怯んだ色のないそのまっすぐな翠に。
吸い込まれるかと、思った。

―― Bis nachher!

――また、あとでね?
幼児でも相手にするような、そんな陳腐な台詞で部屋を追い出されて。ばたん、やや乱暴な音を立ててしまったドア、がちゃり、直後にいかにも鍵をかけた音。
以降はまるで愛想もなくただ彼を阻む木のドアに。
アルベルはどことなく呆然と、瞬く。

◇◆◇◆◇◆

彼と彼女は、世間一般で言うコイビトドウシというやつのはずだ。
きっと誰よりも脆い華奢な体躯に、きっと誰をも圧倒する強い精神に。最初に惹かれたのがいつかなんてまるで分からないけれど、いろいろそれなりのすったもんだの挙句、彼は彼女を手に入れた。
彼の自意識過剰ではなく、たとえば触れても許される、そんな関係になった。
そのはず、だけれど。

――クォークの仕事で、ちょっと立て込んでいるの。
――悪いけど出て行って。
近くにいたい、触れていたい。自分でも馬鹿馬鹿しくなるほどの単純な欲求のままに今日も彼女の部屋を訪れたアルベルは、しかし顔を合わせた瞬間きっぱりそう言われた。
――断っておくけど、あなたが嫌いになったとかそういうのじゃないから。
言われて一体どんな表情を浮かべていたのか、フォローらしい言葉が続けられて。
――ただ今は、私、仕事したいのよ。
最後にそう言い切られて。彼が反論する間もなく、そもそも口を開く隙もなく、儚い力で追い出されて。
――また、あとでね?
困ったような、けれどそれさえ美しい笑みが彼の脳裏に張り付いている。欲求と同等以上に彼女を尊重したい気持ちだって彼の中に大きいから、だから彼は動けない。

本当に、自分でも情けない自分を本気で叩きのめしたくなるほどマリアにめろめろなアルベルだから。
だから余計に、実動きが取れなくて。

◇◆◇◆◇◆

忙しいと言うなら、それを邪魔するつもりはない。
邪魔者扱いされたなら当然腹は立つものの、仕事を、するべきことを自分に課して妥協しないマリアに彼は惚れたわけだから。
可能なら、乞われたなら快く手を貸したいけれど、彼女の世界には自分の手なんて到底届かないことは嫌でも思い知っているわけだから。
いても役に立たない、そう判断したマリアが間違っているとは思わないし、役に立たない人間がそこにいるだけで邪魔だという理屈は彼にもよく分かる。腹立たしく思うのは彼の勝手で、彼女の主張はどこまでも一本筋が通っている。
けれどだからといって素直に諦めるには、素直に引き下がるには。
彼は、

◇◆◇◆◇◆

「だって、仕方ないじゃない。私はいつだってあなたに甘えたいんだもの」
憮然とむくれるアルベルに、逆にマリアが唇を尖らせる。華奢な身体が拒絶しないのをいいことに、追い出されていた分を取り戻そうというのか、べったりくっついてはなれない彼に、
「でも仕事は仕事よ、あなたが役に立つ立たないじゃない、私があなたに甘えたくないの。あなたに甘える自分が、それで仕事をおろそかにする自分が許せないの」
細い指がきっと手持ち無沙汰に彼の髪を梳いて、そのやわらかな動きがなんだか心地良くて、
「だから仕方ないじゃない」
――そばにいると、甘えたくなるんだから。
言われればそのまっすぐな言葉は、どんな台詞よりも威力がある。他意がない分余計にクる。
かわいいことを言ってくれる彼女を、一体どうしてやろうかと。
不埒に手をわきわきさせる彼に、この至近距離果たしてマリアは気付いているのかいないのか。

「あなたといるときは、あなたのことだけ考えていたいんだもの」

◇◆◇◆◇◆

怯んだ色のないそのまっすぐな翠に。
吸い込まれるかと、思った。

まっすぐすぎるほどまっすぐな言葉に、不器用で不器用でどうしようもないその言葉に。
これ以上惚れるのは無理だと思っていたくせに、
それは大間違いもいいところで。

さらに何か言おうとするマリアに言わせてなるものかと思った。自覚のない殺し台詞にこれ以上殺されてなるものかと、
瀕死以上に死にかけている彼は、マリアに死にかけているアルベルはきっとただそんな理由で。

薄く開いた唇を、強制的に黙らせることにする。
それ以外、――彼にとるべき策はきっと、

ない。

―― End ――
2006/05/12UP
アルベル×マリア
OFP
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Bis nachher!
[最終修正 - 2024/06/21-11:02]