そんな曖昧な判断でしかない「ハンター」は、だから時としてモンスターに変わることがある。逆に、モンスターと恐れられていたものが何かの拍子に「ハンター」になることもある。
境界は、どこまでも曖昧で。
けれど人外すべてを拒絶するには、人間は弱すぎる。人外すべてを拒絶するには、
……人間はやさしすぎる。

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カツカツカツ、消す余裕のない脚音が周囲に響く。歩く、には早く、走る、には遅い足取りの彼女の周囲に人影はない。こんな日に限って同業者と行き会わない、いくら遅くても彼女にとっての全力で走るマリアを止められる存在が、いない。
頭に血が上った彼女の脳裏に、先ほどあの墓地で見たふざけた「招待状」の文句がぐるぐるまわっている。

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――おめでたい「協会」の諸君。
――文句があるなら「屋敷」に乗り込んでこい。

そして、ランカーに投げ返した機密書類。そこにあった「犯人とめぼしい」メンバーの名前。特ににおう、と示された名前と顔写真。
きしきし、きしんでいるのは彼女の奥歯。利き手はあの墓地からずっと、ホルスターの中の銃杷を握り締めている。
痛いくらい、握り締めている。

――リーベルは、行くな、と止めた。
だから「協会」への連絡を頼んだ。押し付けた。やるべきことを優先する、優先しないではいられない性格を、彼はしているから。知っていて、だからその性格につけ込んだ。
――スティングは、何も言わなかったけれど厳しい顔をしていた。
そんな彼には墓場の掃除を頼んだ。たとえ何があっても、一つ一つの仕事は完璧にこなしたい。マリアのそんな潔癖な性格を知っている彼は、やがて大きなため息と共にそれを引き受けてくれた。
――ランカーは、どうせ止めても無駄なんだろう、とあきれたような困った笑いを浮かべて。そして新しいマガジンを二つ、投げてきた。
その彼に事実の確認を頼んで、その確認しだいで増援が必要だと、そう彼が判断したなら手配をしてほしいと都合の良い言葉を残して。

そしてマリアは身を翻した。「屋敷」の場所は分かっている。――そう呼ばれている場所で、マリアが思い浮かんだのはたった一ヶ所しか、ない。

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――ふざけないで。
それが直接マリアを指名したものだとは、思えない。思いたくない。けれど彼女ではない別の「ハンター」をおびき寄せるにしても、もっと他の方法なんてたくさん山ほどあるはずなのに。
――そんな、ふざけたことで、
あのとき。ゆらりゆらりと近づいてきたゾンビ。思考するだけの脳がない、死んでなお無理やり動かされて、本当の平穏を知ることを許されなかった哀れな死者。
――そんなふざけたことで、ひとを殺すなんて。
「協会」の受けた依頼は、「墓地に死者がうろついているからどうにかしてくれ」という近隣住民からの嘆願だった。ゾンビもスケルトンも自然発生するような存在ではない。大した相手ではないことを強調して、だからマリアはその依頼を自分で受けた。
――そんなの、許せない。
自分の死を知らない死者を。操られるためだけに眠りを邪魔された者を、操られるためだけに殺された犠牲者を。少しでも早く、自由にしたかった。死者のためではなく、そんな存在がうろついている事実が彼女自身許せなかったから。利害の一致とばかりに、だから受けた脚で「協会」を飛び出して、すぐさま死者を浄化した。

マリアの脚が地を蹴る。
自分の脚が早い方ではないことなんて百も承知だけれど、
遅々として進まないこの脚が、もどかしくてやるせない。

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黒い空になお黒く、「屋敷」の塔の先端が見えた。前時代の姿そのままの、一種骨董品ものの古めかしいそれを目にして、脚を緩めたマリアはホルスターから銃を抜き放った。
衰えない怒りを胸に、ゆっくり目を閉じて深く息を吸う。ささくれた心を無理やり押さえつけて、感覚を磨いていく。
怒ること、そのものはかまわない。けれど怒りで周囲が見えなかったら、弱い、肉体的に決して強くはないマリアはすぐにでも足元をすくわれる。足元をすくわれて強い力で押さえ込まれたら、自力ではそうそう逃げられない。単なるやわらかい肉、モンスターの格好の餌食になってしまう。
――それは、悔しいくらいに分かっている事実で。
――それは、何よりも避けなければならないから。

そうして彼女は、
ずっと感じていた――塔の先端が視界に入るよりも早く、ひょっとしたらあの墓地からずっと自分に絡み着いていた視線に。好奇心と言ってもいい、負の感情はあまり感じないけれど、けれど決して居心地の良いわけではない視線に。
誰かも分からない、それなのに「マリア」を見ている――赤い赤い視線に。
彼女はかっと目を見開いた。
その瞬間、彼女の銃が轟音を立てる。

敵か分からない、ひょっとしたら彼女に味方してくれるのかもしれない、視線の持ち主に。
元から銃をかまえていたことを差し引いても、人間の限界に迫るような早撃ちを。
誰かの助けを必要とする、誰かに助けられなければこの世界で生きていけないといわれているような気がして、そう思ってしまう自分に対する怒りを込めて。

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――大丈夫、この街は夜ともなればそこかしこで銃声が聞こえる。
――それだけ、物騒な街だから。
――だから、この銃声はそれにまぎれる。屋敷で待つふざけたやつに、今の銃声がマリアの放ったものと気付かれることはない。
――「ハンター」の銃声だと、気付かれることはない。

「……あぶねえな」
そんなことを思ったマリアの目が、限界まで見開かれた。
思ったよりもずっとずっと近くに赤い闇が開いていた。
――赤い闇が、赤い目が。彼女の白い首を、ゆるやかにとらえていた。

―― End ――
2006/03/24UP
Die silbern Kugel / アルベル×マリア
OFP
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Ein rot Auge
[最終修正 - 2024/06/21-11:02]