FD界。銀河連邦に属する、いや、世界――エターナルスフィアに存在するすべての星よりも発達した文明を誇る世界。あまりに発達した結果、「世界」を創ることさえ可能とした文明を誇る世界。
それでも、昔は「四季」が存在したらしい。それにまつわる祭りも、存在したらしい。
低く、腹に響く音がする。時には連なったり時には重なったり時には消えたり。一定しないリズムで、止まることなく響いてくる。
それは、彼女をひどく落ち着かない気分にさせる。
乱暴な足音が近付いて、ネルはうつむいていた顔を上げた。迷うことなく彼女の脇にどかりと腰を落ち着けた男に口の端をゆがめる。
「――一言かけるくらいしてみせなこの非常識馬鹿男」
「うるせえ」
鼻で笑うとあとはネルを無視して、頭の後ろで手を組むとそれを枕にするように背後に体重をかける。心底不快そうに顔をしかめるネルが口を開こうとしたところで、まるで牽制するようなタイミングで声が上がった。
「シケた顔するんじゃねえ阿呆」
「……っ、あんたに言われたくないね! てよりなんでわざわざあたしの隣に来ようってんだいあんたは!?」
「うるせえ」
先ほどとまったく同じ言葉をまったく同じに吐き捨てる。目を伏せて――どうやらこのまま集合時間まで昼寝でもするつもりらしい。ここに宿屋があったなら多分そこを利用しただろうが、少なくとも彼女の知る限りそんな施設はなくて。
ネルはひとつ息を吐くと、あきらめてまた膝に顔を埋めた。
ジェミティのはずれ、施設が何もない忘れ去られたような空間。人が通るわけでも面白いものがあるわけでもないそこは、好奇心旺盛な子供が日に一回通り過ぎればいい程度の実に――実に、何もない場所だった。モノもなければ人もいなければ、きっと存在意義すらない。以前時間つぶしにこの町全体を探索したとき偶然発見しなければ、ネル自身こんな場所があるとは今でも知らなかっただろうと思う。
きっと、この男もいつか偶然ここを発見したのだろう。何もすることがなくてここを思い出して、昼寝でもして時間をつぶすことにしたのだろう。
この、何もない場所で。
どん。それまで少し小さかった音が再び大きく響く。
腹に響くその男にうっとうしそうに目を開けたアルベルは、それが響いた瞬間びくりと震えた女の姿を視界の隅にとらえた。数回瞬いてから、馬鹿馬鹿しくなって目を伏せる。
「――クソ虫どもが。四季も知らねえくせに「夏祭り」だと?」
「そんなこと……言うもんじゃないよ」
「うるせえ」
やはり同じ台詞を吐いて、アルベルは鼻を鳴らす。
現在ここジェミティは、「夏祭り」期間だとかで全施設操業停止中だった。そのかわり「特設会場」とやらが出現していて、少なくとも今日は「納涼花火大会」をやっているらしい。音だけがここにこうして響いているのは、技術力の問題ではなくわざと――花火大会をやっている、まだ継続中だということを来た人間に知らせるためだとか。
フェイトはじめパーティメンバーは「夜」に設定してあるその会場に出かけてしまい、はじめこそアルベルやネルも顔を出したものの、少なくともアルベルはすぐに飽きてそこから出てきた。何もすることがないので、なんとなく見つけておいた静かそうな場所に出向いたら先客がいた、ただそれだけだ。
どっどん! どん……どんっ。
低く音は続く。そのたびに小刻みに震える細い肩が、目を閉じているのになぜかアルベルには見えるような気がする。――ため息が出てくる。
……何なんだ。
「……何怯えてやがる、阿呆」
いつもは無意味なほどに気丈なくせに、今日のその態度はなんだ。
がりがりと頭を掻いて面倒臭そうに目をやれば、鳴り響く音にやはりその肩が震えていて、
「雷とか怖がる阿呆か」
「違う」
首を振る。鮮やかな赤い髪が散る、それがやけにまぶしく見える。
「女どもはきれいだとか何とか、そんなこと言ってきゃあきゃあ喜んでいたじゃねえか」
「そりゃ……あたしだって、きれいだと思ったさ。いろんな色が散っていって、すぐに消えるからかすごくきれいで目が離せなくて、」
「――今それが見えない場所を選んで居ついているてめえは、じゃあ何なんだ」
恐ろしいほど透き通った紫が彼を射る。怒りでも憤りでもない強い光の灯る瞳は、単純にきれいだと思うのに。また音が響くたび何やら揺れるのが面白くない。音が響く瞬間、確かに浮かぶ恐怖の色が面白くない。
「怯えて震えるてめえは、何なんだ」
面白くなくて吐き捨てて、そうしてから馬鹿にするように口の端をゆがめた。なぜか、そうしていた。
怯えているのはなぜだと言われて、自覚のなかったネルは瞬く。瞬いた瞬間いくつ目かも分からない音がまた響いて、脳裏に――先ほど見た花火が浮かぶ。きれいだと思ったそれに、しかし確かに身体が跳ねていたことを知る。
なぜ。
「……あれは、何でできているか知っているかい?」
「あ?」
「花火の材料を、知っているかい??」
口が勝手に動いている。眉を寄せるアルベルを見ながら、マリアに教えてもらったそれを言葉にしている。
「――火薬でできているんだってさ。硝石や木炭や硫黄でできていて、マリアの銃も――鉛玉を打ち出すのにそれを使っていて、つまり人為的に、施術でもなしに爆発を起こしているんだってさ」
「それがどうした」
「ジェミティで今やっているみたいな、ものすごく大きくて色も鮮やかでぱちぱちなったり柳みたいにしだれたり、一度上がったのが分裂してまた光ったり、そういうのは無理でも。基本の基本みたいな花火だったら、今のシーハーツの技術でも十分可能だって、さ」
ネルの言いたいことがまるで分からないのだろう。アルベルが不快そうに顔をしかめている。それを目にしながら、しかしネルの口は止まらない。自分でも何を言いたいのか把握出来ないのに、ただ勝手に口が動いている。
「シーハーツやアーリグリフにあるもので、ああいうのができるって知って……あたしがそういうのがあると報告するだけで、きっと学者たちがそういうのを研究してそういうのを作れる……、そう教えてもらって、」
「きれいだとてめえも誉めていたじゃねえか。それがどうしたってんだ」
不機嫌な声、細くなった紅い瞳。低く唸られて、ネルは笑う。
「……それを知ったとき、あたしがなに考えたか、分かるかい?」
笑う。
変な風に笑ったネルに、アルベルはまったくわけが分からなかった。泣いているような笑顔の理由が、まるで分からない。
「てめえの国でそれができるなら、アーリグリフでも可能だってことだろ。夏なんざねえあの国だが、花火はやらせて風物詩にしろってか?」
「違うさ」
ふと視線がそれる。ネルが目を伏せて不自然な笑顔が消えて、やけに落ち込んでいるように見える。
「違う、そんなのんきなこと、まるで思わなくて――それ知ったとき、対人兵器にできるなって、あたしは思ったんだ。
マリアの武器の規模の大きいのなら、真上じゃなくてたとえば城に打ち込めば……直接の爆発で全部を殺せなくても、モノが大きけりゃ城が崩れるだろう。瓦礫で多分、全滅とはいかなくてもかなりの人数が死ぬだろうね。
そんなことをすぐに思って、そんな自分が……、」
唇を噛んでいる。細かく震えている。
「そんな自分が、心底嫌になったんだ」
どどんっ!
ひときわ大きな音が彼の腹に響いた。大きな雷が落ちたときのような、飛竜の炎が上げる轟音のような、そんな音。
確かにこんな音を立てるものを人間に直接打ち放ったなら、ひとたまりもないだろう。彼に放たれたとしたら――弾が爆発する前に斬り刻んで、果たしてそれで威力が分散するだろうか。そもそも斬り刻むことがまず可能なのだろうか。
あるいは施術兵器よりも現実味がある分、恐ろしいかもしれない。
「戦争は、終結しただろうが」
しばらく黙った末、アルベルがそう言った。いつものような呆れた声が嬉しくて、ネルはただ小さく笑う。
「……分かってる。でも、思ったのは事実でそんな自分に幻滅したのは事実だから。一度思ってしまえば、花火見ても音を聞いても、それがすぐに思い浮かぶんだ。戦争が終わったのに、相変わらず「敵」の殲滅方法にばっかり頭が行く自分を、確認しちまうんだ。
だから、……そうだね、あんたの言った「怯えてる」は、あたし自身に対して、なのかもしれないね」
どっどどどっどんっどん、どん……どどどん!
音が響く、身体が跳ねる。女王に報告してから実用までに、どのくらいの時間がかかるのか計算している自分に怖気が立つ。見た目ではなく実用に特化したなら、どれほどの威力を持つものか想像している自分に寒気がする。
戦争は、確かに終わったのに。完全に鎮火したわけではなくまだ禍根は残っていても、それでも手に手を取って歩むことになったのに。アーリグリフの王のもとへ、シーハーツのアペリス教の大神官の娘が嫁ぐことが決まったのに。ネル自身、平和を願って行動してきたのに。
今この場にいることだって、すべては「平和」のためなのに。
最初に見た花火。金と銀を織り交ぜて、そこに青と赤が踊っていた大輪の花火。
あれほどきれいなものはきっと生まれてはじめて見たのに。あれほど心揺さぶられるものはきっと生まれてはじめて見たのに。そんな「きれいなもの」すら、血なまぐさいものに変えてしまう自分のこの思想が恐ろしい。忌まわしい。
「――阿呆」
今はアルベルのその口癖すら、自分を罵倒する言葉すら悔しいくらいに嬉しかった。「いつもどおり」の彼が、死ぬほど嬉しかった。
「阿呆が」
醜く浅ましく愚かなネルを、まるで肯定してくれているようで。だから、罵倒の言葉が嬉しい。まっすぐにネルを射抜いているその瞳が嬉しい。
嬉しい。
「阿呆……」
「うん、分かっているさ……」
ネルはただ静かに目を伏せた。――また低く、音が響いた。
