そいつは、戦闘バカだから。
分かっている、強敵を前にすると嬉しくて仕方がなくなる。そして闘って、勝ったならもうその相手に対する興味はゼロになる。
極言するなら、そいつは戦闘のためだけに生きている。腕を磨くのに力が必要だから飲み食いする。戦闘時に体調を万全にしたいから頭も必要だから睡眠をとる。生きていくすべてが戦闘のためで、それ以外には一切興味がなくて、興味がないことには自発的に取りかかったりはしない。
そいつの生活はすべてが「戦闘」を中心に成り立っている。
分かっている。
だから、自分のことにもかまわないのも、そういう性分だとは分かっているのに。

―― Erfrischung

「……あのさ」
「あ?」
ネルはうめいた。自分の声の中に、自覚しないいら立ちだとかうんざりだとかを自分の声の中に聞いて。
――ああ、あたしそんなに我慢してたんだ。
そんな風に思う。
「あんたさ、」
「なんだ」
どこか偉そうに、それでも一応返事をするのは、元敵国アーリグリフの三軍の長。
――考えてみれば部下や知人が何人かこいつの刃にかかってたよねえ。
ふとネルはそんなことをむしろのんびり思う。思ってから、そんな自分にため息を吐く。多分、自分に向けてだったのだと思う。
ともあれ、先ほどのネルの言葉の続きをなんとか待っているらしいアルベルに、
「あんた、それ気持ち悪くないのかい?」
「……あ?」
「それ、その返り血」
いっそきょとんと首を傾げるのに脱力して、「人を指差しちゃいけません」とか昔聞いた教育係の口うるさい文句を無視してアルベルを指した。
指した先、無駄にぞろ長い髪をはじめ。頬、上着、肩鎧、胸元、腹。……全身、ほぼすべてのどこかに血が飛び散っている。
先ほどの戦闘の名残だ。
この中に、彼自身の血は確かなかったと思う。怪我をしてそれを押し殺しているのを見破るのは、ずいぶん慣れたからそれは確実だと思う。
だから。返り血で全身赤く染まっている彼を指して。ネルはもう一度ため息を吐いた。

◇◆◇◆◇◆

戦闘となると目を輝かせて突っ込んでいくバカだから。だからパーティの誰よりもアルベルは返り血をよく浴びる。そして戦闘が終わると真っ先に得物の血をはらって、しかしそれ以上はなにもどうともしないで、基本的に自分の身はほったらかしにする。
今までの付き合いから「そういうやつ」の認識はできあがったものの。ネルには、返り血をほったらかしておくこのバカが理解できない。

◇◆◇◆◇◆

「いい加減そろそろ乾いてきてべたべたすると思うんだけどね」
「……ほっときゃそのうち完璧に乾くだろうが」
あまりの言い草に脱力した。
ちなみに、こういうときネルの味方をしてくれるだろう他のパーティメンバーとは。現在、見事にはぐれている。影も形もない。
……逃走を開始したモンスターを戦闘に興奮したらしいアルベルが追撃して、ネルがそんなアルベルの後を義務感から追ったから、というしょうもない理由で。同じことは今までに何度も何度もくり返しているために、ネルはじめメンバー全員がすっかり慣れっこになってしまったそんな理由で。――アルベル本人はきっとことの問題点に気付いていない、そんな理由で。
――下手に興奮しても、今は誰も仲介してくれないから気を付けなないとね。
ネルは思う。
「とりあえずどうにかしなよ。においで新手を呼ぶかもしれな、」
「願ったりだな。ここいらのモンスターは強くて腕が鳴る」
「このバカ!」
「うるせえ」
――ああ、まったくもって話が通用しない、会話が成立しない。
……これは何かの試練だろうか。

なんだか一気にすさんで見事にガラが悪くなったネルが、ふとを顔を伏せるとしばらく考えこんで。そして何を思いついたのかひとつうなずいた。
どうでもいいなりに、何をするかとアルベルが少しだけ興味を向ければ。
いきなり彼に蹴りが入る。
「ぐっは、」
狙ったのか偶然なのか、じゃれ付くというには勢いのあるその蹴りを、悔しいことに油断していたのか鳩尾にくらって。蹴られた勢いそのまま横手に倒れ込んで。彼の横手にはそれなりの大きさの泉などがあったりして。
水柱が上がった。
泉にアルベルを蹴り入れたネルが、やけに満足そうに手などをはたいている。
「てめえ、いきなり何す、」
「言葉じゃ説得できそうになかったし、口で言ったところでほったらかしにするの目に見えてたからね。
そのまま水浴びして血を落としな。
そんな、頭から血をかぶったやつに横に並ばれちゃ、あたしが迷惑なんだよ」
そう言う本人は、縦横無尽に戦場を跳ね回るのが効いているのか、血まみれのアルベルとは違って全身きれいなものだ。……実際には元から浴びないように気を配っているのと、あとは戦闘終了のたびにこまめに返り血をふき取っているためだ。が、アルベルがそんなことを思い付くはずもない。
とにかく恨みがましそうな目でにらみ付ける。あっさりと流される。
「あんた、武器はこまめに手入れしてるようだけど、鎧はそうでもないだろう? その鉄爪――は武器だからともかく、鎧の可動部が錆びたら最悪だよね」
「……の、」
怒鳴りつける寸前、ネルに微笑まれて。その笑みが、今までアルベルが見てきた「強い」笑顔と違ったもので。
気を削がれたアルベルは、息を呑んだ。
息を呑んだことで「負け」に気付いてしまって、腹立ちまぎれに自分を見下ろしてみる。すっかり血を吸って、水を吸って変色した服をつまんでみる。
……特に問題ないのに。

「そろそろ休憩にしようと思ってたところさ。あんたがそこから出るまでに適当に飲み物でも用意しとくからさ、さっぱりしな。
別にのぞきゃしないよ」
「んな心配誰がするんだ阿呆!!」
どうでもいい会話。けれど、どうでも良いと思う反面、別に面倒とも思わないし、それどころかそんな会話を少し楽しいと感じている自分に驚く。ネルに言われると、血まみれのこの身体が少しうっとおしく思えて来てそれに驚く。どうとも思っていなかったはずが、全身に粘ついている赤が、気になりはじめて驚く。
さっぱりしたい、と。今まで感じもしなかった欲求に驚く。
……何なんだ?
思いながらとりあえず鎧に手をかけた。ふと目を向ければあれやこれやうるさいネルが、やれやれと――いうよりかはどこか嬉しそうにしているのが見えた。
なんだか、不思議な感じがした。

◇◆◇◆◇◆

透明な水に、血のもやが広がっていって。それはまるで、血まみれのこの手から「罪」が洗い流されていくようで。
感傷的になっている自分にアルベルは嘲う。
本当に「罪」が洗い流され、すっきりするのだとしたら。そんな水があったとして、その水を知っていたのなら。自分はそんな水には入らないだろうと、自嘲した。
罪を背負わなくてはならない、と思っているわけではなくて。「戦闘」がこの身の一部である以上、「罪」もアルベルの一部だと――きっと突きつめればそうなるだろうもやもやを、思うから。

「血まみれの自分」がある意味自然なのだと。
身を清めろとうるさいネルにもしも告げたなら、どういう反応をするだろうか。

アルベルはぼんやり思いながら視線をぐるりと動かして。
彼に背を向けて、先ほどの言葉どおりどうやら飲み物を用意しているネルに。
――たぶん負の感情からではない笑みを。
向けてみる。

―― End ――
2005/07/24UP
アルベル×ネル
OFP
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Erfrischung
[最終修正 - 2024/06/21-11:16]