アーリグリフに着いた。
寒い山中を強行してきた一行は、暖を取るべく宿を取った。ツインを三部屋、パーティは六人。――人数的には何の問題もない。
人数的には。
ところで現在のパーティメンバーは、フェイト、クリフ、マリア、ソフィア、ネル、アルベル(順不同)。つまるところ、見事なまでに男女比率一対一。
――人数的には問題なくても、人道的に、というか倫理的に問題がありすぎると思う人間はいないのか。
いつも爽やか、パーティリーダーが言った。
「じゃあネルさん、あいつの世話よろしくお願いしますね」
金髪筋肉男が言った。
「何かあったら外に叩き出す手伝いするからな」
影の実力者、青い髪の女王様が言った。
「いつもいつも悪いとは思っているのよ?」
猫好き天然女子高生が言った。
「わたし、ネルさんみたいな大人の女性になるのが夢なんです!」
――逃げ場も付け入る隙も声を上げる暇も、あったもんじゃなかった。
「……まったく……」
腰に手を当ててため息を吐いて、それでネルはあきらめた。荷物を整理しながら、部屋に入るなり暖炉の火をつついている男を横目で見る。
まあ、哀しいことにいい加減こんなことには慣れっこで。ディプロなどではベッドが一つしかない部屋に押し込められたわけだし。毎回毎回抵抗を感じているのはひょっとして自分だけではないのかと、最近少しだけ疑問を抱かないこともないのだが。
まあいいか、と。整理の終わった荷物を枕元に落ち着けてネルは口を開く。
「いい加減言い飽きたけどさ。――変なことしようとしたら、殺すよ?」
「まったくだ、いい加減聞き飽きた。とっとと寝ろ阿呆」
意外と律義というか紳士というか。それとも毎回毎回釘をさしている結果なのか。今のところこの男が襲いかかって来たことはない。いい加減付き合いも長くて、仲間としては十分信用しているし、ひょっとしたらそれが分かっているからなのかもしれない。
腰の短剣を枕下に敷いて、服をくつろげてベッドに潜り込む。体力のない女の身だと、毎度ながら雪山の強行軍はきついものがあった。男だからか慣れなのか、少なくとも見た目は平然としながら、今度はカタナの手入れをはじめた背中にそっとつぶやく。
「あんたもいい加減にして寝な。……おやすみ」
「ああ」
ふっとまぶたの向こうが暗くなった。
うとうとしながらそれを感じて、背を向けていたさきほどまで明るかった方向へ、ネルはごそりと寝返りを打つ。ロイヤルスイートと銘打っているだけあって、寝心地のいい布団。暖かく居心地のそこに、なぜだろう、不意に冷たい風が入り込んでくる。
「……?」
寝ぼけた頭はそれがどういうことか判断できなくて、しかしぼんやりと開いた目が映したモノに、頭どころか身体ごとすべてが一気に覚醒した。
「……――!!??」
が、いくら覚醒しても。驚きすぎると、人間、叫ぶこともできなくなるらしい。
目を見開いて全身硬直したまま、ネルは呼吸すらできない。閉じていた目は、夜目にもそこに何があるのか映している。――だからこそ、余計に混乱は収まらない。
どうして目の前にアルベルがいるのか。うろたえた目が向こうの方に誰もいないベッドを見付けて、だったらなんだってこの男が自分と同じベッドに入ってくるのか。
ぎりぎり彼女に触れない位置で、硬く目を閉じている男。微動だにしないその姿に、やがてネルの混乱も少しだけ収まってくる。半ば無意識に短剣を引き寄せて、
「……な……」
そうっと起き上がろうとして、掠れきってまともに声が出ていないことに気が付いた。
「っ、なんでっ、あんたがこのベッドに入ってくるのさ!? あっちに空いたのがあるじゃないか!!」
「……うるせえ……」
片肘をついて、入り込んできた冷えた空気にざわっと鳥肌が立つ。
「――寒ぃんだよ……何もしねえから、動くな」
「ん、な、にを馬鹿な……」
反論しようとして、不意に眉をひそめる。暗いおかげではっきりとものが見えているわけではないが、なんだか男の呼吸が荒いような気がする。身体を丸めて、噛み殺そうとしているらしいががちがちと歯が鳴っている。ふと思い付いてその額に手を伸ばそうとして、しかし動いた拍子に布団の隙間がさらに広がって、かっと開いた紅い目がにらんできた。
「動くな、っつってんだろ! 風が入ってきて寒いんだよ!!」
「ワガママ言ってんじゃないよ! つーか冗談は顔だけにして欲しいもんだね!! ――まさかとは思うけど、あんな格好してたせいで、あんた風邪引いたとか言うんじゃないだろうね!?」
律義に動きを止めて、しかしネルは鋭く言い返す。ぐっと詰まってから紅が宙を泳いで、もう馬鹿馬鹿しくなって彼女は息を吐いた。
「……っ、まだ風邪ってほどひどくなってねえ!」
「だからって――」
半眼で指を突きつける。なんだって布団に横になった状態でこんなことをしなきゃならないのか、ハタから見たら一体これはどう見えるものか、――目眩さえしてくる。
「大の、いい歳こいた、男が! 女の寝所に!! 無断で入り込んでいい理由にはならないだろうそれくらい分かりなこの超絶非常識馬鹿男!!!!」
大方、調子の悪さをずっと誤魔化してきた結果、寝る段になってとうとう悪寒に耐え切れなくなったのだろう。で、人肌でいい具合に暖まった彼女の布団に目を付けた、と。
――馬鹿だこいつ。口癖のようにアホアホ言っているが、あれは自分に向けて言っているとしか思えない。
まあ、半病人に対して文句を付けてもあまり意味がない。ネルはあきらめて今度こそ身を起こそうとした。が、
「――おい」
やっぱり止められる。
「なんだい、馬鹿」
「馬鹿はお前だ。……動くなと、何回言えば分かるんだ阿呆」
「あんたの都合なんか知ったこっちゃないね。まあ、この暖まった布団は譲ってやるさ。相手は病人だから仕方がない。――あたしはあっちのベッドで寝ることにする」
張り飛ばすのは我慢してやるさ、感謝しな。そう続けたネルの、空いたベッドを指している腕を、不意にアルベルが掴んだ。それに、というよりもその手の冷たさに、ネルの身体がびくりと震える。
「――行くな」
「……は?」
冷たい手、強い力。抗いきれなくて、また布団に引っ張り込まれる。反射的にもがいても、その手はゆるまなくて。あまつさえ、さらにぐいと引き寄せられたと思ったら――
「え?」
気が付いたら、男に抱きしめられている自分がいた。
「なっ、ち、ちょっと……!?」
「行くな」
耳元でささやかれる声。なぜかかあっと全身が熱くなる。
「は、離しなこの馬鹿っ! あんた冷たいんだよ!!」
もがいても、いくらもがいても身体に回る腕は力強くて緩まない。熱くなった身体の熱が、すべて男の冷えた肌に吸収されて、――ぞくぞくと冷たいものが背筋を這う。
「行くな……」
身体に直接響く男の声。ネルの動きを封じるその腕は、しかし強引で力強いくせにこわれものを扱うように優しい。
顔が熱い、身体が熱い。熱くなる一方で、熱が奪われてぞくぞくと寒い。
「……お前、暖けえ……」
「っ、ひ、人を湯たんぽ代わりにするんじゃないよ……!!」
しばらく口をぱくぱくさせて、やっとのことで吐き出した言葉には全然力が入っていなかった。熱と一緒に力も気力も奪われて、もうネルは抵抗できない。
――そんな彼女の状態を知ってか知らずか、耳元でくつくつと低い笑い声がする。
「――何もしねえってんだろ、阿呆。んな警戒してんじゃねえよ」
「何、も、しないってじゃあこれは一体なんなんだい!?」
「気にすんな阿呆」
気にするな……、気にするなってどうやったらこの状況を気にしないでいられるんだい!!
――いくらそう思っても、身体に力は入らない。
結局何も言えないネルに何を思ったか、つつ、と冷たい手が服越しに背中を伝った。思わずびくんとのけぞる、その反応を楽しむようににやにやと口元をゆるめている男。殴り付けようにも距離が近すぎて、動けない。
「まあてめえが……欲しいってんなら、相手してやってもいいが」
「馬鹿言ってないでとっとと寝な!!」
今度は、なんとかどもらずに震えずに言葉が出た。やかましそうに細くなった目、背中の手が腰に回って、まあそれ以上動かないようなのでいいことにしておく。――相変わらず全身から力は抜けたままで、どうしようもないというのが正直なところだったが。
ぐっとさらに強く抱き寄せられて、火照る頬に冷たい肌が触れる。耳元に吐息がかかる。身体に直接響く鼓動は自分のものとリズムが少しずれていて、相手の鼓動が分かるくらいだから、こうして今押しつぶされている胸から、きっと自分の鼓動の速さも激しさも相手に伝わってしまっていると思う。ものすごく抵抗があるのに、なぜだろう、安心した。とてつもなく恥ずかしいのに、どこか心地いい。早く朝になれと祈る反面、ずっとこのまま夜が続けばいいと願っている。そんな自分に、気付いてしまう。
黙った途端とっとと寝入ったらしい穏やかな呼吸に、やっぱりこいつは救いようのない馬鹿だと確信して。
――そして、そんな男にこうしてときめいている自分は、もっとずっと馬鹿だと、思った。
翌朝。
絶対に眠れないと思っていたのにあっさり寝入っていた自分と。なぜかそんな自分の胸に顔を埋めて、間抜けな寝顔を見せている男と。ネルたちはともかく、アルベルはこの国の軍人なのだからそれを理由に城にでも一泊させれば良かったのではないかという、いまさらながらの思い付きに。
ネルは超特大のため息を吐いて、堅く拳を握り締めた。
