キスをしよう、と思った。
キスをしたい、と思った。
キスをしよう、と思う。
いつもいつもいつも。いつだって。
わざわざそういうときを狙っているのかと思うくらい、不意打ちで「うばわれている」ことにふと気付いたので。気付いてしまったので。そういうのじゃなくて、もっとこう、
……ロマンチックな、ドラマチックなキスを。
したいと思う。
「一度でいいから」なんて言わない。絶対に言わない。
口に出して主張するのは恥ずかしいけれど、大好きな人とのキスは、何度でも何回でもしたい。それもいつものあのずるい不意打ちじゃなくて、やっぱり、どうせするならもっとこう、ちゃんとした……
「……なにもだえてやがる」
「うきゃあああぁっ!?」
――びっくりした。
――ものすごくびっくりした。
びっくりしたままに悲鳴を上げたソフィアに、声をかけたアルベルもどうやら驚いたらしい。驚きのあまり涙で潤んだソフィアの視界の先に、きれいな緋色の目を驚きでぱちぱちさせている彼の珍しい顔がある。
……ちょっとかわいいかもしれない。
――などと思ったことはとりあえず表に出さないで。
ソフィアは、そんなアルベルを涙目で見上げる。
「あ、アルベルさん……びっくりしました」
「言われんでも、それくらい分かる……思わずつられたじゃねえか阿呆」
「アルベルさんのせいじゃないですかっ!」
「あァっ!?」
ぷくーと、自分でも子供っぽくソフィアが頬をふくらませれば。鋭く整ったきれいな顔が、頬をふくらませたソフィアに負けないくらい、子供っぽいあからさまにすねた顔になる。
――この顔、最初はすごく「怖い」と思ったんだよなあ、
――最近では「子供っぽくすねた顔」と思えるようになった……って、
……これは「成長」なのかな?
そんなずれたことを考えるソフィアの顎を、大きな手がすくい取る。
……あ。
「ダメですっ!」
「っ、……ちっ」
同じようにささいなことで口げんかになって、というか痴話げんか? になって。同じようにふくれたソフィアの顎を同じようにアルベルがすくい取って。
きょとんとしたソフィアが「なんですか?」と訊ねたら、いきなりキスされた――のが昨日。
同じことになってたまるものか、と。ぶんぶんと首を振って逃げ出せば、先ほどまですねていたのとはなんだか違う感じに、悔しそうに舌打ちをするアルベル。
……なんだかかわいいかもしれない。
でも、だからといってのこのこ近寄れば、絶対に似たようなことになる。――それは嫌だから。「アルベルとキスすること」が、ではなくて。「不意に唇をうばわれる」のが、嫌だから。
――どうしよう。
ソフィアの頭が高速回転をはじめる。
――キスをしよう、と思う。
――キスをしたい、と思う。
――それは、ロマンチックでドラマチックな、
――不意に一方的に奪われるのではなくて、ちゃんと恋人のような、じんわりどきどきするような。
――そんなキスがしたい。
――アルベルと、キスがしたい。
シミュレーションそのいち。
名前を呼んで振り向いたところを、
……却下。
「おい」
身長差のせいで、ためしたところで届かない確率が高い。はずしたら恥ずかしいし、雰囲気が台なしだ。だから、これはボツ。
そのに。
階段で段差を帳消しにして、
……やっぱり却下。
自分が背後に立たれることを嫌うせいなのか、――その割に背後から抱き付くことや抱き付かれることはかまわないらしいけれど。ともあれそんな理由からか、ソフィアが階段を上るときに、ぴったり一段うしろにアルベルがいることがまずない。
「こら」
一段抜かしてその下にいられると、上下の差はともかく前後の差が痛い。そんな距離があると、飛びつきざまにするしかないけれど。場所が階段だといろいろ危険だ。
というか、失敗したらフォローのしようがない。そのいちよりもずっとずっとむなしくなるに決まってる。
そのさん。
座っているところをなんとか隙をついて、
……無理。
平和な世界で女子高生をやっていたソフィアと違うのだ。将軍で武人で剣士のアルベルに、いち女子高生がつけ入るような隙は存在しない。
「いい加減にしろお前」
どんなにだらけているようでも、意識がある状態の彼から隙を見つけようだなんて、無茶な話だ。むしろ、ヘタに近付いたならきっと力で押さえ込まれて、やっぱり一方的なキスをされそうな気がする。
「キスをする」が達成されても、それではダメなのだ。
そのよん、
「――いい加減にしやがれ」
「きゃあ!?」
考えていた顔がそのまま間近にあって、ソフィアは再び悲鳴を上げかけて。
ああ、今やってみれば良かったのかも、などと少し反省して。
……もうこうなったら、
「さっきから見てりゃあ、ひとり百面相してるわ、俺の言うこと完全無視だわ……お前な、」
「アルベルさんっ!!」
ソフィアの内心を知るはずもなく、アルベルがなんだか怒っている。
他の、たとえばフェイトたちを相手にするときのように、殺気までまとって怒鳴るわけではなくて。どう見たってそれは愚痴のようなすねているような。
……ああ、男の人をかわいいと思うなんて。
「――アルベルさん、お願いがあります」
「だからお前な、」
――色気もドラマチックな展開も、もういいや。
ソフィアは思った。
――それはまたの機会に、もっとしっかり計画を練ってどうにかしよう。
――勘の鋭いアルベルのことだから、ソフィアの企みにすぐに気付いてしまいそうだけど。
――勘付かれたところで、またそれはそのとき考えれば良いや。
思う。
――難しいことはこの際置いておいて。
――今は、
――この、かわいい年上の男性に、キスがしたいから。
――「うばわれる」じゃないキスがしたいから。
「アルベルさん、ちょっとかがんでくださいっ!!」
「ん、な、」
直球で言い放てば。
まるで彼の言うことを聞いていなかったことがばればれで、そうと気付いたアルベルが顔をしかめた。何か反論しかけたのをさえぎって、ソフィアは言う。
「ちょっとでいいですから! かがんでくださいあとで文句はちゃんと聞きますからっ!!」
彼女が見ているのはただ一点。
目標、アルベルがそれに気付いたかどうかは、もうどうでも良い。
ソフィアの「お願い」をアルベルが聞いてくれるかどうかは、賭けだ。
――キスをしよう、と思った。
――キスをしたい、と思った。
――大好きな人と、
――アルベルと。
――「うばわれる」じゃなくて、
――逆にソフィアからの、ソフィアが「うばう」ような。
――そんなキスを、してみたい。
むっと怒った顔が、ため息を吐いて。どきどきと待つソフィアを見つめるきれいな緋色が、
――……細く、なる。
