誰かに「触れる」のは、存外難しいと思う。

―― Beruhrung

「アルベルさん? 朝ですよー起きてください」
「……」
長かった旅はきっと後半に入っていた。町に入って宿に泊まればともかく、最近では冒険中の食事は基本的にソフィアが作ることで落ち着いていた。
メンバーたちは当初、当番制持ち回り制のままでと言ったけれど。ソフィア本人が、自分は戦闘で役に立てないからせめてこのくらいは、と主張したから。今では強力な術も覚えて、決して足手まといではなくなったソフィアだけれど、元々こういったことが好きなので食事当番は今も彼女に固定していて。
そんなわけで朝食の関係上彼女がパーティ中でいちばん早起きで、
だからメンバーを起こすのも、少なくとも冒険中は彼女の役割になっていて。

◇◆◇◆◇◆

寝起きの悪いアルベルはいつだってなかなか起きない。ソフィアは自分が起き出したときにまず声をかけて、その後も何回もことあるごとに声をかけて、それでも起きてくれないアルベルに困った顔をする。
一発殴りつけろよ、と幼馴染は言う。蹴れば? とクォークの女リーダーは言う。適当に重いもん落としゃすむじゃねえか、と金髪の自称保護者は言うし、なんだったら扱いやすい武器見繕おうか、あ、間違って殺しちゃっても問題ないよ、と赤毛の隠密はにっこり怖い笑顔で言う。
パーティ内でのアルベルの扱いがとてもよく分かる各人のアドバイスだけれど、ソフィアにはとてもそんなことはできない。

◇◆◇◆◇◆

食事の用意がほぼ終わって、起こさなくても他のメンバーはもそもそ動き出して、結局今日もアルベルだけは起きてくれない。いつも、こうしてソフィアがおろおろしているうちに、誰かが何か攻撃をしかけてアルベルを叩き起こしているけれど。
それは良くないとソフィアは思うのだ。
誰にも朝っぱらから攻撃的な気持ちになってほしくないし、そんな起こし方でアルベルの寝覚めが良いはずがない。
「……よし、」
食事の仕度に働いてくれた、小さな自分の手を見下ろしてひとつ息を吸う。きれいな寝顔を見せるアルベルの元にしゃがみこんで、
「アルベルさん、起きて、ください!」
「……」
声をかけて、眉さえ動かなかった。きゅっと唇を噛んだソフィアはどきどきしながら手をのばして、今日こそは普通に揺すり起こそうと、
触れようとした手が、手首が。触れる直前いきなりがしっと掴まれる。
「き、あっ!?」
「……あ……?」
悲鳴めいた驚きの声、いかにも寝ぼけた不透明なうめき。
見開かれた翡翠と寝ぼけた緋色が、数秒、無言で見つめあう。

◇◆◇◆◇◆

アルベルは、朝に弱い自分を自覚している。無防備なところを誰かに見られるのは死んでも嫌なので、過去何回かどうにかしようと足掻いた時期もあった。
どうにもならなかった。
どうにも、というのは少し間違いかもしれない。たとえば殺気丸出しで近付く阿呆がいたら、頭は起きないまでも身体は起き出して、先手必勝とばかりに攻撃をしかけたりする。振り下ろした刀の刃が地面なり殺気の主なりに当たったところでぼんやり頭が動き出して、何があったか良く分からないままにとりあえず事態にケリが付いていることは良くある。
――パーティメンバーが殴りかかってなにごともないのは、そのメンバーの実力がアルベル自身と伯仲していて、だからアルベルが寝ぼけてくり出した攻撃など余裕で避けられるからで。そうでなかったら大惨事間違いなし、ということをメンバーはよく分かっていないらしい。
まあ、アルベルにとってはどうでも良いことだけれど。

だから、本当に直したいのは山々なのに直すことができない寝起きの悪さが。
その日、なぜか、いつもよりもずっとマシだったのは。

「……?」
至近距離に、小動物を思わせる娘のいかにもびっくりした顔。手にあるのは、細くて脆いその娘の手首。少し力を入れただけできっと骨折間違いなしの脆い身体を、感心なことに寝ぼけた自分はうまい力加減で掴まえているようで。自分にこんな力加減ができることさえ知らなかった。
――頭が、働いていない。
「ひ、あ、あの……っ、アルベルさん……?」
ぶつぶつと困った顔で、困った声を上げる彼女に。アルベルは意味もなく、とりあえずふなりとうなずいていた。
彼の棲家、修練場に無断で入り込んだあの変な生物に、しばらく囚われていたとかで。元々無愛想なアルベルだから、何もなくても怖がられるような気はするものの、ともあれ過去のそういった体験のせいでアルベルはソフィアにどうしても警戒されている。
警戒というか、怯えられている。
それなのに。怯えているくせに、怖がられているのを知っているくせに。
なぜかソフィアはアルベルの世話を焼くし、なぜかアルベルはソフィアが近くをうろうろするのがうっとうしいだとかは思ったことがない。
なぜか。
「あ、朝です、ご飯の用意できてます! 起きましょう?」
「……ああ」
そんななぜかなソフィアが何かを言って、寝ぼけたアルベルは何を言われたかよく分からないまま、もう一度うなずいていた。視界の先の少女が安心したように、結局は怯えたまま、それでも小さく笑ったのがなぜか嬉しくて。
嬉しくて、
「あの、」
「……今度はなんだ」
「え、と。……手……はなして、ほしいなあ」
「…………ああ」
離れていかない少女が嬉しい、何かささやきかけてくれるのが嬉しい。嬉しいけれど、結局脳ミソに血が回っていないアルベルは、ソフィアが何を言っているかまるで理解していない。

◇◆◇◆◇◆

うなずいたのに手を掴まえたまま動いてくれないアルベルに。そろそろ、寝ぼけたまままるで起きていない彼に気が付いたソフィアが、何かを言おうとして。言おう、と、して。
糸が切れたあやつり人形よろしく、アルベルが再び眠りに落ちた。
眠りに落ちて、身体から力が抜けて。
身体全部が倒れこんだ。
――至近距離、手首を掴まれているソフィアの胸元に。
ぱふっ、とばかりに。

◇◆◇◆◇◆

「あーもー朝っぱらからなにやってるのかしら。……クリフ、フェイトそのままちゃんと押さえてなさいねバカらしい騒ぎなんてまっぴらよ」
「わーってるって。ほら、フェイト落ち着け。大丈夫だって、オレの首賭けてもいいぜ、あれ以上どーにもならねえから嬢ちゃんの身は安全だから」
「うるさい、離せこのバカぢからっ! ソフィア、ソフィアが……っ!! こっの、畜生アルベルあとで覚えてろ絶対三途の川渡してやる……!!!!」
「アレで両方自覚がないってのがすごいよね……ああ、フェイト。あの歪みきった馬鹿葬るなら手を貸すよ間違っても二度と蘇生できないようにちゃんと息の根とめときな」
「ありがとうネルさんだからクリフはなせ、離せ馬鹿クリフ!!」
「――ネル、あなたいい加減過去引きずるの止めなさいよ馬に蹴られちゃうわよ?」
「そうは思うけどさ、あいつが幸せになるだなんて、考えただけで虫唾が……てよりもさ、ソフィアみたいな良い娘には幸せになってほしいじゃないか」
「はっはっは、アルベルじゃあ嬢ちゃん幸せにできねえか、違いねえ!!」

誰かに「触れる」のは、存外難しいと思う。
――少なくとも、この人はそう簡単に触れさせてくれない。こちらが触れるより先に、触れられて、しまう。

―― End ――
2005/09/14UP
アルベル×ソフィア
OFP
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Beruhrung
[最終修正 - 2024/06/21-11:32]