前へ、まっすぐ前へ。
迷うことは許さない、振り返ることは許さない、立ち止まることは許さない。
あきらめることはなお、許してなんてやらない。
前へ、まっすぐ前へ。
今までそうしてきたように、これからも先を急いでいくがいい。
「……っ、」
息が、荒い。身体の間接がまるで粉々に砕けてしまったように、力が入らない。使い果たした体力の、その底をさらって。そうしてかき集めたほんの少しで、ただ黙々と脚を動かす。
疲労の回った脳みそが、それでも休みたがる身体を動かしている。
けれどそれもどうやら、
「……どうしたんだい、情けないね。音を上げるのかい?」
「だ、れが」
どうやら限界に達して、むしろとうに限界はきていたのに無理に動かす気力が尽きて。とうとう立ち止まろうとしたとき、膝を付いて地に倒れ付しかけたとき。
ぴんと張りつめた声が届いた。
甘えを許さない声が、突き刺さるように抉るように降ってきた。
言われた内容を頭が理解するよりも早く、口が勝手に動いていて。声に出したからにはそれをうそにするわけにもいかなくなって、身体が倒れるのをやめる。引きずるように、それでものろのろと歩き出す。
ただ、前へ。
紅がにらむ虚空には何もなかったけれど、何もない前をにらんでアルベルは歩いていく。
「……っ、」
ずきん、身体のどこかに鈍く鋭く痛みが走った。それがどこからか探ろうにも、全身どこもかしこも痛んで、息をすることさえやっとだった。そんな身体で使い果たした体力を、試すように無理に絞って。そうしていくつか滴ったほんのわずかで、ただ黙々と脚を動かす。
疲労の回った脳みそが、それでも休みたがる身体を動かしている。
けれどそれもどうやら、
「……偉そうなのは口先だけか。まあ、クソ虫にしてはブザマに足掻いたじゃねえか」
「はんっ、」
どうやら限界に達して、むしろとうに限界はきていたのに無理に動かす気力が尽きて。とうとう立ち止まろうとしたとき、膝を付いて地に倒れ付しかけたとき。
ぞくりと血のにおいのする声が届いた。
不吉な予感をあおる声が、斬り刻むように貫くように降ってきた。
言われた内容を頭が理解するよりも早く、口が勝手に動いていて。声に出したからにはそれをうそにするわけにもいかなくなって、身体が倒れるのをやめる。引きずるように、それでものろのろと歩き出す。
ただ、前へ。
紫がにらむ虚空には何もなかったけれど、何もない前をにらんでネルは歩いていく。
元をただせば、どうということもなかった。
他の仲間たちが町で数日ゆっくり休む間、修行と称して一人ふらりと外に出たアルベルを。一人でふらりとはぐれた彼を心配した責任感の強いネルが、追って来ただけで。修行と称しては相手を選ぶことなく、出遭った強そうな敵すべてに喧嘩を吹っかけるアルベルに、巻き込まれる形でネルもまたただ戦闘をくり返しただけで。
そしてまず真っ先に精神力が尽きた。いや、尽きるぎりぎりにまで追い込まれた。
次に大して持ち合わせていなかったアイテムが完璧に底をついて、そうなると必然的に体力だってがんがん削られていった。
その体力が半分を切ったとき、さすがのアルベルも町に戻ると言い出して。
けれど最初の半分は精神力イコール回復の呪文、および回復アイテムがあってのことだったから。対して帰りは呪文もアイテムもないから。
そして二人は、この状況では形こそ協力しないでもなかったけれど、とても「仲が良い」といえる状態でもないから。
――脚が重い、身体が重い。今すぐにでも野垂れ死んだなら、それはどんなに楽だろう。
低下した思考力で二人はただそんなことを思っていて、それでも相手よりも先に倒れてたまるものか、ただそれだけで歩き続けていた。
引きずるような足はちょっとした段差にいちいちつまずきそうになって、けれどそれで転んでいたら起き上がる気力はきっとないだろうと分かったので、おちおち脚を取られているわけにもいかない。
相手よりも後ろを歩くのが癪で、けれど先に立つほどの余裕もなくて。
別に合わせているわけでもなくて、だからただ並んで歩いていた。
相手が倒れたなら軽口のひとつも叩いて自分もその場にへたり込んでやろうと思うのに、相手が倒れないから倒れるわけにいかなかった。
体力も気力も精神力も、すべてが限界で。
ただ、意地だけが身体を支えていることは、自分でも分かっていて。
――まったく、何で俺はこんなことやってるんだ。
アルベルの脳裏がぶつくさつぶやいている。
いつもなら、一人なら。そもそもこんな状態に陥る前に、こまめに休むのに。休んでなんとか体力を保ってきっとぎりぎり体力を計算して、宿に着いてベッドに倒れこむまで、きっとどうにか騙しだましやれるのに。
――まったく、あたしは一体何やってるんだい。
ネルの脳裏がぼそぼそぼやいている。
そもそもこんなところにくっついてこなかったなら。やることはたくさんある、今ごろ町で書類にでも目を通していたのかもしれない。たまには部下をねぎらって、何かおいしいものでも食べていたかもしれない。
相手がいるから、こんな状況に陥っている。
相手がいるから、こんな状況でもぎりぎりなんとか歩いていられる。
――それはきっとものすごく馬鹿らしいことで、分かっているのに他にどうしようもなくて。
そして。
「……と、」
「あ……、」
ふらり、そして同じ地面の悪いところにつまずいたのか、二人揃ってバランスをくずした。
体力が何しろゼロに近いせいで、立て直す間もなく身体が揺れる。ゆっくりとかしぐ。
地面に倒れ込む前に、けれど「何か」がつっかえ棒になってそれ以上は倒れることはなかった。
お互いの身体がつっかえ棒になって、なんとか倒れ込むことだけは逃れられた。
「「…………」」
――けれどお互い礼が言えない。
――悪態はそもそも、この状況では口に出せない。
――どうしたものかと頭が思って、身体はそれを知らずに勝手に歩いていて。
――こうして支え合っていればなんだか予想外に、歩くことがずいぶん楽、な気がしてきて。
前へ、まっすぐ前へ。
迷うことは許さない、振り返ることは許さない、立ち止まることは許さない。
あきらめることはなお、許してなんてやらない。
前へ、まっすぐ前へ。
今までそうしてきたように、これからも先を急いでいくがいい。
許さない、立ち止まったら自分を許さない。許さない、脚を止めたなら相手を許さない。
一人でも、二人でも。
道連れは関係ない、ただ前へ。
ひたすらに、馬鹿みたいに。
前へ、前へ、前へ。
何かを言ったならすぐにでも離れるのに、お互い黙っているから「そのまま」が続く。疲労のせいで口さえ聴けなくて、けれど触れた肌から何かあたたかいものが流れ込んでくるような気がする。
気のせいに違いないのに、それは決して「嫌なもの」と思えなくて。
脚は、やはりどこまでも止まるそぶりを見せなくなって。
何があるか分からないけれど。
ただ前へ、
前へ前へ前へ前へ。
……そのまままっすぐ進んでいけ。
それにどんな意味があるのか、自分の心が分からずに。二人はただ、じりじりと町まで歩いていく。
