そうやって伝わる気持ちだって、きっとあると思う。

―― Die Klingen kreuzen

「じゃあ、ネルとアルベルの部屋一緒だから」
「……は?」
何がどう「じゃあ」なのか、この船の持ち主らしいマリアがきっぱりさっぱり言い切った。反論を許さないままとっとと颯爽と本人は立ち去って、ちょっと待てよなんでネルさんがアルベルなんかととなぜか真っ先に声を上げながらフェイト、とてつもなく面白いものを見る目でクリフ、そのクリフをたしなめるミラージュ、気の毒そうな目を向けるだけ向けてとばっちりを受けないうちに逃げようとソフィア。
「…………あ?」
つい先ほどまで集合していたメンバーが、あっという間にきれいにいなくなった。無駄に器用に立ったままがっくんごっくん寝ていたアルベルが、ふと目を醒ますとなにごとだと言いたそうに、いまだ呆然としているネルに目を向ける。
――いや、訊ねたいのはこっちも同じだから。
ネルがどこまでも唖然としたまま、ゆっくりと瞬く。

◇◆◇◆◇◆

「……て、わけさ。分かったかい?」
「なぜか当然のように」旅荷を抱えたネルが「アルベルの部屋」やってきていた。きっとこのあと部屋に向かうのだろう、そのついでにここに立ち寄ったのだろうとタカをくくっていたアルベルは。
ネルの説明に頭をかかえた。
「……あのクソアマ……っ!!」
ただひたすらに低く低くうめく。
一体何を考えているのか。――いろいろいまだにわだかまりがある、というかことあるごとに彼につっかかってくるこの女と。同室だなんて。
……というか、アレか?
……新手のイジメなのかこれは。
げんなりうんざりと深く息を吐いたアルベルは、
ふと、何の気なしに左腕、鉄爪を装着した手を軽く持ち上げた。
がきんっ!
「!?」
本当に深い意味などまるでなかったのに。いきなり降ってきた刃を鉄爪が受け止めて、鈍く鋭い音が響く。
アルベルは、先ほどまでとは違った――ような同じような目を。受け止めた刃を伝って、持ち主、「同室の」ネルにゆっくりと向けた。

◇◆◇◆◇◆

「……何しやがるクソ虫がっ」
「いや、この部屋ベッド一つしかないしさ。あたしは暖かくてやわらかいとこで休みたいし、あんたもそうだろう? ちょうどあんたの趣味にも合うだろうし、こんなんで決めるのはどうかなって」
「だったら先にそう言え! 下手すりゃ死んでるぞおい」
「馬鹿言うんじゃないよ、あんたがこの程度でくたばるもんかい。無駄に執念深そうなくせに」
――どういう理屈だ、というか普段とまるで逆じゃねえか。
アルベルの脳味噌の片隅が呑気につぶやいている。いたずらに目を輝かせる子供めいたネルは、ただくすくすと笑っている。
微妙に、なんだかヤバげな感じがする。
「……おい……?」
「必殺技は使わないでいてやるよ……はっ!」
「っ、」
ぎきん! がっ、がつん!!
鉄と鉄がかみ合って、耳障りな悲鳴を上げる。

女だから、どうしても非力――まあアルベルとくらべれば、の話ではあるものの。ともあれ。そんな「非力な」ネルの武器は、体重を感じさせない身のこなしと、すさまじいばかりのスピード。全体重を乗せても筋力と合わせても大したことはないけれど、そこにこのスピードが加わると、さすがのアルベルにもとても片手間にさばくことなどできなくなる。
得意は違っても、まぎれもなくシーハーツのトップに立つだけはある。

ベッドを飛び越えて一時距離を稼いだアルベルは。ぎらぎらと目だけが輝く無表情で、すぐそこに立てかけてあった刀へ手をのばした。
次の一撃をぎりぎりでかわしながら、
掴む。

きっとネルには可能なのだろう寸止めが、どうしても苦手なので。さすがにこういった阿呆なことで、ネルを傷付ける気にもなれなかったので。鞘の付いたままの刀を右手に、着けっぱなしだった鉄爪の左手、最初のネルの一刃を受け止めた痺れを取るようにわきわきと握ってみる。
にやり、口元が勝手に緩んでいる。
「あとで吠え面かくなよクソ虫っ!」
「上等だね!」
舌を巻く勢いで突っ込んできた赤に、無造作に刀を叩き込み――ながら、半歩ばかり横へずれた。本気のはずの鞘付きの一撃を余裕でかわして、つい先ほどまでアルベルの身体があった空間にネルの肩が入って。目標が動いたことに気付いたのか、そのままの勢いで駆け抜ける。再び行き過ぎると思いきや、今度はその場でくるりとターン。ターンついでに放たれた蹴りを、かかとを軸にアルベルは半歩引いて避けて。
そのまますぐそこの赤に鉄爪をのばして、こちらの一撃もあっけなく避けられる。

◇◆◇◆◇◆

そんな感じに、狭い部屋で備品に被害を出さないようにどれほど時間が経ったのか。スタミナ不足で動きにキレがなくなってきて、ふがいない自分にネルは舌打ちをする。何度か皮一枚かすって、いくつかそんな傷は刻んだものの。まだまだまるで元気なアルベルがにたにたと笑っている。
「事態を理解できねえのがそんなに悔しいか?」
「……っ、」
――気付かれていた。
情けないのと恥ずかしいのとでさらに一瞬隙ができたネルの。その隙を情け容赦なくアルベルが攻めて、乱暴なわりにひどく美しいカタナの動きに見とれそうになる。
――危ない。
「フェイトなりあのクソ女なりに訊ねてみりゃあ良いじゃねえかこの阿呆」
「そんなん、とっくにやってるさ。結局分からなかったんだ、ことごとくね」
「はっ、それはそれは」
いかにも馬鹿にした言い方。かちん、ときた気持ちをなだめようとして、しかしそこにまたひとつ隙ができたのだろう。
手甲の上から鞘付きのカタナが強く突いてきた。
疲労で握力が足りなかったのがさらに追い討ちをかけて、そのまま短刀を手放してしまう。まだ空中にあるそれを掴み取ろうとして、けれどネルの手を突いたアルベルのカタナがその短刀を弾き飛ばす。
からん。
今までの激しい音とまるで正反対に。間の抜けた音を立てて、短刀が遠く床に転がる。

◇◆◇◆◇◆

「……ああもう、あんたの勝ちだよ。いいさ、仕方ない。ベッドでゆっくり休むんだね」
事態を理解していない者同士、何かシンパシーでも覚えたのかもしれない。ネルが勝手に感じ取っていたのかもしれない。
自分でもよく分からない衝動に突き動かされて、だから自分からアルベルに喧嘩を仕掛けた彼女は。
激しい運動に肩で息をしながら、ネルは何でもないように大袈裟に肩をすくめてみせる。
そんな彼女の手首を、いかにも無造作にいかにも乱暴に、大きな手がつかみ取る。
ネルは不思議そうに顔を上げた。これでアルベルが腹を立てたとは、とても思えない。
「何さ?」
「俺は別にかまわねえがな?」
「あたしがかまうんだよ、はなしな!」
「……言っとくがな、俺だってワケなんざ分かってなんかねえ。開き直った今はともかく、最初にあいつらに合流したときはそれこそイラ立って周囲に当たり散らしてた」
「いつものことだと思うけどね。それで?」
「――別に何かするとは言ってねえがな? 何考えたんだよ阿呆」
同じ部屋にされたことに対して、ネルの苛立ちの原因に関して、部屋に一つしかないベッドにどう寝るのか。というか最後のはなんて下品で意地悪な問いかけだろう。
あちこちに話が行ったり来たりで、いろいろいっぱいいっぱいだったネルの許容量がそこで限界に達した。話に付いていけない、情けない自分に対する苛立ちがため込んでいた不満が限界に達した。――ぶちっと、どこかで何かがちぎれる音を聞いたような気がした。
とりあえず。
にやにやと下品な笑いを浮かべる、腹が立つくらいキレイに整った顔立ちに、
頭突きをかます。

「やかましい!!」

まさか頭突きが来るとは思っていなかったのか、見事にくらって悶絶しているひょろ長い男に背を向けて。ネルには邪魔な自分の防具類を外して、彼女にしては乱雑に脱ぎ捨てたものをそこいらに放り投げて。
そのままベッドに横になると、やはりアルベルに背を向けたままわざとらしく毛布をかぶった。
――悔しいことに、なんだか頬が熱い。

◇◆◇◆◇◆

刃を交えて、分かったことがいくつもある。
――うわべはどうあれ、一応、ネルのことを「仲間」と認めているらしいこととか。
――そんな「仲間」のネルを、いかにも不器用に精一杯気遣っていることとか。
――そんな気遣いを、けれど絶対に気付かれたくないひねくれ方とか。
――分かりにくくて分かりやすい、幼い少年よりもきっと純粋なその内面とか。
いくつも、分かったことがある。
きっとその分、ネルのいくつかも知られてしまったのだろう。

――昔はあれほど嫌って、いっそ憎んですらいたのに。
いろいろを経た今、変化したこの感情に――ひょっとしたら気付かれたかもしれない。

背を向けた男がごそごそと防具を外す音がして。
ぎしり、ベッドが音を立てて乗ってきた体重にゆるく沈み込む。

―― End ――
2005/07/27UP
アルベル×ネル
OFP
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Die Klingen kreuzen
[最終修正 - 2024/06/21-11:16]