――変なやつ。
つぶやきは確かに届いていたけれど、この際それは聞かなかったことにして。

―― Ein ulkiger Vogel

それは、本当は。たとえば単に時間つぶしのつもりで作りはじめたのだけれど。
材料もレシピもいい加減で、そもそもこの星には彼女の見たことも聞いたこともない食材がいろいろで、必要なものは逆になかったりで、そんなわけで地球と同じ材料を揃えようということ自体まず無理だったわけだけれど。
だから本当にあくまで時間つぶしというか、そう、たとえば実験のつもりもあったのかもしれない。
とにかく、本当の真面目にそれを作ったわけではなくて、食べものを粗末にしようなんて考えていなかったけれど結果的にそうなるかもしれないなあ、なんてひどいことまで考えていて。
けれど。
けれど予想外に思った以上に思ってもみなかったほどに。
うまくいったから、いってしまったから。

焼き上がったばかりのそれを、一口かじってみた。彼女の小さな口に一気に全部入るはずもないので、中ほどで噛み切る。さくり、軽い音。さくさく咀嚼したなら、それはどこまでも軽い感触。口いっぱいにやさしい香ばしさとふわりとした甘さとが広がって、とけるように口の中に消えていって。
ふむ、とソフィアはひとつこくりとうなずいた。
――適当に作ったわりに、けっこう当たりだと思う。
「生地が倍以上にふくれたときはどうしようかと思ったけど」
つぶやいて、うんうんと自分で自分の言葉にうなずいてみた。誰もいなかったけれど、もしくは誰もいなかったから。自分のひとりごとがなんだか面白くて、くすくすと笑う。

◇◆◇◆◇◆

本当に時間つぶしのつもりで、本当は自分の分だけを作るつもりで少量作りはじめた。
材料をすべてひとつにまとめたところで普通のクッキーのように適当に休ませたなら、生地が変に発酵したのかむくむく量が増えてしまって。彼女にとって未知の材料が各種肺っていたから、その中のひとつにたとえばふくらし粉のようなモノがあったのかもしれない。
ともあれ成型のときも焼き上がりを待つ間も、ずっとずっと怖かったワリに。焼き上がってみたなら、見た目は普通のクッキーだし食べてみればさくさくと普通のクッキーよりも軽い食感。少なくとも焼きたての今はそこそこ美味しい。
「……意外だったなあ」
つぶやいて、そういえばその「意外」の単語にぴったりな人物がパーティ内にいることを思い出して。どうせ一人で食べるには多すぎる量だったし、作っている間はうまくいったなら青髪の女参謀に分けようと思っていたけれど、別にそうと約束していたわけでもないし。
だったら、と思った。
思い立ったら、なんだかいても立ってもいられなくなった。

◇◆◇◆◇◆

「意外」という単語が似合う人物、ソフィアが勝手にそう思っている人物――アルベル・ノックス。女顔の長身美形で、口が悪くて態度が悪くてついでに服装の趣味もきっと悪くて、けれどソフィアにとっては意外なところでちゃんとやさしい人。
それはたとえば戦闘中に、襲われかけたソフィアをかばって――かどうかは分からないけれど、ソフィアを襲おうとしたモンスターを一撃で斬り伏せてくれたりだとか。どうしたってひとり経験不足におろおろする彼女を、舌打ちしながらもあっちに行っとけと敵のいない場所を指示してくれたりだとか。
それはたとえば戦闘中でなくても。
細かいところでちゃんとやさしい反応をしてくれたりだとか、朴念仁の幼馴染には気付かないところにさりげなく気付いてくれたりだとか。最近はおはようございますなどのちょっとした挨拶に、うなずくようにかすかにだけれど、ちゃんと返してくれるようになった。
あるいはありがとうございます、の言葉に。
いかにも照れたようにそっぽを向くところさえ、何だかやさしいとソフィアは思う。

その彼が、いつだってこわい顔をしている彼が実は甘党だと知ったのがほんの数日前のこと。……いや、だからクッキーを焼こうとしたわけではない。それは確実に違うけれど、どうせうまく焼きあがったのならいつも優しい彼に渡したくなって。
きっとだからどうしたと鼻で笑われると思いながらも、それでもきちんとラッピングしてみる。最後にきれいなりぼんできゅっと結び付けて、りぼんといえば彼の髪をまとめるあれは、きっとりぼんというか布だけれどあれをのばしたらどれほどの長さになるのだろう、そんなことを思ってみる。
まったく関係ないことににやにやと笑って。
どこにいるだろう、昼寝か、それともカタナの練習だろうか。
そんなことを思いながらぱたぱたと身を翻して。

◇◆◇◆◇◆

「アルベルさん!」
さんざんいろいろうろつきまくって、ようやく目当ての彼を見つけて思わず大きな声で呼んでいた。だいぶ離れていてちゃんとその通りか分からないのに、ソフィアの目にはぴくんと跳ねた彼の肩が、見えたような気がした。
何をしようとしていたのか、不機嫌に振り返った彼も。
最初は確かに怖かったけれど、意外にやさしいアルベルを発見した今のソフィアには、勝手にそう思っているだけかもしれないけれどそう思っている今の彼女には。
別段、こわいともなんとも思わなくて。
「これ、クッキー……? なんです、さっき焼いたんです。たくさんできちゃったんで、アルベルさん、どうぞ!」
「……その疑問形はなんだ」
「え……きっ、気のせいです!」
きっと駆け寄った勢いに顔を引きつらせて、それでも律儀にツッコんできたのに思わず言葉に詰まる。ともあれラッピングずみのクッキー? 入りの袋を両手でずいと差し出せば、それとそれを差し出す彼女とを、鋭い緋色の目が何度か見比べて。

「……なんで、俺に」
「え? アルベルさん、甘いもの嫌いでしたか??」
「他にもいるだろうがっ! わざわざ俺でなくても、たとえばフェイトとか、」
「フェイトは甘いもの好きじゃないんです。クリフさんは――あんまり味わってくれないから面白くないし、ネルさんもどっちかというと甘いものはそんなに好きってほど好きではないそうですし」
「――じゃあマリアとか、」
「マリアさんはいつもあげていて、ほら、たまには違う人に食べてもらいたいじゃないですか!」
「知らん……別に俺でなくても、」
ぶつぶつ言う彼は、受け取りたくないのだろうか。けれど断るつもりなら、最初から「いらん」とかなんとか、きっとこの人なら突っぱねると思う。
それをしないということは、つまりは……受け取る気は、きっとあるのだろうと、思って。

「アルベルさんに食べてもらいたいんです。だから」
――だからこれ、受け取ってください。
ずい、両手ごとそれをさらに差し出せば、再び袋と彼女の顔とをとまじまじ交互に緋色の目が眺めて。ついでにきょろきょろ周囲を見回して、やがてがっくり肩を落として。
――変なやつ。
つぶやきは確かに届いていたけれど、この際それは聞かなかったことにして。
ただ、ひょいとつまみ上げられたクッキー? 入りの袋にソフィアはぱあっと顔を輝かせた。その顔に、あるいはクッキーをもらったことに対して。何かを言おうとしていえなくて口をつぐんで、けれどまた何かを言おうとして――それを三回ほどくり返したアルベルに、ただ笑いかける。

◇◆◇◆◇◆

――好きです。
不意に浮かんでうっかり口に出しそうになったそれを、ぐっと飲み込んで。そんなことをよりにもよって唐突に思ってしまった自分にどぎまぎしながら、ソフィアはじゃあ、とくるり後ろを向いた。
「……おい?」
「お邪魔しましたっ!」
どんな種類の「好き」なのか分からなかったけれど、とにかくいたたまれなくて。何かを言いかけた彼を無視する形で、ぱたぱた脚を踏み出す。

意外な人に、なんというか変わり者の彼に。
こんな想いを抱いた自分が、自分の方が、よっぽど変わり者だと。

そんなことを思いながら、けれどそれよりも――受け取ってくれた、その事実が嬉しい。
「あ、シケったらちょっと味の保障できないんで早めに食べてくださいねそれじゃあ!」
「……お、」
何かを言おうとしたアルベルを、やっぱり無視する形で。ぱたぱたと距離を取る、まっすぐ前を見て――いや、前以外を見る余裕がなくて。

◇◆◇◆◇◆

彼が今、どんな顔をしているのか気にならないわけではない。
それでも、……それでも。

自分の顔が、なんだか笑っていることに走っているソフィアは不意に気が付いた。
それってなんだか、変だ。
――思うのにそれはそれでまあいいか、と、彼女の脳はなぜかそんなことをはじき出す。

―― End ――
2006/05/10UP
アルベル×ソフィア
OFP
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Ein ulkiger Vogel
[最終修正 - 2024/06/21-11:33]