――お前になんて、出逢わなければ良かった。
――そうすればこんなにも、心乱されずにすんだのに。
たとえば。
「アルベルさん?」
ひょい、何気なくのぞき込んでくる顔。
たとえば。
「アルベルさんー」
何かに失敗したのか、半泣きで見上げてくる無邪気な顔。
たとえば。
「アルベルさん、聞いてくださいっ」
本人にとって嬉しいことがあると真っ先に、なぜだか彼を探しては向けてくるまっすぐな極上の笑み。
その、一つ一つが。すべてが。
「……ちっ」
立てた肘に顎を乗せて、アルベルは舌打ちをした。最近気を抜くとすぐに頭をよぎる顔があって、そんな自分が許せなくてぎりっと奥歯を噛みしめる。
別に、どんな表情を浮かべようとそれはその人間のものであって、自分には何一つ関係ないのに。分かっているのに、何度も自分に言い聞かせているのに。それなのに、それなのに……、
ぐしゃり、指に触れた前髪を握りつぶす。
――甘い自分を殺してやりたい。
明るい世界で、陽の光を浴びて微笑むに相応しい少女。
暗い闇の中、血のにおいに酔うべき自分。
……分かって、いる。
……分かっている、のに。
「アルベルさん、あの……やっぱりこんなお店に入るの、イヤですか??」
「……かまうな」
ペターニの町、今一番女子どもにはやっているというカフェ。目の前には周囲に溶け込む笑みを浮かべた愛らしい少女、そしてこちらは――ちらちらと先ほどから視線を感じまくってじろりと見渡せば、顔を引きつらせた客がそそくさと席を立つ。
出てくるケーキの味に文句はないけれど、まあ、この視線は居心地が良いとは、
アルベルはまたひとつ舌打ちをする。そんなことは関係ない。
光そのもののような少女、闇が凝り固まったような自分。
純白の少女、漆黒の自分。
どんなに光に歩み寄られても、闇すべてが明るく照らし出されるわけがないのに。むしろ闇に入ってしまった分、光が翳ることさえあるだろう。
黒に白が入ってもきっと黒は黒のままで、白に黒が落ちたならそれはきっとすぐに分かってしまう。
……すべて、分かっているのだ。
「アルベルさん、おいしいですね!」
「……ああ」
良い店を知ったと引っ張ってこられた。店がまえに少し引いたけれど、少女の笑顔には逆らえなかった。
甘いものは好きだし、同じパーティを組んでいるメンバー全員にそれはとうに知られている。今さら否定したところでそれに説得力がないことは嫌でも分かっているし、忙しいとか理由を付けようにも彼がまるで予定を抱えていないことまで周知の事実で。
それ以外に逃げられるほどの理由が見当たらない。
そうしてケーキをとりあえず全種類持ってこさせて、嬉しそうにぱくつく少女を見ながら、浮かない顔のアルベルもそれをつついて、
ケーキの味はともかく、けれどアルベルが考えているのは。
心惹かれるわけにいかない。
むしろ、遠ざけておくべきだ。
光そのもののような少女、闇そのもののような自分。
心惹かれるわけには、いかないのに。
アルベルがさらに舌打ちをして、それに気付いた少女の顔が暗くなった。細かい表情の変化にアルベルが気付いてぎくりと動きを止めて、さらにそれに気付いた少女が気にしないでくださいと首を振る。
どこかぎくしゃくとした二人で、とりあえずテーブルの上のケーキだけが減っていく。
大っぴらに舌打ちをするわけにもいかなくなって、アルベルは音のない息を吐く。
彼女が笑えば心が浮つく。
彼女が沈めば心が沈む。
その表情ひとつ、雰囲気ひとつが気になって仕方がなくて、
その口から自分以外の名前が出れば、性別問わず腹立たしい。
こんな思い間違っている。最初にこの想いを自覚した時から、彼女の動きを目で追っていると気が付いた時からそんなこと分かりきっている。
こうしている今もいけないと思いながら、彼女の動きをやはり目は追っていて、
心惹かれるわけにはいかない。
彼女を汚すわけにはいかない。
自分の闇で、彼女の光を翳らせたくない。自分の黒で、彼女の白を汚したくない。
自分と正反対のものを見て、自分の闇を、自分の黒を自覚することが苦しい。
「アルベル、さん……?」
「……悪ィ、な……」
暗い表情の少女に、力なく笑みらしいものを向けて。
彼女がしゅんと沈んだままかたんとフォークを置いた。
お前になんて、出逢わなければ良かった。
そうすればこんなにも、心乱されずにすんだのに。
自分の中の、光に、白に憧れる気持ちを知らずにすんだのに。
こんな想いをしなくて、すんだのに。
――こんな想い、間違っている。
世界中でただひとり、お前だけが「特別」だなんて。
