「ソフィア」
「フェイト? 何……??」
アーリグリフ城の展望台。雪の降る古城からの景色に見惚れていると、白い息を吐きながら近付いてきたフェイトに声をかけられた。いつ見てもむき出しの二の腕が寒く見えるのに、幼なじみは慣れているのか気にもしないで、むしろソフィアの肩に薄く積もっていた雪を払ってさえくれる。
「あのさ、今から街に戻りがてら僕もみんな捜すけど、今日はここで一泊しようと思うんだ。ソフィアも誰かに行き会ったらそう伝えてくれる?」
「うん、分かった。みんな疲れてるもんね」
うなずくと彼は少しだけ困ったような笑顔を浮かべてから、
「……そうだね。じゃあ、適当に宿屋に戻って来いよ。あと、あまりここにいて身体を冷やさないこと」
「もう、子供扱いしないでよ!」
言いながら頭を軽く叩かれて、乱れてしまった髪を直しながら頬を膨らませると、そういうところが子供っぽいんだよ、といたずらっぽく笑われた。
分かっていてわざとすねてみせたソフィアを、フェイトは分かっている。ソフィアがそんなフェイトを分かっているように。兄弟みたいにずっと一緒に育ってきた仲だから。言わなくても通じることがたくさんある。
「フェイトこそ、雪に脚滑らせたりしないでよ!」
遠ざかる背中に大声を出すと、振り返った顔が優しく笑っていた。

―― Ungeschickt Zartsinn

「……くしゅっ」
それからしばらく展望台にいたのが、やがて寒くなってきて。足元から染み込む冷たさに身をすくめながら、ソフィアは城内に戻った。
フェイトはああ言っていたが、伝言役をソフィアに頼んだわけではなくて。きっと今ごろ街中走り回って仲間を探しているのだろうな、と思う。元からさりげなく優しいフェイトは、しばらく会わないうちに一気に大人っぽい落ち着きを身に付けて、さらに優しくなっていた。それが少し誇らしくて、なんだか少し淋しくて。
――それにしても寒いな、と肩を抱いて暖炉を捜すうち、少しだけ戸の開いた部屋を見付ける。何の気なしにのぞいてみれば、ぼんやりと部屋にたたずむ見覚えのある長身。
「――アルベルさん?」
小さく名前を呼べば、綺麗な緋色の瞳が鋭くソフィアを射抜いた。思わず一瞬硬直するが、すぐに「不愛想で態度悪いけど、悪いやつじゃないから」と言うフェイトの言葉を思い出す。見た目は怖くても中身は怖くないことも、そういえば一緒に思い出した。
「……何の用だ」
「あの、フェイトから聞いてるかもしれませんけど、今日はこの街に一泊するそうです」
低く促されて戸口からそう言えば、不機嫌そうな顔がさらにしかめられて、余計なことを、とかなんとか毒づいている。その綺麗な顔が何だか血色が悪いような気がして、そう思ったら身体が先に動いていた。

◇◆◇◆◇◆

ひょいと室内に入り込んでそのまま距離を詰めて、ほとんど無意識にその額に手が伸びる。が、さすがに相手は剣士だけあって、ほんの一瞬ソフィアの手が触れるか触れないかのところで伸びた手首を掴まれた。
「何しやがる、クソ虫が」
「……ソフィア、です。アルベルさん、なんだか顔色が悪いですよ。風邪でも引きましたか?」
掴まれた直後に痛みで顔をしかめたせいか、すぐにアルベルの手からは力が抜けて。それでもそのまま手首を捕らえられて、しかしソフィアは平然と言い返す。
負けず嫌いのフェイトも、風邪の引きはじめは似たような反応をするから。――彼の場合は、すぐに手を離すけれど。
「熱っぽくはないみたいですけど。早目に宿に行って休みますか? わたしで良かったらヒーリングかけますけど」
「……いらん」
低くうめくと同時、手首を捕らえていた手が離れた。取り戻した手をなんとなく逆の手で抱いて、ちょっと首をかしげたソフィアが室内を見回す。
アルベルの部屋では、ないはずだ。城内に彼の部屋はないと誰かから聞いた。第一、この部屋には生活感がどこか希薄だった。もしも彼が――たとえ今はパーティにいて、つまりはこの城を開けているとしても。それでも彼が使っているなら、もっとこう、雰囲気が違っていると思う。
この部屋は、長いこと主のいないまま、手入れだけが行き届いている。そんな感じがする。

◇◆◇◆◇◆

「ここ――」
「俺の親父の、部屋、だった」
「?」
彼の生い立ちは詳しくは知らない。だが、主のいないままのこの部屋、過去形で言われた言葉、なんとなく感じ取ってソフィアはどんな顔をすればいいのか分からなくなる。
苦しそうな、何かをこらえるようなアルベルの顔に、何を言えばいいのか分からない。
「……ご、ごめんなさいっ」
「――なんでいきなり謝るんだ、阿呆」
呆れた声、さりげなくそらされた顔。背を向けられて、ソフィアの頭の中はもうパニックで、いよいよ言葉がなくなった。
「す、すいませっ……あ、のあのあのっ、……」
おろおろと周囲を見渡して、及び腰で部屋から逃げようとする。その手首を再びアルベルが掴んだ。じわりと伝わる熱にひくっとソフィアの喉が音を立てて、そしてなぜか目に涙が浮かぶ。
「……だからなんなんだお前は」
ため息。アルベルのせいではない涙を見られるわけにもいかなくて、ソフィアは振り返ることができない。ただなんとかつばを飲み下して、どうにか心を落ち着けて、
「すいません、邪魔するつもりはなかったんです……!」
きっと何か物思いにふけっていたのに、それを邪魔してあまつ彼の大切な人の部屋に土足で踏み入った。せめて早く部屋から出ていこうと思うのに、説明しても手首は捕らえられたままで。
――居たたまれなくていっそ消えてしまいたい。

◇◆◇◆◇◆

「……阿呆」
ややあってつぶやかれた言葉は、やはり呆れ返ったものだった。手が離れた瞬間身を翻そうとしたら、今度は肩を掴まれて嫌でも振り向かされる。その拍子に零れ落ちた涙にさすがにアルベルはぎょっとしたようだったが、これにはソフィアがあわてて頬をぬぐった。
「阿呆が。いらん気を回すな、俺はンなもん必要ねえ」
「だ……っ」
「そういう繊細な気づかいはフェイトにしろ。俺じゃ反応に困るだけだ、いいな」
そこでようやく肩の手を外して、今度は怪訝そうな顔をする。
「――お前、なんだか冷えてねえか?」
話が一気に変わってあわただしく瞬きをしながら、ソフィアはきゅっと自分の身体を抱いた。答えないと逃がしてくれそうもない男に、しかし答えたらきっと馬鹿にされるのだろうと半ば予想しながら、
「……さ、っきまで、展望台にいたんです」
「テン……ああ、物見の搭か」
納得したようにつぶやいて、しかし眉を寄せるのに、
「雪が、綺麗で……見惚れていたら、ずいぶん時間が経っていて」
「ンなもん見て面白いか? 大体、部屋の中からでも見えるだろうが」
「なんだか、身が引き締まる感じがしたんです……っくしゅ」
ソフィアのくしゃみに呆れたか、長身がゆらりと移動した。タイミングが掴めずにまごついていると、気が付けばアルベルは部屋の暖炉に薪をくべている
「……っ、あの……?」
「それで宿まで歩いたら一発で風邪引くぞ。お前がな。しばらく暖まっていけ」
「で、でも」
もごもごと言おうとしたら、鼻先に薪が突き付けられて、
「俺に同じことを何度も言わせる気か」
「……はい」
うなずけば、緋色がかすかに細くなって、笑ったのだと気付いた。

◇◆◇◆◇◆

結局火に当たりながらうとうとと寝てしまい、目が覚めたときには部屋には誰もいなかったけれど。ベッドに運んでくれて毛布までかけてくれたのは、一見無愛想で怖いあの男だろうと、――ソフィアは確信している。

―― End ――
2004/02/01執筆 2004/05/29UP
アルベル×ソフィア
OFP
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Ungeschickt Zartsinn
[最終修正 - 2024/06/21-11:31]