「戦場」と一口に言っても。
いろいろな闘いがあるわけで、つまりその闘いの数だけいろいろな「戦場」があるわけで。
何がなんだか分からないものの、ゲート大陸中だけではあきたらず星の船でえふでぃー界で行くことのできるすべてのところへ。うろうろ行ったり来たりのあわただしい毎日の中、一行がふとペターニの町に宿を取ったその次の日。
ぐずぐずごろごろとベッドで腐っていたアルベルは、掛布を引っぺがされてしぶしぶ上体を起こした。
「――アルベル、付き合いな」
「?」
そうして彼を叩き起こしたのは、いい加減付き合いも長くなってきたシーハーツの女隠密。
どこかそわそわと時間を気にして、いまだどこかぼーっとしているアルベルをとてつもなくこわい目でにらみ付けてくる。にらみ付けながらそこいらに転がっていた彼の服をばさりと投げ付けて、
「どうせ暇なんだろう工房で何か作るような甲斐性も技能もないしね。だからいいわけはいらないよ、とっとと着替えな、今すぐに!!」
「……あ、」
血圧の関係なのか、先ほどから目を醒ましてはいたものの、頭の動きも身体の動きも鈍いアルベルに。ひとしきり怒鳴って二度寝は許さないという風に殺気さえまとった爛々とした目でにらみ付けてきて。
それでもやはりのろのろとしか動かないアルベルに、
ネルは大きく息を吐くと、それだけ先を急いでいるのか、アルベルの着替えを手伝うために手が伸びてくる。宿屋備え付けの前開きの寝巻き、ボタンを全部外してさあ袖を抜けと、
「言っとくけど好きでやってんじゃなからね時間が惜しいから! ていうかあんたがみんなと一緒に起きてりゃ何も問題なかったんだよ!!」
どこまでもきつくきつくにらまれた。
くああぁぁぁぁっ、
でっかいあくびをひとつ、目をしょぼしょぼさせるアルベルの三歩前に。さらりと揺れる切りそろえられた赤毛、いつもどおりのような少し違うかもしれない黒衣の、女が一人。
――何をしているのか、
アルベルは自分を馬鹿にする。
まったく一体何をしているのか。意気高に出られて反発することなく言う通りにしてやって。寝起きの頭は血糖値が足りないのに胃袋は元気に不平を並べているのに、
そんな自分の欲求を放り出してまで、何をしているのか。
「仲間」を大切にするあまり自分をないがしろにする困った癖、困った優しさと。条件さえ整ったならアルベルを軽く凌駕する、普通のときでもそこそこ闘うことのできる技量と。外見などどうでも良いと本気で思うアルベルさえ、いっそ目の奪われる整った顔立ちと。
――何をしている。
思春期のガキでもあるまいし、何を躊躇しているのか。一挙手一投足を逐一気にして、そわそわするな情けない。
無表情、あるいは機嫌の悪そうな表情の下で無意識に激しい戦いをくり広げて。
アルベルは思う。
――何をしている。
――無理矢理にも誘われて、それに浮かれるな情けない。
とりあえず、抗議でもするように。からっぽの胃袋が、ぐー、不満の声を上げる。
「……で、これか」
今日はこの界隈の店屋、年に一回の大安売りの日、らしい。
わいわいと賑わう店、のすぐそばにつっ立ったアルベルはひたすら遠い目をする。
――期待して損した。
――いや、どうせこんなことになるのではと確かにうすうす思っていたけれど。
道すがらぽつぽつと説明されて。店が見えてくるなりネルは全力で走って行った。荷物もちとして連れてこられたのだと、それ以上の意味はないのだと。アルベルはそれにちょっとばかりかなりのショックを受けて。そのショックから立ち直るころには、周囲にいるのは――きっと今の彼と同類の、どこか淋しそうな野郎ども。
――自分のこいつらと同類かと考えると、情けなさに悶絶したくなる。
それなのに。
ここで待っていろ、と、先ほど詰め寄ってきたネルが。距離を詰めて至近距離で見上げてきた、その強いまなざしが。わざとなのか天然なのか、まるで読めない――実直かと思いきや意外に抜け目のないらしい女が。「ここで待ってな」と人差し指を突き付けてきたネルが。
その瞬間、ネルを独占しているのは自分なのだと突拍子もなくわいた考えが。
そう思うことができて嬉しいと、それこそ思春期のガキか俺はと、きっとはたから見たら――アルベルをよく知る人間が見ていたなら、今の彼は、
「……何、百面相してるんだい」
予想よりも近い距離からの呆れきった声。両手に紙袋を箱をめいっぱい抱えて、微妙に苦々しい顔で彼を見つめてくる。
「別、に。なんでもねえよ」
「ああそうかい心配して損したね。はいこれ、持ってな。もう一度行ってくるから」
「……まだ足りねえのか」
「だってせっかくのバーゲンだし」
ただ純粋にバーゲンに目を輝かせるネルが、そんなネルが幼くて愛らしいと。こんなことを考える俺の脳は煮えているな、と全力投球で自分をけなすアルベルに。
にっとネルが笑いかける。
「あんたが来てくれて助かったよ」
「……無理矢理連れてきたんだろうが」
「だって、逃げる隙あったのにあんた付き合ってくれてるじゃないか」
ああ、この微笑を独占しているのは俺なのか、と。いや何考えてる俺の阿呆、と。
仏頂面の百面相に、またひとつネルが笑った。
――尻拭いでも、どれほど阿呆でも。たったこれだけで報われたと思う俺は。
――本気で阿呆だ。
ここにいるんだよ、とさっきとまったく同じに念を押して。人だかりでわいわいする中に、わくわくしながら戻っていく細い背中を見送る。
アルベルは両手に荷物を抱えて、それでもどこか機嫌良さそうにネルを見送る。
