それはまるで宝石のように美しくて、
それはまるで生命そのもののように美しくて。

―― Wie durch Zauber

「アルベルさーん? どこですかー??」
――早くしないと、そろそろ出発するってフェイトが騒ぎ出しちゃいますよー。

戦闘後の小休止中、ふと気が付けばアルベルの姿が見えなくなっていた。基本的に遠距離から術を連発する戦い方のソフィアと違って、刀を得物に敵に対して、文字通りぶつかっていく戦い方のアルベルのことだから。いつだって戦闘が終われば大なり小なり怪我を負っている。本人は癒しの術を知らないし、アイテム管理はしっかり者の女参謀が一括していて、彼には今回何も渡していないと言うから。
だからきっと、今日も今も大なり小なりの怪我を抱えているはずなのに。
「アルベルさん?」
当時死にかけていた幼馴染を復活させるのに手一杯で、すみませんあとで癒しますと顔も見ずに言ったことは覚えている。まさかそれですねるとは思わないけれど、彼の蘇生が終わって安堵の息を吐いてはじめて、アルベルが姿を消していることに気が付いて。
何となく居心地の悪さを味わって。
「どこにいるんですか??」
だから、その気持ちを埋め合わせたいのもあると思う。パーティメンバーの怪我を癒すことで、パーティ内の自分の居場所を確保したいのもあると思う。
思うけれど、それとは別に。
――怪我をした彼を放り出しておきたくない気持ちとか。ソフィアの手が空くのを待っているのかもしれない彼に、そう思えば感じるくすぐったいこの心とか。そういう気持ちから、早く彼を探し出さなくては、という心もあって。

「アルベルさんー」
ソフィアの目には自然いっぱいの、エリクールに慣れた人間の目からすれば貧相な木立の中を。声を上げながらきょろきょろしながら、ソフィアはアルベルを探して歩く。

◇◆◇◆◇◆

「ある……、あ!」
そうして何回くり返したかも分からない彼の名を、また声に出そうとしたとき。木々の向こうに探していた色合いを見つけて。
ぱあっと顔を輝かせたソフィアはまっすぐそちらに向かう。
果たして灌木をかき分けたその向こう、木漏れ日の指すいかにも居心地の良さそうなそこに。適当な木を背に軽くもたれかかって、腕組みをしてうつむき加減で立っているアルベルがいて。
「アルベルさん……! 探したんですよ、すぐに治療を、」
駆け寄る勢いのままただそんな声を上げるソフィアは、彼より数歩手前でいきなり足をゆるめた。さくさくと足音を立てて小さくなった歩幅でそのままゆっくり歩く。
彼女の声にまるで反応しないで、じっと動かないアルベルに向かって、歩く。

◇◆◇◆◇◆

「アルベルさん? 寝て、いるんですか……??」
どこかおどおどとしてささやくような声に、九割方眠りに落ちていたアルベルの意識がゆっくり浮上する。浮上するけれどまだまだ寝足りない意識は眠りのふちをさまよって、結局アルベルは、眉一本ぴくりともさせない。
「アルベルさん」
やわらかく、細い声で呼ばれる自分の名は、不快ではないから。ゆっくり近付いてくる小さな気配も、向けられる意識もどこか困った甘い声も。
不快ではないから、心地良いものだから。
……危険を感じさせる要因は、今その中にないから。
「……あの、癒しの術、かけますね……?」
おどおどと聞こえた声、ふっとぽかぽか身体が温かくなる感覚。
これは、不快ではないから。心地良いものだから。
感覚も、――いつの間にかかたわらにある、小さいくせに彼を包み込むような、そんなやわらかな気配も。
心地良くて、だからこの雰囲気を壊したくなくて。
浮上した意識で、けれどアルベルは頑固に眠りにしがみつく。

◇◆◇◆◇◆

舟をこぐこともなく、けれどどうやら熟睡しているらしいアルベルに癒しの術をかけながら。ソフィアはどうしよう、と悩んでいた。
――今は、良いけれど。術をかけ終わったらどうしよう。
用はすんだからとこの場を去るのは、なんだか違うような気がする。大体、出発がどうとかそろそろ目を醒ますはずのパーティリーダーが、目を醒ましたらきっと騒ぐだろうと思う。そこで寝入っている彼を放り出したら、他の誰も迎えに呼ぶこともないまま、なんだかそのまま野生に帰ってしまいそうな気がする。少なくともソフィア以外の誰も、わざわざ彼を呼びに来てくれるとは思えない。
だったら、全部癒し終わったころに起こせば良いとは思うけれど、果たして起こしても良いものだろうか。

一体いつ寝入っているのかどんな夢を見ているのか、異常なほど眠りの浅い彼をソフィアは知っている。いや、眠りの浅い深いは知らないけれど、毎朝毎朝とてもとても眠そうな彼を見ている。
そんな彼が、今は寝ていて。推測で、眠りが浅いと思うのに、ソフィアの声に特に反応することなく寝ていて。
だから、だったら、自然に起きるまで放っておいた方がいいのだろうか。
そうするなら、メンバーに早いけど今日はもうここで休もう、といったことを言ってきた方がいいのだろうか。

――どうしよう、これが他の人間だったなら迷わず叩き起こしていることだけれど。
――他でもないアルベル、いつも眠りが浅いらしい彼とすると。起こさない方が良いかもしれない。
――だけど、でも。
――……でも……?

◇◆◇◆◇◆

「アルベルさん、」
――どうしたら良いでしょう。
なんだか途方に暮れた声を聞いた気がして、実際には答えのないことを前提にした声に。だいぶ浮上しながらいまだそこいらを漂っていたアルベルの意識が、ふと彼に返った。
まだ完全には起きていない、けれど声のした方――すぐ目の前に意識を向ける。
困ったような、あるいは心配そうな翡翠がすぐに、思ったよりも近くにあって。半分以上寝ていた頭は、驚いて。驚いた彼に驚いたのか、翡翠が、ソフィアの眼がいっぱいに見開かれていて。
――アルベルは、次の行動を見失う。

◇◆◇◆◇◆

答えはまるで期待しないで、ただひとりごとのつもりだったのが。いきなり至近距離に緋色が開いて、ソフィアは驚いて凍り付いた。
すぐ近くであれば気ばたばたしていて、起こしてしまったのだろうか、とも。
これでこのあとどうしよう、の心配がなくなったね、アルベルさんがこのまままた寝たりしなければ、とも。
驚いて混乱するわりに、変に冷静に頭の隅がつぶやいて。
――ソフィアは、次の行動を見失う。

◇◆◇◆◇◆

――見開いた翡翠は、切り出されたばかりの宝石を思わせる。
――切れ長の目、その緋色は、磨き上げられた紅玉を思わせる。

瞬きさえ忘れて、思いがけず至近距離に互いを映して。二人が知ることはないけれど、まったく同時にそんなことを思った。

――この「みどり」は生命の色だ。緑芽吹く初夏の色だ、若々しくみずみずしい生命の色だ。
――この「あか」は生命の色だ。確実に脈打って体内を駆け巡る、新鮮な空気を運ぶ鮮やかな生命の色だ。

いつしかかざしていたソフィアの手から光が消えていて、けれど二人は棒でも呑んだようにまっすぐ立ち尽くして、そして再び同時にそんなことを思った。

――なんてきれいな色だろう。

そんなことを思って、

――なんて相応しい色だろう。

そんなことを思った。

◇◆◇◆◇◆

それはまるで宝石のように美しくて、
それはまるで生命そのもののように美しくて。
――まるで魔法にでもかかったかのように。

二人はただ、見つめあう。

―― End ――
2005/10/26UP
アルベル×ソフィア
OFP
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Wie durch Zauber
[最終修正 - 2024/06/21-11:32]