悔しいさ、悔しいに決まっているじゃないか。
だけど……だけど。
「……おいてめえ、何やってやがる」
唸るような呆れたような、むくれたようなすねたような。そんな声がまっすぐ自分に向けられて、七割ほど寝ていたためその内容はよく分からなかったけれど。
とりあえず、ネルはゆっくりと目を開けた。
最初はぼんやりと、そのうちクリアになっていく視界に予想通りの人影を認めて。
笑うように、あるいは陽の光がまぶしいように。
すっと目を細くする。
「何やってんだてめえ」
「何って……昼寝?」
「俺に訊くな」
別にそんなつもりはなかったけれど、どうやら怒らせてしまったらしい彼にひょいと肩をすくめてみせた。ぴくりと片眉を跳ね上げたいつもどおりの不機嫌顔に、ふっと口の端をゆるめる。
「シーハーツにいるなら、やることなんて山ほどあるんだけどさ。こっちにいる間はそうもいかないだろ? だいたい、あたしがあちこちうろついたりしちゃ、なんだかあたしを見張ってるやつらも大変だろうしね」
「……あ?」
「おや、あんたは聞いてなかったのかい。
まあいいさ。あたしはね、国の方針でアーリグリフと仲良くしようって決まったなら下手に動いて火種になりたくはないのさ。だったら適当なところでのんびり休んでなきゃダメだろう?」
「だからって、なんでここに」
「……さあ?」
――この前あんたがここでくつろいでるの見たから、かな。
自分で把握しているその理由は口に出さずに、ただ笑ってみせた。むっと不機嫌になった顔がいつもどおりで予想通りで、くすくすくすとさらに笑う。
アーリグリフ領内、鉱山の町カルサア。北東にかまえるウォルター邸の端。ちょっとした高台には大樹が大きく葉を広げて、ちょうどいい感じに木陰を作っている。
その大樹に身をもたれて。
たった今までうとうとしていたネルが、くすくすとかすかに笑う。
先日――それこそ前回この町に来た時に見つけた、とっておきの場所。あの時ここで昼寝をしていたのは、今彼女を見下ろしているこの男だった。さわやかに吹く風に髪をゆらして、どこまでも平和にうつらうつらしていた。
いつからか、アルベルに心地良い場所は、アルベルが居つく場所は。本当に、いつからだろう。そこはネルにとっても居心地のいい場所で。
別に、アルベルの居場所を取ろうなんて考えてはいない。それでも、隙を見つけてこっそりまぎれたくなるくらい、居心地のいい場所で。
だからネルは笑う。
笑いながら、思う。
――悔しいさ、悔しいに決まっているじゃないか。
――だけど……だけど。
――どんなに悔しくても、事実は曲げられない。
――あんたが居心地が良いと思う空間は。
――あたしにとっても、居心地がいいんだ。
――あんたのそばは、あたしにとって居心地がいいんだよ。
――ねえ、アルベル。
――知って、いるかい……?
「さーてと、主が来たところで仕方がない、場所変わってやろうかね。
……手、貸しな」
「あァ!?」
不機嫌さ全開に唸る彼に、さらに笑がこみ上げた。くすくす笑う彼女に、それでもすっと差し出された手に。
驚いて目を瞠れば、いかにも不快そうな彼の額の縦じわが深くなる。
「ああ、明日は雨だね」
「言ってろ、この阿呆」
「ねえ、場所変わってやるけどさ、しばらくここにいてもいいかな」
「好きにしやがれ」
軽く重ねただけの手は、次の瞬間ぐっと握り締められた。今日は驚いてばかりだ、そんなことをぼんやり思えば、強引に腕を引かれる。
――ここは居心地がいい、この場所は居心地がいい。
――彼のそばは彼女にとって、とても居心地がいい。
――あんたのそばにいると、何だかほっとする。
ふと、視線が絡み合って、
「――ねえ、」
微笑んだ彼女の唇が、言葉を紡いだ。何だと問いかける紅に。
紫が、
