに激突するものか分からない。弱々しい街灯は大してアテにもならないから、一度見失うともう見付けられないような気までしてくる。
だから、アルベルはマリアの二の腕を掴んだ。とろんとした酔眼が不思議そうに見上げてくるのが分かったけれど、それは無視しようと思った。
「どーしたのよ? いつもと、ちがう……あ、さてはべつじんね」
「なんでもいいからとっとと歩け、おら、大した距離じゃねえだろうが」
「はやいわよー、ひきずらないでよにせアルベル」
酔っ払ったマリアの頭の中で、彼はニセモノに決定してしまったようだった。だからと言って暴れもしなければ騒ぎもしないので、否定するのも面倒になって。何も言わなければマリアも黙りこんで、
少しの間だけ無言。
……時おり、マリアのしゃっくりみたいな声だけが上がる。
「ねー、にせアルベル」
「……あんだ」
「もーちょっとおさんぽしよ? かぜもつきもほしもきれい」
「そうかよ……」
とっとと宿に帰って部屋に押し込めるつもりで、ただ駄々をこねさせるのが面倒で。アルベルの生返事に、
マリアが笑う。
――掴んだ二の腕が、信じられないほどに細い。

◇◆◇◆◇◆

今日は少し、体調が良くなかった。大したことはないけれど、少しだけ。
だからアルコールの回りが早くて、舌が回らなくて脚に身体に力が入らなくて。意識はしっかりしているつもりだったけれど認識力が低下していて、これが夢なのかどこまでが現実なのかが分からない。
ぼんやりした頭で、マリアはぼんやりと周囲を見渡して。
酔って潤んだ目にぼやけた月明かりがきれいだと思った。街灯の光も弱くてぼんやりで、月明かりの方が明るい。どくどくと耳元で血が巡る音がしていて、他の音が遠くて世界が遠くて。きっと血が上った顔に頭に、火照った頬にひんやり夜風が気持ち良い。
いつもとはまるで違う、酔っ払った彼女の世話をかいがいしく焼いてくれるアルベルが、
なんだかいとおしい。
くすくす笑いがこみ上げた、それが抑えきれなかった。
振り仰いで、腕を支えてくれる優しい人に、いつだってそういえばさりげなく優しい人に笑いながら、
「……ね、にせアルベル?」
「……あ?」
本当はニセモノなどではないと分かっているのに、マリアの口が彼を勝手にそう呼んでいる。間違っているのに否定しない彼は単に面倒臭がっているだけと分かっていても、なにごともないように返事をしてくれるのが嬉しい。
「せかいは、きれいね」
何かを言いたくて、なんでも良くて、思ったことをぽろっと言っていた。深い意味はなかった。
酔っ払いのたわごとだと軽く流されると思ったのに、アルベルは一瞬驚いた顔をして、
「……そうだな」
同意してくれた。
こちらがべろんべろんに酔っ払って、きっと明日には記憶も残らないと思っているからだろう。酔っ払ったマリアの、頭の隅が冷静にそんな風に分析する。
冷たい分析にめげずに、酔っ払った頭の大部分は喜んでいる。

――そう、世界はきれいだ。
――醜い部分もたくさんあるけれど、生きることは苦しいけれど。
世界は、きれいだ。
うなずいてくれて、嬉しい。

◇◆◇◆◇◆

「ね、アルベル」
「……今度はなんだこの酔っ払い」
かくん、かくん、と。一歩ごとに崩れそうになるマリアが笑う。面倒臭くなって、これだけよっていれば記憶も残るものかと、適当に抱き上げれば。
声まで上げて、笑う。
――世界はきれいだ、と間の抜けたことをほざいた口が。
――いつになくやわらかく微笑む顔が。
まるで咲き誇る花を思い起こさせて。
笑いながら寄せられた唇、酔っ払ったマリアがきっと「今」限定の「普通の少女」の顔をして、
「ありがとう」
笑った。
花のような笑顔を浮かべた。

それは、本当に美しいと思ったから、
アルベルもただ、笑う。

―― End ――
2005/09/11UP
アルベル×マリア
OFP
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Bildschon Blume
[最終修正 - 2024/06/21-10:40]