深い翠がまっすぐと、
――ただどこまでも、あどけないほどにまっすぐと。

―― Mit Leib und Seele

「……アルベル……?」
小さなささやきに気付かないふりをして、ただ無言で手をのばした。まっすぐ彼の見つめる先には不思議そうな顔をしたマリア、ただしその顔色は紙のように白い。
それでもいつものように強いまなざしで、彼の手から逃げるそぶりもなく、その手がそっと頬を包んでも身じろぎさえしない。不安はない揺らぎはない、その翠の強さに言葉に彼の心にできない感情が浮かぶ。
「何……」
感情に後押しされるようにそのまなざしのすぐ近く、マリアのこめかみにそしてアルベルは静かに唇を落とした。

◇◆◇◆◇◆

先日、戦闘があった。もはや一行にとって日常茶飯事だったそれに、マリアがけれど倒れた。倒れてそして、起き上がらなかった。
どうやらこめかみに――頭部に攻撃を受けて、その影響らしいと。
そう分かったのは、何をしても目醒めないマリアをディプロのメディカルルームにかつぎこんでから。アルベルにはよく分からないもろもろの検査の結果、医師がそう告げてからだった。
原因が分かれば対処のしようもある。ディプロは、星の船は彼の故郷など笑い飛ばすほどに科学が進んでいて、原因が判明してほんのしばらくでマリアは呆気なく目を醒ました。

◇◆◇◆◇◆

「傷、残ったな」
「こうして今、生きているだけで万々歳よ。
……それにアルベル、ディプロの、私たちの科学をナメないで。表面的なこの程度の傷、その気になればすぐにでも跡形もなく消してみせるわ」
別にナメているわけがない、少なくとも今回の一件でアルベルの中のディプロの株は急上昇だ。
それをきっと分かってなおいつものようにマリアがさっぱり言い切るから、喉の奥で小さく笑った彼はそのか細い身体を抱きしめた。
身体に直接響く心音、まだ低めではあるもののあたたかい身体、生きている肉体のしっかりした感触。
そういったものでマリアがちゃんと生きていることを確認して、アルベルはふと息を吐いた。そういえば先ほどまで、彼女が昏睡している間はあれほど苦しかった呼吸が、嘘のように楽になっている。そんなことに気付いて、気付く余裕ができた自分に気付いて、あまりの阿呆さに笑い飛ばしたくなる。

歪、なんて二つ名で恐れられていた自分。父を亡くして自暴自棄になって、自分の生命を軽く思っていたからこその無茶で三軍の長になった自分。強さに、強いと思ったそれにしがみついて酔っていた、どうしようもなく愚かな自分。
その愚かさに気づいたのは、きっと彼女が自分の前に現れたからだった。
いきなり目の前に現れたマリアはどこまでも強くてもろくて、目を離すわけにいかなかった。どこかが自分に似ているかもしれないと、思ってしまえばなおさらだった。具体的にどこが似ているのか、何が似ていないのか、見極めようと注意を向けてしまったときにはもう、彼の心はマリアに絡め取られていた。
気付けばどうしようもなくおぼれていて、それに気付かないままにただ求めて。
そうだ、今回マリアが死にかけるまで、愚かな彼は自分の中のマリアの大きさに気付いていなかった。

◇◆◇◆◇◆

「……ふしぎね」
「あ?」
怪我の影響がまだ残っているのか、いつもよりもどこか舌足らずな調子でマリアがつぶやく。
「死にかけて――眠っていた間、私、あなたのこと見ていたわ。夢に違いないけど、真っ青だったあなたの顔、見たような気がするの」
本調子ではないからと自制に自制を重ねて、強く抱きしめすぎないように必死に自制する彼の背に、マリアの細い手が回る。
「私は大丈夫よ、って、言いたかった。なぜあなたが自分を責めるの、って、苦しそうなあなたに言いたかった。
長い長い夢を見ていたわ。ふしぎね、あの夢にはあなたしか出てこなかった」
きっといつもと同じ強い目で、けれどいつもとまるで違って夢見るように。――永い眠りでまだ寝ぼけているのか、いつものマリアからはそうとでも思わないと信じられないことをただつぶやいている。
「……阿呆なこと抜かすな、てめえらしくない」
「分かっているわ、でも、」
背にあった細い腕が、ふと彼の胸に突かれる。くっと少しだけ距離を取るように、それにしたがってやりながら目を落としたなら。

深い翠がまっすぐと、
――ただどこまでも、あどけないほどにまっすぐと。
彼を、見ていて。

「――ありがとう、アルベル」
「な、にを、」
「私を呼んでくれて、心配してくれて。ありがとう、アルベル。
――きっと私、あなたにお礼を言いたかったのね」
くすりと微笑むマリアの顔色は、まだまだ回復しきっていないことを示してどこまでも白い。抱きしめた身体の温度も、まだまだ全然足りない。普段から細くてもろくて、下手に力を込めたなら折れてしまいそうな儚い印象のマリアは、
けれど今この瞬間、きっといつも以上に強くて。

◇◆◇◆◇◆

彼の心を、衝動が走った。息が詰まって心臓が瞬時に跳ね上がって、けれどそれはつい先刻までのものとは明らかに違った。
そして同時に心に走った感情を。
――ずっと抱いていていつか自覚して、けれどそれはいかに表面的だったのかその瞬間深く深く思い知った感情は。

「あ、……ほ、う……」
それは到底口にできない感情で、言葉にできないもので、だからいつもの悪態をついた彼はほんの少しの隙間を埋めるべく腕に力を入れた。きっと聡いマリアは全部分かっていて、だからこそまたくすりと機嫌良さそうに笑って、
体重が預けられる、再び彼女の腕が背に回る。

心の内、爆発的に膨らむこの感情を、
――アルベルは言葉にすることが、できない。

―― End ――
2006/08/14UP
アルベル×マリア
OFP
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Mit Leib und Seele
[最終修正 - 2024/06/21-11:03]