とある日のとある野宿時、ウルザ溶岩洞はバニラのファクトリーにて。
その日の食事当番はネルだった。工房の主やら筋肉ダルマやらを働かせて、パーティリーダーに時おりなにごとか訊ねていた。青髪の女参謀は寝床を整えるのに忙しかったし、アルベルはというと場所柄左腕の古傷が疼きまくってなんだかだるくて周囲に注意を払う余裕がほとんどないまま、荷物整理を押し付けられていた。

―― Sich die Zunge verbrennen

体調が悪くても、腹は減る。不平を漏らす胃袋を抱えてため息を吐いていると、アルベルはいきなり頭部に衝撃を感じた。
「あァ!?」
「食事ができたよってさっきから何度も呼んでるじゃないか! 他のメンバーはもうとっくに食べ終わったってのに、何やってんだいあんたは!?」
薄い鉄板を切ったような、銀色に光る――どうやらヘラではたかれたらしい。血糖値が下がりまくっているせいでそれだけを確認して、怒る気力もなくアルベルは視線を上げる。どこから持ってきたのかフリルだらけのエプロンを着けたネルが、腰に手を当ててフン、と鼻を鳴らす。
「いいからとっとと来な。早くしないと焦げちまう」
「……うるせ」
自覚はなかったけれど、ぼんやりしているうちに荷物整理はあらかた片付けていたらしくて。手に持っていたピヨピヨボムを手近な袋に放り込んで、アルベルはのっそりと腰を上げた。

適当な岩で足場を組んで、その上に鉄板が乗せられている。その下の空洞にはマグマに熱されて真っ赤に焼けた石がいくつか転がしてあって、熱伝導率の高い鉄の板は、触れば普通に火傷するほどに熱くなっている。
そういえば先ほどクリフがこんな荷物を抱えてあちこちうろうろしていたような。バニラが鉄板の使用料がいくらだとかむしろ買い上げてくれればどうとかうるさく言っていたような。
そんな即席のホットプレートの上に。じゅうじゅうと音を立てて焼かれている丸く平たく伸ばされた物体があった。
「……なんだこれは」
なんとなくパンケーキとかホットケーキとかに似ている。かもしれない。刻まれた野菜が入ってどうやら肉類も入って、焦げたソースが鼻をくすぐる良い匂いを漂わせている。カツブシと青海苔がゆらゆらと踊っている。
「フェイトの出身地の郷土料理だってさ。「オコノミヤキ」とかいうらしいよ。
この前話に聞いて、ためしに作ってみたんだ。……フェイトたちにはけっこう好評だったし、ちょっと食べてみたけど普通に美味しいよ。さあ食べな」
かなり大きな鉄板の別の場所に、油を敷いてどうやらタネを流して。はじめてのはずなのにそれなりに手際よく焼きながら、冷めないうちに焦げないうちにとっとと食べろとネルが促す。
箸を片手にアルベルの頬がひくりと引きつる。
「アツアツを食べると格別なんだ。……ビールか何かあったっけ。あれがまた良く合いそうだよ」
「……そうか」
「ちょっとタネ作りすぎたから、遠慮せずにどんどん食べなよ」
「…………」
満面の笑顔が向けられて、アルベルはちょっとくらくらした。いつもはいまだ敵意のこもった目でにらんでくるくせに、どうやらはじめての料理がうまくいったのがそれほど嬉しいらしい。
さあ、とそのままさらに促されて。覚悟を決めて「オコノミヤキ」に箸を刺す。ふわりとした手応えを感じながら適当な大きさに切って、口に放り込んで、

◇◆◇◆◇◆

「……っ!!」
すぐ近くの気配がなんだか硬直した。不思議に思ったネルがふと目を上げると。口元を押さえたアルベルが「オコノミヤキ」をにらみ付けている。
涙目で。
「……? どうかしたのかい??」
激辛がダメな彼は、ひょっとして紅ショウガも苦手だったのだろうか。よく刻んだつもりだったけれど、紅ショウガのカタマリでも入っていたのだろうか。それともネルがちょっと目を離したすきに、フェイトあたりがこっそりソースに一味唐辛子を混ぜておいたとか。
――なんだかやけにアルベルを心配している自分に気が付いて、ネルはふぅっと息を吐く。
「……美味しいだろう……?」
不味いなどと言ったなら――いつもの短刀以外のもので、たとえばこのヘラで黒鷹旋が放てるものかどうか、実験してみるのも面白いかもしれない――と物騒なことを考えながら低い声で訊ねてみる。紅の涙目が彼女に動いて、男の半泣き顔など可愛くも何ともない。
ネルはにこりと笑ってみせる。
「さあ、どんどんいってくれよ」
「……っ」
「なんだい? ……それとも……あたしの作ったものが食べられないってのかい……??」
「……っ、水、よこせ……!!」
「用意してないよ」
掠れた声に極上の笑顔を叩き付けて。それでもふと不安になって男の手を上から押さえ付けて、ほかほかじゅうじゅういっている「オコノミヤキ」を、「それ」を使ってネルも少し食べてみる。
……うん。
「ちょうど良いじゃないか。焼き加減も味もソースの量も。
これのどこに文句があるってんだい?」
さくさくでふわふわ、噛み締めればキャベツの甘みが広がって肉のうまみが広がってたまごがいい感じになめらかで、少し焦げたソースとカツブシと青海苔が口の中で絶妙なハーモニーを奏でる。酒癖が悪いからとクレアに釘を刺されている上、そもそもアルコール自体一度だって美味しいと感じたことのないネルだけれど、これをつまみにだったらビールを……グラス一杯くらいならいきたいかもしれない。
はじめてにしては上出来だと思う。今度はもっと色々具を変えてみよう。

普通に美味しいじゃないか、と見上げれば、涙目はぎゅっと閉じてなんだか小刻みに身体が震えていた。
「?」
別にからくないのに。あつあつで美味しいのに。
きょとんとするネルに、ややあってこわごわ開いた目が――いまだに涙目がにらみ付けてくる。
やはりいつもの迫力はどこにもない。
そのまま眺めていると、箸を持つ右手はいまだにネルに捕まっているためか、鉄爪を外していた包帯を巻いた左手が「オコノミヤキ」を指差して、
「……熱い」
「だから美味しいんじゃないか」
「うるせえこんなじゅうじゅういってるもん食べられるか!!」
「何だって! せっかく作ったあたしの料理が食べられないってんのかい!?」
「誰もんなこと言っちゃいねえだろあちぃんだよせめて冷め、」
「冷めちゃったらせっかくの焼きたてが美味しくなくなるじゃないかこの馬鹿!!」
……どごーん。

◇◆◇◆◇◆

突然の轟音にあわてたパーティメンバーが駆け付けたところ。
ぼこぼこにされて目を回したアルベルと。怒り心頭というかむしろなんだか拗ねたように怒りながらわめきながら、そんなアルベルに馬乗りになって襟首掴んでがっくんがっくんやっているネルの姿があった。
「……バカップルね」
「ケンカップルじゃないかな」
「どっちにせよ痴話ゲンカだよな」
各人は冷静なコメントを残してすぐさまその場から散って、ふとネルが我に返るころには真っ赤に熱せられていた石は完全に冷えていて。
気を利かせたバニラがこっそり焼いていたらしい「オコノミヤキ」を山盛りにした皿を手に、手間賃をフェイトに請求していたりした。

Sich die Zunge verbrennen

一行は今日もそれなりに平和だった。

―― End ――
2004/11/11UP
アルベル×ネル
OFP
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Sich die Zunge verbrennen
[最終修正 - 2024/06/21-11:15]