そんなこと、今まで思いつきもしなかった。
誰かのために何かをしたい、なんて。
特定の誰か一人のためだけに、何かをしたいだなんて。
とある町の工房にて、マリアはただただ深く息を吐き出していた。周囲にはクリエイターたち、あるいは稼働中のあるいは停止中のいくつものライン。仲間たちの姿はなくて、けれどそれはマリアの仕組んだことなのでこれは問題ではない。
問題は。
やりたいことがあるのにそれにマリアみずから参加したいのに。彼女の把握している彼女の能力からして、それはとてつもなく彼女に向いていない、ということで。
好きなひとができた。
どうやら相手も彼女を好いてくれたようだった。
想いが通じて、まあいろいろあって。多分今の彼女は相手の「恋人」を名乗ってもいいと思う。名乗ったところで誰もが認める、勘違いではないと思う。何よりマリア自身がその相手をそういう対象として、認識している。
別に、だからというわけではないはずだけれど。
……彼のために、何かをしたくなって。
「どうせなら、確実に喜ぶようなことがしたいのよ」
マリアが好きになったのは、彼女が恋人と認識してどうやらそう認識されているのは。
こと闘いが何よりも大好きで、闘う以外に脳がなくて、闘うことで自分が生きていることを実感するような、とてつもなくたちの悪い相手だった。闘うことにしか本当に興味がないらしい、とてつもなく扱いづらい男だった。
別に、その相手を選んでしまったことを嘆くつもりはない。自分の中の新しい一面を発見して驚いても、それは彼女にとって別に嘆くようなことではない。
ただ。
「何をすれば喜ぶか、なんて単純だけど。……でも私にはそれは向かないのよね」
嘆くとすれば、その一点で。いや、他にもあるかもしれないけれどとりあえず今はその一点で。
きょとりと動かした視線の先には赤く赤く燃え盛る焔と、それを使って鉄と格闘しているガタイのいい男ども。
熱して真っ赤になってあるいは白近くにまでなった鉄のカタマリを焔から引き上げて、大きなハンマーで叩いて目指す形を作っていく。叩くうちに鉄の温度が下がって赤が黒っぽくなったならまた火の中にそれをくべる。そしてまた叩いて、練って、さらに叩いて。
……そしてマリアは息を吐く。
「特定の料理が好きだっていうなら、そのくらいなら挑戦するわよ? 買ってくるだけなんて味気ないじゃない、どうせなら作りたいとは思うわよ??
でも、……無理じゃない。
私に――刀鍛冶、なんて」
闘いが何より好きで、闘い以外に興味がない、見た目こそ鋭い美青年の自分の恋人を思い浮かべる。そしてまた、それこそ刀を作り出している真っ最中の男三人組をちらりと見やる。
……もう、ため息しか出てこない。
彼が喜ぶものを贈りたくて、けれど武具以外の何にも彼は興味を抱かない。子供っぽいきらいなものは山ほどあるくせに、好きなものもたしかにいくつかあるけれど、闘いに関係しない好きなものに対して彼はそんなに目に見えて喜んでくれない。
だったら武具の手入れをしてやろうかと思った時期もあったけれど、自分の得物を他人に触れられることは何よりもいやがることを知った。思えばマリア自身、自分の銃を他の誰にも触れられたくはない。ので、それは却下。
そうすると、買うか作るかで今のものよりも性能のいい武具を贈るくらいしか。
――ここ数日ずっと悩んでいるのに、それくらいしかマリアの頭は思いつかない。
彼のために、何かをしようと思ったのだ。
自分のためではなくて、ひとくくりのみんなのためにでもなくて、ただただ純粋に彼のための、彼だけの、彼ひとりのために、――何かを。
そんな風に思ったことなんて、きっと確実に、生まれついてはじめてのことだった。
それはきっととても、くすぐったくて嬉しい思いのはずなのに。
「選択肢がせますぎるわ……大体、私は刀の目利きなんてできないし……」
買うにも作るにも、それは手痛いマイナスポイントで。どうせなら驚かせたい、なんてささやかないたずら心もまたどうしようもないマイナスポイントで。誰にも頼りたくない、頼ることのできない彼女の性格もまた、とてつもないマイナスポイントで。
頭を抱えるのに、普段はとても頼りになる彼女の頭脳は、しかし今回ばかりは何も思いついてくれなくて。
彼のために何かをしたい。
彼が喜ぶような何かを、してあげたい。
自分のためにではなくて、複数の大勢のひとのためでもなくて、ただただ純粋にたったひとりのために何かを。
きっと生まれてはじめて、こんなに純粋な欲求を抱いたのに。
「……どうしてこんなに難しいの……」
工房内はますます熱を上げて、クリエイターたちはますます自分の仕事に没頭する。
かなうことなら、マリアだってそうしたいのに。何をするべきか、まずその一歩目から分からなくなっていて。
――好きなひとのために何かをする、
たったそれだけなのに。
それはきっとごく普通の恋する乙女として普通のことなのに。
――きっと多分、相手が悪すぎた。
うすうす勘付いていながら認めたくないその事実に。
マリアはどんどんうつむいていく。
