なぜ女は髪をいじるのがこうも好きなのか。

―― Haarschnitt

アルベルは寝起きが悪い。
誰かしらが叩き起こしても、目が開いてから動き出すまでにかなりの時間を食うし、動き出したからといって完全に目を醒ましたかというとそうでもない。話しかけても聞いていないし、殴っても蹴っても反応までに少し間がある。殺気を放てば得物を振り回すが、どうやら反射的なものらしく手加減が利かないので危険だ。かといって放っておくとまた寝入る。
まったく手に負えないのだが、しかし。普段纏っている周囲を威嚇する雰囲気が和らいでいるので、ソフィアはその時だけはアルベルに近付いても怖くなかった。

その日。いつもは皆が朝食の席に付いてからようやく姿を現わすアルベルが、珍しく早目に起き出してきた。――調子悪そうに鳩尾あたりに手を当てているので、今日の「当番」ネルに何か一撃食らったからかもしれない。
ともあれ。
まだ何も並んでいないテーブルを不思議そうに眺めると、しばらくぼーっとたたずんでからそこらのソファに身体を投げ出した。首のあたりでひとくくりにされているだけの髪が、動きにつられてばさりと身体にかかる。
「……」
うっとうしそうに毛先をつまむが、それを眺める緋色の瞳はとろんと眠そうだった。そしてそのままがっくんがっくん舟を漕ぎはじめる。

◇◆◇◆◇◆

「アルベルさん、おはようございますっ」
「……あー……」
マリアと何やら話をしていたソフィアが、そんなアルベルに話しかけた。もう半分ほど眠った調子でアルベルがうめき、いまだにつまみ続けていた彼の手から、ソフィアが髪をすくい取る。
「髪、いじらせてもらっていいですか?」
「んあ……?」
絶対に聞いていない様子でアルベルが首をかしげて、ふなりと首を縦に振った。ポーチから小さなブラシを取り出したソフィアが、嬉々とした表情で彼の髪をひとまとめにしている紐に手を伸ばす。六割方眠った状態のアルベルは何も反応しない。
ソフィアとの話はもういいのか手持ちぶさたに銃をいじるマリアと、そのマリアを脇に置いて彼には珍しい紙の新聞をばさばささせているクリフが、面白いものを見る目でそんな二人を眺めている。
ちなみにネルは朝食の準備を手伝っていて、フェイトは食後すぐに出発できるように荷物をまとめているはずだ。

止めるもののなくなった髪に軽くブラシを通したソフィアが、くすくすと笑う。
「アルベルさんの髪って、触り心地いいですね」
「……」
何とか起きていようともがいているものの、七割ほど寝ているアルベルは返事をしない。目も向けない。
しかしソフィアはめげない。
「長いのに、毛先まで柔らかくて」
慣れた手つきでブラシを通してから、ちょっと考えるといきなり立ち上がる。ぱたぱたと姿を消したと思ったら、個人の荷物を入れた猫型の小さなリュックを持って帰ってきた。
ごそごそと取り出したのは、彼女の小さなてのひらには少し大きな、円筒形の何か。
「えへへ~」
しゅー、という小さな音。霧のようなものが顔にかかったアルベルは、ソファの背もたれに頭を預けたまま八割の眠りの中から少しだけ帰ってくる。
「ミストです。別に人体に害のあるモノじゃないですよー、単なる水です」
「……ふん」
説明に目を細めると、そのまま眠りに落ちそうになったらしい。一瞬がくりと首を落としてから、かっと目を開いてぶんぶんと首を振って、しかし再び七割の眠りに落ちる。
「手触りはいいですけど、ちょっとお手入れがいい加減なんですね。水分少ないから静電気発生しちゃって大変でしょう?」
「……」
丁寧にブラシを通し直して、いつもの彼の真似をして二つに分ける。何を思い付いたか、ソフィアは顔をゆるめたまま、片方をまず適当にくくった。残った髪をまとめて手に乗せると、もう一度ミストを吹きかけてブラシを通し、かなりの繊細さで手が動きはじめる。
八割方眠ったアルベルは何も反応しない。
「アルベルさん、せっかく髪伸ばしてるんですからもうちょっといじりましょうよ。いつだってあの……布? でぐるぐる巻きにしたままで、そりゃ陽に当たらないからその分いたみにくいかもしれませんけど、もったいないじゃないですか」
クリフとマリアが何やらぼそぼそと言い交わしているのを、ソフィアは気にしない。
「まとめてないと邪魔だっていうなら、編めばいいんですよ」
「……」
くかー、などという寝息が漏れて、どうやらアルベルは九割方眠りに落ちたらしい。
相手の反応がないことも気にしないで、のんびりした口調とは裏腹に、ソフィアの手はすばやく動く。あっという間に毛先近くまで編み終わると、荷物からアルベルの瞳にでも合わせたらしいダークレッドのリボンを取り出して、それで器用に止めてみた。
ちょっとうしろに引いて距離をあけて、「作品」の出来栄えを確認する。うん、とうなずいたところを見るとどうやら合格ラインを超えたらしい。
「毛先、枝毛が多いなあ……アルベルさーん?」
ソフィアの声程度では、とうとう完全に寝入ったアルベルは起きない。それで起きるようなら誰も毎朝苦労していない。
「まあ、さすがに勝手に切るのもなあ……次の機会にまわそっ」
つぶやくと、ソファの反対側に回った。同じような手つきでおっとりと話しかけ続けながら無視され続けながら、同じようにすばやく繊細に複雑に編んでいく。

◇◆◇◆◇◆

しばらくして。
「朝食ができたよ。運ぶの手伝いな」
言いながらネルが顔をのぞかせた。分かりましたー、と広げていた荷物をしまい込んだソフィアが立ち上がり、その向こうに見えた男の姿に彼女は不機嫌そうに目を細めた。
「……いい加減にしな!!」
「ぐはっ!?」
足音もなく近寄ると、殺気と共に無防備な鳩尾に膝が入る。起床時と合わせてほぼ立て続けに急所への容赦ない攻撃を喰らって、さすがのアルベルもかなり死にかけている。
「あたしがせっかく起こしてやったのにまた寝ようだなんていい度胸じゃないか。
……あ、その髪どうしたんだい?」
「――、……っ、てめ……、って、髪……??」
うめくものの、寝起きで(いろいろな意味で)鈍くなっているアルベルは首をかしげた。ひょいと無造作に手を伸ばしたネルが、気になる「それ」を引っ張る。
「引っ張るなクソ虫が……っ! って、何だこりゃあ!?」
まったく事態を把握していなかったアルベルが、ここにきてようやく「それ」に気付いて声を上げた。
アルベルの長い髪が、それ自体がまるで飾り紐のようにきっちりと編まれている。ためしにそれを止めているリボンをほどいたところで、普通の三つ編みのように簡単にはほぐせないだろうことが、そういうことにはまったく疎いアルベルの目にも分かる。
なんだか――いつにも増して触手のように見える。
「……」
「……」
それをやったソフィアも、それを見ていたクリフとマリアも食堂に移動してしまっていた。
とりあえずアルベルは間近にあった顔を呆然と眺めた。それしかできなかった。

◇◆◇◆◇◆

結局。
犯人はすぐに分かったもののいたずらではない純粋な好意であることも分かって、怒るに怒れなくて困り果てたアルベルと。まさか彼が困惑しているとはまったく思わずに、不機嫌なのはいつものことだからと彼に近寄らないソフィアと。というか、むしろ誉めてくれないのかとうずうずしているソフィアと。それを見た瞬間思わず吹き出して、からかい台詞を口に出すより先にソフィアがにらんでいることに気付いて、それ以降は一切「それ」に触れなくなったフェイトと。とりあえず無関係なふりを貫く残りの三人と。

――アルベルの髪が製作者ソフィアの手によって何とかほどかれたのは、それから実に丸三日経過したあとだったことを付け加えておく。

―― End ――
2004/04/22執筆 2005/02/16UP
アルベル×ソフィア
OFP
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Haarschnitt
[最終修正 - 2024/06/21-11:31]