その目で静かに、ただじっと見つめられると。
何も、……何も言い返すことが、できなくなる。

―― Gegenstoss

「……何やってんだてめえ」
「…………悪い」
低く低く、にらむようにというよりは心底あきれ返った声に言われて。ネルは思わず、身体を小さくしていた。
現在地――某所崖下。仲間たちの姿は周囲になく、目の前には元敵国の漆黒団長。
ネルの足には数ヶ所に及ぶ擦過傷がついていて、いつものように術で癒そうにも、精神力はあるけれど痛みが集中を邪魔してくれる。彼女の前にいるアルベルはというと、全身そこかしこに同じく擦過傷。ただし、ネルとは違って痛みで術が使えないほど深刻な怪我はゼロ。でも彼は術を何一つ覚えていない。
「ったく……」
小さく愚痴りながら、自分のことよりも先に彼女の怪我の応急処置をするアルベルは。
悔しいかな、今現在の状況のせいもあるだろうけれど、やたらと良い男に見えてしまう。

◇◆◇◆◇◆

この状況、元を正せば風邪を引いたらしいその体調不良を、ネルがいつもどおり隠していたせいだ。大したことはない、あたたかくして少し長く寝れば翌日には治るはず、それまで悪化させないように仲間たちに気付かれないように、そんなことを考えていたせいだ。
実際には彼女が自覚するくらいには体調不良は進んでいて、けれどいつもどおり旅に出て戦闘に出た結果。朦朧とした頭が距離感を誤って、自分から崖に身を躍らせる結果につながった。位置的にも近いところにいて、それ以前に一人彼女の体調不良に気付いていたらしいアルベルが。そんな彼女の足を間一髪、つかみ止め――かけたとき。
戦闘中につき、相手モンスターが無防備になったアルベルを襲って。
結果的に二人して、崖下にすべり落ちた。

◇◆◇◆◇◆

「体調悪いならそう言え。とっとと休んでとっとと復帰しろ。無理して無茶して、それに巻き込まれる方が迷惑なんだよ」
「……ごめん」
一体どこにしまってあったのか。彼の左腕に巻くためだろう包帯が、意外と丁寧に彼女の脚に巻きつけられていく。ぴりぴりずきずき痛んで風が吹くたびに脈が打つたびに痛んでいた傷が、そうして保護されてだいぶましになる。
ましになったので術が使えるかと思って呪文を詠唱して、けれどやはり集中が乱されているらしく、三回試して全滅した。
――やるせない。
「……まったく、本当に何やってんだろうね、あたしは」
大きく息を吐く。そんなネルをアルベルがじっと見ている。そしてゆっくりのびた手が彼女の頬に触れて、ぴりりと走った痛みにネルは思わず顔をしかめた。
「こんなとこまでかすってたのかい……」
「気付いてなかったのか」
「脚の方が痛かったからね」
さらりと言い返したら、痛いくらい視線を感じる。
その目で静かに、ただじっと見つめられると。
何も、……何も言い返すことが、できなくなる。

◇◆◇◆◇◆

姿が見えない仲間たちは、今ごろ戦闘を終わらせて落ちた二人を探していることだろう。長時間ではない、少し待つだけなら。それほど居心地が悪いわけでもないし幸いモンスターも寄ってこないし。下手に動いてさらに迷ったらしゃれにならないので。
二人して崖の中腹あたり、ちょっとばかり開けたところに腰を下ろしていて。
「……あんたの怪我はどうなんだい。派手にあちこちすりむいてるけどさ」
「大したことねえよ。あっさり気を失ったどこかの阿呆と違ってな」
「やかましいよ」
いつもどおりの憎まれ口を思わずにらみつけたら、なんだか頭がくらくらした。
そういえばそもそも風邪を引いていて、下手をしたら熱が上がったのかもしれない。うっかり忘れていたけれど、なんだか気分が悪い。寒気がする。なんだか関節が痛いのは、軽症ですんだとはいえ崖からすべり落ちたからなのか、それとも風邪の症状のせいなのか。
たとえ相手が誰だろうと、けれど弱みを見せたくなくて。だから平気なふりをしようとしたところで、ぱふりと頭に手が置かれた。不機嫌な顔がそのまま髪をわしゃわしゃかきまぜて、ぐっと彼女を引き寄せる。
ネルは目を瞬く。
「なんだい……?」
「ここは風が吹きっさらしだろうが、阿呆。どうせ風邪とかそのへんだろ、身体冷やして良いことなんざねえだろうが」
「ば、」
「阿呆なのも馬鹿なのもてめえだ。体調悪いなら言えって言ったばっかだろうが、あァ? 無理して意地発展じゃねえよ。バレバレなんだよ」
「……うるさい」
男の言うことがいちいちもっともで、反論する材料が見つからない。細い割に大きな身体に包み込まれて、その体温に包まれて。悔しいのにどこか安堵してしまう。ほっと息を吐きたくなる。
そんな自分が悔しくて、妙にやさしい男が悔しくて、けれど離れられない、離れたくないと思ってしまった自分が悔しくて。

――まるで、こんなの。
「……まるでいつもの逆じゃないか」
ぼそりとつぶやけば、本当は思うだけのつもりだったのにうっかりつぶやけば、大きな手がまた髪をかき混ぜた。ばさばさに好きなだけ乱されて、もうそれを怒る気力もない。
むっと唇を引き結んで、ネルはアルベルの肩に額を押し付ける。
――いつも無茶をして敵に突っ込んでいくのも。
――その結果当然のように大怪我を負うのも。
――そうして治療するネルにぶつぶつ説教されるのも。
――いつもは、アルベルの方なのに。
今日ばかりはまったく立場が逆で。
――風邪をひいていたせいとはいえ、今から思えば無茶だった自分が恨めしい。
――その結果こうして手綱をうばわれて、珍しく甘やかされている自分が悔しい。
――不器用でぶっきらぼうだけれど、確かなやさしさに。思わず甘えてしまう自分がやるせなくて、
――彼女の悔しさをまるで全部分かっているとでも言いたげな、余裕綽々のアルベルが。腹が立つ憎らしい恨めしい。

◇◆◇◆◇◆

「寝たかったら寝てろ。それでとっとと治せ……よだれはたらすなよ」
「変にやさしくしてんじゃないよばか!」
髪を、背を。壊れものにこわごわ触れるような、そんな手つきで優しくなでられて。彼女が離れようとしたなら、きっとすぐにそれが叶うだろう程度の力で抱きしめられて。
自分本位で身勝手な強引な、いつものアルベルらしくないから。
だからどうにも調子が狂うのだと。

――起きたなら、体調が回復したなら。
――反撃、してやるから覚えてな。

珍しくやさしい男に、ネルはあきらめて甘えることにした。体重をあずけて身体から力を抜いて。ゆっくり目を伏せて。
そんな彼女を、やはり悔しいくらい。
どこかぎごちなく、けれどやはりこわごわやさしく。
細い身体に改めて包み込まれて、安心してしまった心を、ネルは無視して見ないふりをする。

―― End ――
2005/12/06UP
アルベル×ネル
OFP
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Gegenstoss
[最終修正 - 2024/06/21-11:17]