世の中にタチの悪いやつは山ほどいるけれど、こいつほど手に負えないやつというのもそうそういないと思う。

―― Morgen

早朝。早起きの鳥がさえずりはじめ、しかしまだ空は白みはじめたばかりといった時間に、ネルは目を覚ました。紫水晶がほんの少しだけ億劫そうに瞬いて、しかしすぐに普段の凛々しさを纏う。
ゆっくりと起き上がって大きく伸びを――しようとして、半眼で身体を見下ろした。
「……」
彼女の裸身に回った男の腕。完璧に寝入っているために力の込められているわけではないそれが、しかし脱力しきっているくせに絡み付いていてまるで離れない。
別にネルだって常に早寝早起きをしろと言うつもりはない。最終的に出発する時に身支度が整っているなら、いつ寝ようがいつ起きようが各人の自由だと思う。思うが。
時間を有効利用したい彼女はとっとと起き出したいわけで。起き出すにはこの腕は邪魔以外の何者でもなくて。
とりあえず指の一本一本をいちいち外して抜け出そうとしてみる。が。実は起きているのではと思わず疑うくらい、外したそばからそれはまた彼女の肌に吸い付いている。もがけばもがくほど、余計に身体ごと抱き寄せられたりなんかして。
「……あんたね」
うめく。もちろん相手は夢の中で、ネル自身それが男に届いているとは思わないが。
「あたしは抱き枕じゃないんだよ……?」
不機嫌に言い放ったはずの自分の声が、なんだか甘くて幸せそうに聞こえて舌打ちをする。
「夜中あれだけ元気な分、朝に回したらどうなんだいまったく……離しな」
ふと、寝ぼけていようがなんだろうが、とりあえず叩き起こした方が早いのではないかと。そう思い付いて、今度は男の肩を掴んで乱暴に揺する。

「起きな! 起きて、離せ!!」
それまで穏やかな顔だったのが、耳元でがなり立てたせいだろう、男の眉が寄った。もう一息かと、掴んだ肩に爪を立ててネルは息を吸う。
「アルベル!」
「……んだよ……ぅるせ……」
頑固に目は閉じたまま、しかし掠れた声が男――アルベルの口から漏れた。
「朝だよ、起きな」
「……誰が」
「あんただよ! ――ああもう、起きなくてもいいから離しな!! あんたの腕が邪魔でこっちは動けないんだよ!」
腰に回ったままの彼の腕に、力いっぱい爪を立てる。
「……ぃて……、やめ、ろ……」
「離せば止めてやるよ! ってこら、そのまま寝るんじゃない!!」
身を捩るとむしろ逆に腕に力が入った。単純な力勝負では半分寝ている男にすら勝てず、ネルは結局、アルベルに引きずられて再びベッドに逆戻りするハメになる。
「……いい加減にしな!」
「……うるせえ、っつってんだろ……寝かせろ……」
ネルの胸に顔を埋めたアルベルが、もう八割方眠った声で呻いて、
「てめえと、こーしてると……落ち着くんだよ……阿呆」
その言葉の後には寝息が続いた。

◇◆◇◆◇◆

「……っ、あんたね!」
ややあって。顔を真っ赤にしたネルはようやく動きを取り戻すと、ばっくんばっくんいう心臓のあたりをぎごちなく押さえて、心の底からため息を吐いた。
「……あんな殺し言葉、何の予告もなしに言うんじゃないよ……」
押さえた左胸のすぐそばに、またも完全に寝入った男の頭がある。意外と手触りのいいその髪を、少し目を細めながらわしゃわしゃとかき混ぜてやる。
かすかに開いた口からは平和な寝息が漏れて、それが肌をくすぐっていた。なおも髪をいじっていたら、なにやらもごもごとつぶやいて少しだけ身じろぎをして、おかげで端正な顔がその髪の間から少しだけのぞく。
「ばか」
その顔につぶやいた声には、もう隠しようもないほどの笑いと、そしてほんのりとした甘い色が混ざっていた。朝食前の報告はもうあきらめるしかないね、と頭のどこかが呆れ混じりにささやいている。
まあ、たまにはこんなのんびりした朝も悪くないかな、と。

世の中にタチの悪いやつは山ほどいるけれど、こいつほど手に負えないやつというのもそうそういないと思う。
――それにほだされている自分は、だったら何だ、とささやく声は誰のものだろう。

―― End ――
2003/11/24執筆 2004/05/25UP
アルベル×ネル
OFP
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Morgen
[最終修正 - 2024/06/21-11:13]