まっすぐ、どこまでもまっすぐてらいなく。
にらむように挑むように向けられる目は、ああ、なんて心地良いものだろう。

―― Naivitat

「じゃあ、またあとで」
そんな言葉を聞くとはなしに、彼は即座に適当な路地に足を向けた。街に入れば自由解散、集合時間場所その他は事前に決めてあるし、それを忘れても泊まる宿はひとつだから特に問題はない。
言われるまでもなくそれを知っていて、知っている、つまりはすっかり馴れ合っている自分を思い知って。思い知ればその場にいるのが不愉快で、彼は、アルベルは――あるいは逃げるようにその場を離れようとした。
その足が、止まるまでいかないけれど確実に鈍ったのは。
たった今視界から追い払ったはずの一行、の中の一人。鮮やかな赤毛と、それより鮮やかな強い目を向けている、黒衣の女を認めたから。

◇◆◇◆◇◆

「待ちな」
「……フン」
聞く義理のない命令を鼻で笑って、即座に方向転換する。
気分が悪い、――メンバーと馴れ合う気はないのだ。
それはお互いさまというやつだろう、今回の一件にカタがついたなら。たとえ戦争はなくなったままにしろ冗談みたいな休戦状態が続くにしろ、いつまた刃を向け合う仲になるのか分からない、いや、そうであるべきなのに。
カツッ、硬い音と放たれた殺気。見れば彼には確実に当たらない紙一重の距離に、クナイ。
「……待ちな、」
同じことをくり返すしか脳がないのか、硬い声、に。
「――アルベル、……あたしはあんたに話がある」
その声に彼の名前を呼ばせたのは、

「……」
何の用だ、と去りかけた身体の向きはそのままただ目を向けた。
ぐるりと見ればこの路地はそこそこの広さがある――たとえば彼の刀をぎりぎり振り回すことができるくらいには。たとえば、……この生真面目のカタマリがそんなことをするとは思わないけれど、たとえ襲いかかってきたところで十分反応は可能なくらいには。
――むしろ、襲いかかってくればいいのに。
――そうすれば、きっとのこもやもやも晴れる。
思うけれど女はそれ以上動かずに、やがて飽きた彼が視線を外したところで、
「どうにかしてくれ、って言われたんだよ」
ぽつり、つぶやきにも似た声。再び目を向けたならじとりと険悪な目つき。意味が分からなくて眉を寄せたなら、にらんでいると思ったのか目つきがさらにきつくなる。
「言われたんだ」
「誰に」
「っ、……いや、言えないね。口止めされたし、されてなくてもなんだか告げ口みたいじゃないか」
引っかけたつもりはなかったけれど、隠密のくせに勝手に引っかかりかけて。うっかりぺろっと吐きかけたのが半瞬、読唇術でも身につけていたならたぶんそれが誰か分かった。――まあ実際はそんな便利な技能を彼は持っていないので、結局は分からなかったけれど。
――もう一息だったのに、そう思えばそのぎりぎり加減がなんだか悔しい。
――何を言いたいのかよく分からない、女の言い方がなんだか腹立たしい。
ひとつ舌打ちをすれば、いよいよじとっと向けられた視線の温度が冷えて。
「……どうにかしろって伝えるように、頼まれたんだ」
「だから、誰に」
「言えないって言っただろう。脳みそないのかい、あんた」
「どうにかって、何が」
「分からないのかい? それとも、分かっててしらばっくれてるのか。
教えてなんかやらないよ、自分で、自力で考えるんだね」

◇◆◇◆◇◆

きっと確実にかけひきなどではなく、女はつんとそっぽを向いた。とげのある態度にアルベルは口元をむっとへの字に曲げて、今度こそぎろりとにらみ付ける。
女はそんなことでは動じない、あるいは女のこんな態度にアルベルがすっかり慣れたように、女もアルベルに慣れたからかもしれない。それはきっと馴れ合うのとイコールで、今度はそちらに腹が立った。
すべて、――すべてに腹が立つ。些細なことに苛立つ、そんな自分がさらに情けない。
いらいらしてむかむかして、そんな彼に本当に気付いているのか、本当の原因を知っているのか。女もそれこそいらいらと、きっと特に意味もなく前髪をさらりとはらって、
「言ったからね。……次は、手が出るから覚悟しな」
「どんな予告だ」
「忠告さ。――本当はあんたになんて近付きたくもないのにね? 仕方ないじゃないか、頼まれたんだから」
敵意をたたえた、引きつったような笑みが。けれどそれが向けられているのは、女にその笑みを浮かべさせているのは。
自分、で。

◇◆◇◆◇◆

心が揺れる、ざわめく。馴れ合いたくはない、誰とも馴れ合いたくなどないのに。シーハーツもアーリグリフも関係なくて、それは本当に――誰とも歩み寄りたくないのに。世界のすべてに背を向けて、殻に閉じこもった自分は許せないけれど、たとえばそれくらい孤独でありたいのに。
――孤独であるべきなのに。

それなのにこの女は、まっすぐ彼をにらみつけている。きっと純粋に敵意だけで、彼を、けれど真正面から今も彼をにらんでいる。
噂を信じて彼の姿に名前にさえ怯え惑うクソ虫どもとも、ただ陰口を叩くしかない阿呆な連中どもとも、あるいは腫れものに触るように無意味な気遣いをするやつらとも。ああ、この女は違う、この女はきっとそのどれとも違って。
まっすぐ、どこまでもまっすぐてらいなく。
にらむように挑むように向けられる目は、ああ、なんて心地良いものだろう。

孤独を選んだのに、誰とも馴れ合うつもりはないのに。
それなのにこの女はこの視線は、彼を取り巻くどろどろをまるで感じさせたりしない、それはきっととても心地良い。

◇◆◇◆◇◆

「もう一回言ってみろ、誰が、俺に、何を改めろって?」
「つくづく頭悪いんだね、むしろそれだけひねくれてるってのかい!? 誰があんたの命令なんか聞くもんか、もう二度と言ってなんかやらないね!!」
「ガキかてめえ、さっきのあれだけで何が分かるってんだよ!?」
「分かるね、ああ、あたしには分かったからね! だから分からないってんならあんたの考えが足りないってことだろ、普段ロクに頭働かせたりしないからさ!! せっかくついてるんだ、その頭、飾りじゃないならちゃんと働かせな!」
「あァ!?」

誰とも馴れ合うつもりなどない、孤独を選んだ彼の口元に。けれど今浮かんでいるのは、揶揄ではない純粋な笑みだった。
街について、パーティは解散して適当な路地で。
険悪なじゃれあいは、たぶんもうしばらく続く。

―― End ――
2006/06/24UP
アルベル×ネル
OFP
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Naivitat
[最終修正 - 2024/06/21-11:19]