こと戦闘になるとやたらと生き生きする馬鹿がいる。
笑いながら敵の中に突っ込んでいって、頭から血を浴びて嬉しそうな顔をしているあたり、馬鹿を通り越しておかしいと思う。相手が強ければ強いほど目を輝かせて、敵も味方も区別しない戦い方を見るのは正直気分が良くない。
――他者を踏みつけることがそんなに面白いのか。必要以上の血を流すことにそんなに意義があるのか。それ以外に自己を認識する方法がないとでも言いたいのか。
元敵国がどうとか、タイネーブとファリンを足蹴にしたとか、そんなことは最近ではもうどうでも良くなってきた。とにかく理解できない。価値観が根本から違う。あまりに違いすぎて、不快を通り越していっそすがすがしいほどに。
そもそも理解しようと考えることが間違っているのかもしれない。
でも、一応一緒のパーティにいる、つまりは「仲間」なわけだし。
ネルは息を吐いた。
今日も今日とて。敵襲を知った瞬間、寝起きの気だるさをしつこく引きずっていた顔が輝き出した。なめらかな動きでカタナを引き抜くと、本気で他のものは目に入っていないのではないかという勢いで敵のただ中に突っ込んでいく。
カタナを振るい鉄爪の鉄爪を振るい、時おり食らう攻撃以上に敵に攻撃を食らわせる。
今にもむせ返りそうな変な笑い声は多分愉悦からで、一体戦闘の何が面白いんだと襟首を掴んで問い詰めたい衝動に駆られたが、それはまあ押さえ込んだ。
「はぁっ!」
ネルも腰のうしろから愛用の短剣を引き抜いて、気合一閃、技をくり出す。
彼女がなぜそんなにアルベルを意識しているかといえば、単純に「変なやつ」だからだ。
マリアは元々遠距離戦が専門で、自分から敵に突っ込んでいくことはそうそうない。フェイトとクリフは接近戦という必要から敵に向かっていくが、二人とも楽しそうに向かっていくのでネルの目から見れば「変」に分類したくなるのだが、それでも声を上げて笑うところまで「変」なわけではない。サポートをしてやれば礼を言うし、こちらの体力が減っていればアイテムを使うなり術で癒すなりとフォローもしてくれる。
アルベルは。戦闘に突入した瞬間敵しか見なくなる。仲間の状態を見ようとしないし、自分の体力すら把握しない。当然そんな人間にフォローを期待できるはずがない。回復してやっても礼を言わないどころか、そもそも回復されたことに気付きもしない。少し目を離した隙に瀕死状態になっていることもそう珍しくはないし、何とか回復させても目を醒ました瞬間また敵に突っ込んでいく。
馬鹿だ。
短剣で敵の攻撃を弾く。大振りの一撃をかわして攻撃をくり出そうとしたところで、背筋が粟立つ感覚にバックステップでその場から離れる。別の敵の攻撃がつい今までネルが立っていた場所を薙ぎ、彼女は手にした短剣をその敵に向かって突き出した。
手に伝わる、刃が肉を割る感触は吐き気を呼ぶ。
傷口を抉るように刃を引き抜き、もう数歩飛び退っておいて精神を集中。逆上して飛びかかってきた敵に、
「ファイアーボール!」
放った火の玉が命中して、肉の焼けるにおいが周囲に漂った。
再びバックステップでそこから距離をとり、血にまみれた短剣を構える。地を蹴る。
耳に届いた引きつった笑い声に少し脱力する。
――そんなこんなで戦闘終了。
「――あんたね! 戦ってる最中あの変な笑い声上げるの止めてくれないかい!?」
ネルはアルベルに迫ると指を突き付けて怒鳴った。今回もまた頭から返り血をかぶった長身の男は、いかにも面倒臭そうにそんな彼女に目を向ける。
「気になるんだよ!! できないことじゃないだろう? 少しは――」
血を払ったカタナを鞘に納めた男が、さらに一歩踏み込んだ彼女に向かって、
「……ちょ、あ、……!?」
身体ごと倒れ込んできたアルベルを支えきれなかったネルが、小さな悲鳴を上げた。
思い切り尻餅をつくハメになった。打ち付けた尻の痛みに顔をしかめたネルは、しかし「それ」に気付いた瞬間、あまりのことに一瞬脳味噌が真っ白になったことを自覚する。
なんでこの男に、こんな真っ昼間というよりもむしろ朝から、こんな硬い地面に押し倒されなければならないというのか。
「――……ん、な……っ」
じたばたともがいても、重くて全然動かない。男にしては細い、しかし十分に太い腕がネルの身体に回っている。熱い息が服ごしに胸元に触れていて、かああっと顔に血が上っていく。頭に血が上っていく。身体が動かない、声も出せない。
一気にパニックに陥る。
「ネル!? ちょっとアルベル、キミ何を――」
少し離れた場所でフェイトとクリフの怪我を診ていたマリアが駆け寄って来た。なんとか動く首を向けてぱくぱくと口を動かすネルに、落ち着けとでもいうように肩を叩いて。マリアがアルベルの襟首を掴む。
「……っ!」
その顔色が変わる。
「――クリフ! フレッシュセージ持ってきて!!」
「あ? ――お、おう」
「な、な……っ」
「ネル、落ち着いて。さっきの戦闘で頭部に攻撃受けたみたい、今のアルベルに意識はないわ。この血、返り血もあるけどアルベル自身のも混ざってる。
倒れる直前、たまたま近くにあったもの――あなたに反射的に抱き付いたみたいね」
ぴくりとネルの眉が動く。気付きながら、マリアが淡々と続ける。
「事故よ、不幸な事故。おかげでアルベルはこれ以上大きな怪我負わずにすんだけど。
……起きたら数発殴ればいいわ。でも今は駄目、ちょっと我慢して……怪我の場所が悪いから」
「……あ、ああ……」
何とかうなずいたネルに目だけで笑うマリア。クリフがフレッシュセージを持ってやって来た。ヒーリングを使えるフェイトも。
――何かいい匂いがする。やわらかい。
アルベルの意識がぼんやりと浮上した。
腕に捕らえたそれは、ひどくやわらかい上に適度な張りがあってしなやかだ。鼻孔に届く優しい香りに、覚醒しきっていない頭がくらくらする。どこまでも心地良い感触に、無意識に頬を摺り寄せた。ひくり、それがひとつ震える。それの正体はどうでも良かった。ただ、その感触を逃がしたくなくて腕に力を込める。
身体に直接伝わる温もりと、規則正しい鼓動。
――安心する。
「い・い・か・げ・ん・に・し・な……!!」
「……っ!?」
耳元に低く押し殺した声が届いたと同時、こめかみを抉られる痛みにアルベルは目を見開いた。何か黒いものが視界いっぱいに広がっていて、わけが分からなくて困惑する。
「怪我人相手だからって、人がおとなしくしてれば付け上がって……っ! 目ぇ醒めたなら離しな、この破廉恥男!!」
「……あぁ?」
ぐりぐりとこめかみを抉る痛みはますます強くなる。声の元に目を向ければ、赤毛に負けないくらい真っ赤になったシーハーツのクリムゾンブレイドの片割れが、思いがけない至近距離にいた。
「?」
怒りに燃える紫、彼が顔を埋める黒い布、その下のしなやかな肢体。
……アルベルは唐突に気が付いた。
なぜか自分はネルに抱き付いている。なぜかその胸に顔を埋めている。
「……っ!!??」
あわてて飛びのいた、つもりだったのに一気に視界が真っ暗になったと思ったら、結局大して動いていなかったらしい。目の下に張りのある肌、と、今度は赤い紋様。
これは。
「血の流しすぎね。貧血起こしただけよ、しばらく休んでなさい」
「しばらくってマリア、まさか……」
「さっきの抱き枕状態よりマシでしょう? いいじゃない、膝くらい貸してあげれば」
「……ひざまくら、か……男のロマンだよな」
「クリフお前……くっ、アルベル、あとで覚えてろ……っ、ネルさん抱きしめてた上に今度はひざまくら……!」
ぐらぐらする視界、だるくて動かない身体。好き放題言われて腹が立つのに、この状態から離れるのは、――ものすごく惜しい気がする。
――女とは、こんなにやわらかいものなのか。
あきらめたらしいネルが、ひとつ息を吐くと彼の肩を掴んだ。促されるままに寝返りを打って、うつ伏せから仰向けに姿勢を変える。ネルはというと一瞬彼の体重が消えた瞬間、こちらも器用に体勢を変えていた。先ほどよりも数段居心地の良い姿勢に落ち着いて、アルベルは大きく息を吐く。
――女とは、こんなにいい匂いのするものなのか。
「ほらほら、ひがんでる暇があったらまわり見回ってきて。クリフ、水汲みお願い」
手を打ち合わせたマリアがてきぱきと指示している。鬱陶しい気配が二つ、案外素直に遠くなる。
「ネル、はいこれ」
「何……濡れタオル?」
「血まみれの頭抱えてちゃ気持ち悪いでしょう。適当に使ってちょうだい」
「……ありがとう」
半分寝ながら聞いたそんな会話。うとうとしていると頬に冷たいものが触れる。――どうやらその濡れタオルでネルが彼の顔を拭っている。
「……阿呆」
「あんたをどうにかしないと、くっつかれてるあたしがまた汚れるんだよ」
優しく動くひんやりした感触も心地良い。アルベルは再び眠りに引き込まれる。
ずいぶんほだされたものだ、ときれいに血を拭い終わった顔をしげしげと見下ろしながらネルは思った。
整った顔からいつもの険は消えていて、子供のような無防備な寝顔。意外にまつげが長い。
すぐそばに先ほどのモンスターの死骸が転がっているくせに、そのむせ返るような血臭が届いているくせに、こうも無心に眠ることができる、その神経の図太さに感心する。
――だから、目が離せないのだ。
敵を見ると、他のことがすべて頭から消えるから。死に急ぐわけではなく、自分が生きていることまで忘れてしまうから。たったひとつのことしか考えられない、器用で不器用な男だから。
前髪にこびり付いた血をとろうと手を伸ばすと、多分無意識にそれを捕らえられる。
この男には、男も女も関係ない。敵も味方も意味がない。あるのはただ、対峙した相手が強いか弱いかだけだ。強ければ悦んで斬りかかる。弱ければ嘲笑って斬り捨てる。戦うために生きている。戦い以外は男にとって死と同義で、それに疑問も抱かない。
これ以上ないほどに、単純な世界。常に戦い続けるだけの、死に向かって全力で走るような人生。
――ネルには、哀しいものに映るのに。本人は気付かない。
ずいぶんほだされたものだ、とあらためて苦笑する。
ひとときの安らぎを与えられるなら、と膝を貸した。その前に抱き付かれた時も、釈然としないながらも無理に起こすのを止めた。抱きしめる腕にいきなり力が入ってそれに驚いた時も、驚いただけで振り払おうとは思わなかった。
――こんなにも馬鹿な男に。いつの間にかほだされていた。
穏やかな寝顔につられてあくびを漏らしたネルは、ゆっくりと目を伏せる。
――想いの先にある気持ちには、気付きたくなかった。
