「……あんたさ、」
腰に手を当てて、ネルはことさら呆れたような声を絞り出した。目の前には微妙に彼女から目をそらす男の姿。とりあえず、ネルは取り出したブルーベリィを投げ付ける。
「もう少し頭使って戦うって、できないのかい?」

―― Eine dumme Frage

地面に累々と転がるモンスターの死骸。
そこそこ苦戦しつつも、襲いかかってきたそれらを残らず叩き伏せたのは数分前。ネルの背後では、二の腕に噛み付かれて毒を受けたフェイトと、殴り付けた隙に脚に一撃食らったクリフの治療を、マリアがやっている。
地を赤黒く染める血。大半がモンスターのものだが、しかしアルベルの周囲を染めるのは、彼のふくらはぎから流れたそれだった。噂に名高い「歪のアルベル」もそこまで出血すればさすがに貧血を起こすらしく、戦闘終了直後からその場にへたり込んだままで。
投げ付けられたブルーベリィを片手で受け止めて、億劫そうに口に運ぶ。それでどうにか傷口はふさがったようだった。
「あんたただでさえ防御が薄いんだから。何も考えずに勢いに任せて突っ込んでたら、そのうち大怪我どころじゃすまなくなるよ?」
「うるせえ……」
不機嫌な声は掠れていた。舌打ちをしてゆらりと立ち上がり、もう男はネルを見ない。立ち上がってしまえば目線はずいぶん上で、視覚的な優位があっという間に逆転する。
心底うんざりした息を吐いて、ネルはその背中に続けた。
「そんなんでよく、団長なんてやってられたね。死地まで全力疾走させられるあんたの部下たちが、心底気の毒だと思うよ」
鋭く振り返る、紅の瞳。
「敵だろうが部下だろうが、効率よく殺すのが上の人間の役目じゃねえか。クソ虫どもの心配なんざしなくとも、思い通りに動かない駒はそれなりにしか動かしてねえ」
「……」
「俺一人だから何も気にせずに突っ込めるんだよ。阿呆」
それ以上は何も言う気がないらしい。ゆらり、尻尾のような髪が、歩みに合わせて生き物のように揺れた。

◇◆◇◆◇◆

男の言うことは、間違いではないと理性が告げる。
「……それでも納得できないものは納得できないじゃないか」
「何、ネル?」
どうかした?
かなり危なっかしい手付きでナイフを握っていたマリアが、ふと彼女の顔を覗き込んだ。考えごとに没頭していて不意に現れた顔に驚いたネルに、一瞬きょとんとしてからくすりと笑う。
「珍しいわね。あなたがそんな顔するの、はじめて見たわ」
「……あたしだって、驚くときは驚くさ」
むしろきょとんとしたさっきのマリアの顔の方が珍しいじゃないかと、ネルは苦笑する。猫のようだ、そう思ったがまあそれは口に出さないことにして、
「――で、何が納得できないの?」
「……上の人間の役目、ってやつさ」
「ふうん?」
そこで言葉を切って、焦げ付かないように鍋をかき回しながら味を見る。うん、こんなものだろう。ちらりと見れば、マリアは話の続きを待つように手を止めてネルを見たままだ。
「部下をどう殺すか、それを考えるのが上の人間だって言われてさ。……間違いじゃないとは思うんだよ? けどね……」
「……まあ、たしかに素直に納得できないわね。その言い方だと」
「だろう?」
危なっかしくキュウリの輪切りを再開するマリアが、しかしすぐに手を止めた。
「でも、「どう生かすか」って言ったところで、内容は変わらないのよね」
「……そうだね」
「いかす」が「生き残らせる」なのか「活用する」なのか、そんなことを考えながらネルはうなずいた。うなずきながら、手早く人数分の皿を用意する。
本日の食事当番は女性陣。やたらと怪我を負った男性陣は、貧血でふらふらしながらテントの用意をしている。
「さて、あとはサラダだけだよ」
「え、あ、分かったわ。……っと」
見ていると怖くなるので、ネルはサラダ担当のマリアに背を向けて片付けをする。といっても、作りながら手際良く片付けていたのでそんなに時間がかかるわけでもない。
「……でも、そうね。部下の損失を怖がるような人間は、上に立つべきじゃないのかも」
ネルは思わず振り返ったが、マリアはそれ以上何も言わなかった。

◇◆◇◆◇◆

「よお。……悩みごとか?」
食事も終わって。周囲の警戒がてらぶらつくネルに、背後からかかった声。ゆっくりと振り返れば、酒瓶片手の大男の姿。
「……酔ってモンスター見逃しました、とか言わないでくれよ。もうすぐ見張りだろ?」
「冗談。こんなんで酔うかっての」
すまして返すのに呆れながら、そこらに転がっていた岩に腰を下ろす。
「甘いってよく言われるけどさ。でも、誰であってもあたしは殺したくないんだ」
「……ん?」
前置きもなしに唐突に言われて、瓶を呷ったクリフが首をかしげている。
「そりゃあ、どうせ死なせてしまうなら後に役立つようにしたいとは思うけど。でも、誰も死なずにすむなら――あたしはそっちの方が良い」
「難しい問題だな、そりゃ悩みもするか」
肩をすくめながら瓶をこちらに向けるのに、ゆるく首を振って断る。
――酒は苦手なのだ。弱いことを自覚しているから、今呑みたくはない。
「たとえば一人見捨てて三人助かるなら、いくら悩んでも結局お前は三人を選ぶだろ? それでいいんじゃねえのか」
「……でも、その前に四人全員助かる道がないか探すのが、上に立つ人間じゃないのかい?」
「悩んでいるスキに、全員助けられなくなるかもしれねえぜ」
意地悪な言葉に、ネルは息を呑む。
「……悪ぃ。別にいじめるつもりはねえんだが」
「あたしは――やっぱり隠密に向いてないのかもね」
決まり悪く謝るクリフに、苦笑する。
「クレアにね、よく言われてたんだ。無理してクリムゾンブレイドをやらなくても、ネルなら他に仕官の道もあるんじゃないか、って。そう言われたこともあったね」
「――あいつだけを、あいつの手だけを血に汚すわけにはいかないから、嫌々クリムゾンブレイドやってるってのか?」
「そうじゃない! そうじゃ、ないんだ……ただ、時々……どうしても分からなくなるんだよ」
若いねぇ。そうつぶやきを聞いた気がして顔を上げると、クリフが背を向けて立ち去るところだった。
結局、この男も答えはくれないのだ。分かっていながら浮かんでくる、すねた思考が自己嫌悪を誘う。
「悩むのは、悪いことじゃないぜ? 結局他人に言われても、納得できるかできないか、色々だしな」
振り返る青い瞳。顔は笑っているのに、その目は真剣で、
「そうして悩むお前だから、部下はお前を慕うんだろ。お前のために笑って死ねるんだろ」
「……っ、でも――」
反論するころには彼はもういなかった。
こういうところはよく似た父娘だと、青い髪の娘の顔を思い出す。

◇◆◇◆◇◆

「ネルさん? 顔色悪いですよ」
一晩延々悩み続けて、結局全然眠れなかった。
顔を洗いに出たところで、フェイトが近付いてきて。ちょっとすいません、そう断ってから額に伸ばされたてのひら。思わずのけぞって逃げるより先に、ひやり、冷たい感触。
「……うーん……微熱? ……じゃない、か……」
「いや、別にたいしたことないよ。ありがとうフェイト、心配してくれて」
悩んでいることはパーティ全員に知られているので、これで熱を出したなんてことになったら、知恵熱かなどと笑われることは目に見えている。
大体、頭では分かっていることなのだ。ただ納得できないだけで。
「――フェイトなら、どんな上司になりたい?」
「え……?」
ネルの額に触れた手を見てぶつぶつ言っている青年に、苦笑しながら声をかける。きょとんとした顔が、昨夜のマリアの顔となんだか重なった。
猫というよりも、むしろ彼は――毛並みのいい犬っぽいけれど。
「上司……ですか? そうですね、部下の力量を見誤りたくはないです」
「へえ?」
「どんなに無理しても結局出来ないことを期待されるのはつらいし、出来ることなのにハナから頼られないのは腹が立つし。難しいんだよな、本当に」
何か過去にあったのか、そう言って穏やかに苦笑する。それからまた首をかしげて、
「クレアさんか……それともタイネーブさんやファリンさんに何か言われたんですか?」
「いや、違うよ」
「――んー、じゃあ、アルベルかな。あいつ、一度言ってやらないと」
いったい何を言うんだ、と思うより先に、なぜそこにアルベルが出てくるんだと戸惑う。戸惑っているうちに、フェイトはまたいつもの無闇にさわやかな笑顔を浮かべて、
「ネルさんは、ネルさんのままで良いんですよ。無理に自分を変えなくても、今のネルさんが好きなんです」
「……は?」
「みんなね。もちろん、僕も好きですよ?」
――照れもせずにきっぱり言い切ることが出来るフェイトが、なんだか無性にうらやましかった。

◇◆◇◆◇◆

結局。
「うーん……」
「どうした阿呆、その歳で老人ボケか」
「違うさ、……あんたじゃあるまいし。って言うより、なんで老人ボケなのさ?」
「――あァ?」
険しい山道を歩きながら小さくうめいたネルに、不機嫌に振り返ったアルベルが声をかけた。珍しく気を使ったらしいアルベルに気付いて、顎に手を当てた悩みポーズのまま上目遣いで彼を見る。
「昨日あんたに言われたことがね、どうにも納得できないんだよ」
「……? 何がだ」
「――あんた、やっぱり老人ボケだね」
むっとした顔にかっと熱が上がって、それが目に見えて笑いがこみ上げる。
「部下を犬死させたら最低の上司だってのは、分かるんだけどさ」
「――あ? んなこと悩んでたのか、阿呆」
「悩んでたんだよ。丸一晩中ね」
「阿呆だな」
あっさり言い切られて、むっとするよりも先に、ため息が出てきた。
「――まったくだよ。あんたの言葉をこうも真剣に考えている自分にびっくりさ」
「……喧嘩なら買うが……?」
少しだけ低くなった声にちらりと視線を上げれば、言葉どおりカタナの柄に手をかけている男の姿。なんでここまでガキっぽい奴の言葉が引っかかるのだろうかと、呆れた声が脳内に響く。
そして、腰の短剣にネルもまたそろりと手を伸ばした。口の端を上げて、
「……良かったじゃないか」
「何がだ、阿呆」
「あたしが喧嘩売らなくても、もっと歯ごたえのある奴が大量にやって来てくれて、さ」
――周囲を囲む気配に一気に得物を構えて、声を上げる。二人を置いて先に進んだ仲間に聞こえるように。
「敵襲だよ!!」

◇◆◇◆◇◆

戦闘終了後。
「……あんたさ」
腰に手を当てて、ネルはことさら呆れた声を絞り出した。目の前には、脇腹に鋭い牙を受けて、どくどくと血を流す男の姿。傷が内臓まで達しているのか、先ほど血を吐いて、今は血の気の引いた白い顔で憮然として彼女を見上げている。
「もう少し頭使って戦ってみせなよ」
取り出したブルーベリィを投げ付ければ、今日の怪我はかなりヤバいらしく、受け止めることすらできなかった。のろのろと上げた手にはじかれて地に転がったそれを、ため息と共にネルが拾い上げる。今度は手渡してやった。――土をはらわずに。
「部下うんぬんよりも、まずあんたは自分の命を上手に使うことからはじめるべきだね」
土まみれのそれを思いっきり顔をしかめて見ているが、脇腹から流れる血はいっこうに止まる気配がない。自分で土をはらおうにも、どうやら大量に血を失った身体は思うように動かないらしい。
ため息を吐いてそれを口に放り込む。心底不味そうな顔。じゃりじゃりという音。
「自分ひとりで突っ込んで行って、あんた一人じゃとうに野垂れ死んでるね。回復アイテムも持ち歩こうとしない馬鹿だし」
「……うるせえ」
それ以上は何も言う気がないらしい。ふらりと立ち上がり、ふいとそっぽを向く。ゆらり、尻尾のような髪が、歩みに合わせて生き物のように揺れた。

――とりあえず。
「まあ、色々考えさせてくれる相手ではあるんだよね」
空を仰げば、どこか白っぽく埃くさくて。ため息を吐こうとしたら、出発するというフェイトの声。
ネルはひとつ、大げさに肩をすくめてみた。

―― End ――
2003/09/26執筆 2004/05/17UP
アルベル×ネル
OFP
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Eine dumme Frage
[最終修正 - 2024/06/21-11:13]