見返りを求めない、なんて嘘だ。
――ただ、それが。

―― Fahle Lippen

「……まったく、あたしも焼きが回ったね。あんたなんかに怪我の手当てしてもらわなきゃならないなんて」
「それはこっちの台詞だ阿呆。何が哀しくてこの俺がこんなちまちましたことしなきゃなんないんだよ」
「だったらやらなきゃいいだろう。……別にまったく動けないわけじゃないんだ。痛いけどさ」
「てめえがそうやってぐちぐち言うからだろうがっ!」
口喧嘩というよりはじゃれあいながら、アルベルはネルの怪我の手当てをしていた。彼女は上半身すべてのものを脱いで、大して広くもない背中をアルベルに向けている。
その背に、大きく傷が走っていて。アルベルの目から見てさえ、それはとても痛々しく映って。
「何で自分以外を庇ってまでこんな怪我するんだ」
「それ言うならあんただってさ、あたしを助けようとして無茶しなくてすんだじゃないか」
そんな二人の周囲に仲間の姿はない。二人とも全身それなりに濡れていて、ネルにいたっては先ほどからがちがちと歯を鳴らしていた。

◇◆◇◆◇◆

現在地、アーリグリフにほど近いトラオム山岳地帯の一角。周囲には雪と氷の白と、岩肌の黒しかない。

◇◆◇◆◇◆

「しつこいけどさ。あんたは怪我、してないんだね?」
「しつこい。……まったくの無傷じゃねえよ、けど、すり傷だ。大したことねえ」
きっと怪我の痛みを紛らわせるためだろう。先ほどからネルはよくしゃべる。
逆にアルベルはほとんど無口で、ネルが話を振ってきたときだけ返事を返していたけれど、あとはただひたすら黙々と手を動かしていた。

なんということもない、戦闘中に仲間を庇ったネルが背面に敵の攻撃を受けた。崖近くの立ち位置が悪くて、攻撃の衝撃でそこから転がり落ちかけたのを。アルベルがあわててつかみとめようとして、まあ結果的に二人して落っこちて。
雪山で助かった、というべきだろう。万年雪が固まったところに二人して落っこちて。
何しろ万年雪でクッションとしては質が悪かったものの、それでもなんとか落下による怪我は負わずにすんだ。

そして、ひととおり周囲に敵モンスターがいないことを確認して、適当な岩陰でこうしてネルの背中の手当てをしている。

◇◆◇◆◇◆

「誰かを助ける前に、まずてめえの世話を焼きやがれ」
「あんたに言いたいね? あたしだって、好きで怪我してるわけじゃなし……」
――というか。あんた見てると、生き急いでるみたいで時々怖いよ。
ぽつりと上がった声にアルベルの手がぎくりと止まる。すぐに気を取り直して白に浮かぶ赤をなんとか誤魔化そうと、そんな程度の手当てをして。
ふっと息を吐く気配――笑ったのか。
思いながらも手は動いて、赤がゆっくり隠れていく。包帯とガーゼの下に、隠されていく。

――本当は、
――本当の本当は、落下衝撃でアルベルもちょっとした大怪我を負っていた
――脇腹の、たぶん肋骨に三本ほど、
――少しおかしい、たぶん最悪ひびあたりが入っている。

それでも、そんな自分よりも。
負った怪我にへこたれずに、むしろアルベルの心配さえしてきたこの女を。苦手な嘘をつかせてまで、心配をかけさせたくない気持ちにさせるこの女を。治癒の呪文さえ唱えられないほど、寒さに震えている彼女を。ネルを。

大切に守りたい、世話を焼きたい。

――そんな風に、思ってしまって。

◇◆◇◆◇◆

「……ありがとね?」
「阿呆」
顔だけ振り返って、いかにもすまなそうに謝るネルに首を振る。なんでもない、気にするな。そんな風に首を振る。
目を細くする。

見返りを求めない、なんて嘘だ。
――ただ、それが。それで得るのが自己満足だから。一見分からないモノを欲しがっているだけだから、
喜んだ顔が、笑顔が見たい。
――ただそれだけだから。

――ああ、でも。
そうだな、振り返ったときのあの唇。すっかり冷えた証拠に紫に染まるそれを。ネルのためではなく自分への報酬として、奪ってやろうか。
そんなことを思いながら。

◇◆◇◆◇◆

「……おら、終了だ」
「ありがとう。……あんたって包帯巻くの上手だね」
「フン」

――むしろ、こんな寒さに震えているネルを。抱きしめたなら、アルベルだってあたたかいだろうか。
そんなことを思いながら、やれやれと息を吐く、今は包帯に包まれた大して大きくもない背中をじっと見つめて。

アルベルは手をのばす。
無理な姿勢に息が詰まったけれど、それでも諦めるつもりは、ない。

―― End ――
2006/03/28UP
アルベル×ネル
OFP
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Fahle Lippen
[最終修正 - 2024/06/21-11:18]