――私のことを、純白だ、と。
そう言ったあなたの方が、私の目には、
センサが彼女をとらえて、一瞬にしてドアが開いた。脚を引きずるように部屋に、自室に入ったマリアはコンピュータに指示してすぐさま部屋にロックをかけさせる。開かなくなったドアにとんと背をもたれかけさせて、そしてそのままずるずるとへたり込んだ。
顔が、熱い。
誇張ではなく燃えているのではと心配したくなるほどの熱さにそっとそれを包み込んで、当然炎が出ているわけもなく、ただただ肌が熱かった。そうしてほうとひとつ息を吐いて、そういえばこの頬を包んだ手が先ほどの彼をまざまざと思い起こさせて、
これが限界と思っていた顔の熱が、さらに上昇した。
どうしようもなく恥ずかしくて照れくさくて、けれど幸せで。
マリアのくちびるが、一つの名前を紡ぐ。
――目を閉じれば今も、あの深紅が彼女を見つめているような気がする。
はじめて会ったとき、特に何かの感情を覚えた記憶はない。マリアにとって彼は現地の人間の一人で、未開惑星の人間で、あまり関わり合いにならないうちにお互いの領分に戻るべきだ、なんて。
――決して口に出したりはしなかったけれど、そんな風に思っていた。
何かがあって、その想いが一気に変化した覚えもない。闘いの毎日で、見た目どおり変な人間だった彼はけれど意外と常識的なところもあって、たまには良いことも言って、それでも別に劇的に関係を変える何かがあったわけではなくて。
――できるかぎり冷静に思い返して、そんな自分を思ってみて、
ただ、ゆっくりと変わっていった。
自分の心の中の彼の存在はゆっくりと変わっていった。
自覚はしなかったけれど、だからある日突然気がついて驚いたこともあったけれど、けれどゆっくり変わっていった想いは思い返すことができて。
ただ、いつの間にか彼はマリアにとってかけがえのない人間になっていった。
いつか、遠くない未来に別れなくてはいけない、そうなったらもうこの先一生、偶然にさえ再会を願うことができなくなる。――それがどんどんつらくなっていった。
乙女な自分が悔しくて、けれどもうその想いをなかったことにはできなくなっていて。
それは、どうやら彼の方も――きっと似たような感じだったらしい。
近くにいると嬉しくて、
けれど近くにいると恥ずかしくて落ち着かなくて、
今まで完璧を取繕っていた自分が、それを取繕っていただけの器の小さな人間だと思い知らされることが許せなくて、
けれど彼の前ではきっと緊張からどんな仮面だってかぶっていられなくて、
素の自分を知ってほしくて。
自分の本性だけは知られたくなくて。
それが「好き」という感情なのだと、「恋」なのだと。自覚したのは、いかにも悔しそうな彼が先ほど彼女の頬を不器用に包みながら、ぼそりとつぶやいたあのとき。
何を答えたのか思い出せない、そもそも意味のある言葉で返事ができたのかさえ記憶がない、ただ。
――私のことを、純白だ、と。
あなたは、ささやいてくれた。
失態ばかり見せている自分が情けなくて許せなくて、けれど他でもない彼に特別な言葉をかけられた、その事実が嬉しい。好意からの言葉を向けられた、それが嬉しい。与えてくれたものに対して何も返すことのできないふがいない自分が許せなくて、
けれどそれでも。
自分にとって特別な人間に、きっと特別な言葉を向けてもらえて。
それは、涙が出るほどに幸せで、
「――おい!」
どん、と鈍く衝撃。いきなりのそれにわけが分からない、けれど防音完備のディプロの自室にかすかに聞こえるこの声は、
「いきなり逃げ出すんじゃねえ阿呆!!」
「……コンピュータ、インターホンを、」
言って、瞬時にディスプレイに映し出された愛しい人のアップ。考えてみれば当然なことに、怒っている。燃えるような深紅が、まっすぐあらぬ方を――カメラの位置の関係でずいぶん外れた方を睨みつけている。
それだけなら落ち込んだかもしれないけれど、
ずっと見てきたから分かる、そんな程度に照れている。照れ隠しに乱暴になっている。今も、きっと鷹揚に待つことができなくなって勢いでここまで来た、そんな照れがその顔に確かにあって、分かりにくいそれを発見して、
そして、
――私のことを、純白だ、と。
あのとき、そう言われた。
――血まみれの俺が触れていいのか、悩む、と。
真剣な深紅が、どこまでも真剣に悩みを浮かべた深紅が、
――なのに、お前を汚したくないのに、同時に滅茶苦茶に穢してやりたくなる。
――いっそ俺自身よりも貶めて、どろどろに穢してやりたい。
口ではない、目が語っていた。己の狂気を必死で押さえつけるような、そんな深紅がひどく印象に強かった。どの想いもきっと本気できっとまっすぐで、ああ、この人にならと、
思って。
この人にこんな想いをさせる自分が、情けないと思う心の片隅、ほんの少しだけ誇らしくて。間違っているのかもしれない、確実に正気のものではないその想いが、隠しているけれどぶつけられて、隠されているのに気付いてしまって、
その事実に、
――そう。もう、あと戻りはできない。
――私はあなたを愛している。
ディプレイの深紅、照れの色濃いまっすぐな視線。言葉どおり血まみれなのかもしれない、狂犬と陰口を叩かれてさえいるアーリグリフの三軍の長。
マリアにとってはただの、アルベル・ノックス。
――私のことを、純白だ、と。
そう言ったあなたの方が、私の目には、
――よほど純白に映った。
――こんな私が、あなたが気付かないだけで本道は純白なんてほど遠い私が。
――あなたのそばにいても良いのか。
思うけれど、それでも。
「――コンピュータ、」
へたり込んだ床から起き上がって、まっすぐに立ち上がって。つぶやく。
いろいろ取繕うだけの間がなくて、かしゅん、どこかでロックの解除された音が瞬時に伝わって、
……いろいろ思うけれど、それでも。
それでも。
純白のあなたに、
――想いを、伝えたい。
