強くてきれいな緋色が、たぶん感情に揺らめいて。
その色の変化が、とてもとてもきれいだと思った。

―― Tanz verkehrt

「アルベルさん?」
宿屋について荷物を落ち着けて、このあと買い出しに行くからそのとき武器とか防具とかも見たいから、みんな面倒だけどいったん集まってくれ、――そんなことを幼馴染のパーティリーダーに言われた。確かに武器は各人使い勝手の良いものを選ぶべきだろうし、サイズの合わない防具は身につけたくないな、とかそういう風に納得して、素直に集合場所――宿屋入口のロビーに向かおうとした。
その、途中。宿屋の中庭というか裏庭というか、そんな場所で彼を、アルベルを見付けて。
大きな樹がどっしり生えていて、大きく広がった葉からこぼれ落ちた陽光が彼の髪に肩に落ちていた。ややうつむき加減で樹にもたれかかっていてその表情は見えなくて、気配を読むなんて特殊技能を身につけていないソフィアだけど、どうやら彼がずいぶんリラックスしているのはなんとなく分かった。
鎧を脱いで、武器は――左腕の……がんとれっと? をはずして、腰に刀はさしたまま。
ただ、そんなアルベルはぴくりとも動かない。

「……アルベル、さん……」
見付けた瞬間、ぱたぱたと彼に向かって駆けていた。宿屋と庭の境目で少し躊躇して立ち止まって名前を呼んで、けれど変わらず動かない彼に好奇心が勝った。
あと数歩、というところまで今度は歩いて近付いて、
「……寝て、る……?」
思わず足を止めて、ぽつりとこぼす。

◇◆◇◆◇◆

ソフィアが旅に加わって、ほんの少しの時間が経っていた。ほんの少しだけ彼女も戦いの場に慣れて、メンバーたちにもだいぶ慣れて、けれど彼だけはどうにも苦手なままだった。
別に嫌いではないし、嫌われているとは思わない。けれど、返り血に含み笑いを浮かべる彼はどうにも怖いと思ったし、戦闘となると子供みたいに目を輝かせる姿もどうかと思ったし、彼女の幼馴染のたちの悪い冗談に武器を振り回して怒る姿はどうにも怖かった。
悪いひととは思わないけれど、良いひとにも思えない。とりあえずけんかっ早いのは怖いし、デフォルトがやぶにらみやら殺気漂わせた薄ら笑いやら、そんな顔なのも怖いと思う。
同時に。きれいな顔立ちをしているなとは初対面で思ったし、かなり背の高い幼馴染もらくらく越えた身長やらその割に肉付きが薄いところやら、そんなところにも気付いていたしそれはいっそうらやましいと思っていた。
――自分が彼を好いているのか嫌っているのか、正直ソフィアには自分でもよく分からない。

◇◆◇◆◇◆

ともあれ。
「……寝顔だけなら、やっぱりきれいだよね」
その場でまじまじ彼を見上げて――ひとの寝顔を眺めるなんて趣味が悪いと知っていながら、しゃがみこんで彼の顔を見上げながらつぶやく。
きれいに整った美女顔、伏せられたまつげがひょっとしたら自分よりも長い。いつもは皮肉そうにゆがめられている口元がゆるんでいるためか、それともあの威圧的な緋色の目がないためか、あるいは眠り姫ってこんな感じの美人さんなのかなとか思ってみる。
「肌、きれいだなあ……うらやましい」
どうせろくに手入れしていないはずなのに、見るからにきめが細かいのは――彼の出身が雪国だと聞いた、そのためだろうか。まだ行ったことのない彼の出身地に思いをはせて、何気なく――たぶん本当に何も考えないまま、ソフィアは手をのばした。
瞬間、――いったい何があったのか、ソフィアにはよく分からない。
ただ、ぐるりと視界が回って背に衝撃があって、気が付いたなら彼に見下ろされていた。
アルベルに、その緋色の目にただじっと見下ろされていた。

「え……その。アルベルさん……?」
わけが分からなくて、上げた声はかすれている。ぱちぱちまたたいてとにかく至近距離の彼の顔がひたすら居心地悪くて、逃げようと身をよじったならなんだか身体が痛くて動かすことができない。訂正、身体を動かそうとすると痛くなるので、身体を動かすことができない。
「え、あれ??」
「……なんだ阿呆」
降ってきた声は寝ぼけきったもの、そう思った瞬間腹が立った。きっとにらんで、見上げる目にはきっと威圧感なんてまるでないだろうけれどにらみつけて。
寝ぼけきってにごっていた緋色が、彼女の見ている前で変わっていく。
どこがどう、なんてとても言葉にできないけれど、暗くにごっていた目にゆっくり光が差したように、色が明るくなって透明度が高くなって緋色以外の色もひょっとして混じったように複雑できれいな緋色に変わっていって。

強くてきれいな緋色が、たぶん感情に揺らめいて。
その色の変化が、とてもとてもきれいだと思った。

「……? なにやってる」
「アルベルさんに捕まっているんですっ! はなしてください!! 腕、いたい……」
「あ? ああ……そうか」
そうかと言いながら彼はまるで動かなくて、どうやら先ほどまで彼がもたれていた樹に押し付けられ拘束されているとようやくソフィアは悟った。もう一度だけもがいてみてやはり押さえ付ける腕はゆるんでいなくて、ぴきんと走った痛みに目に涙がにじむ。
その目で見上げたなら、ぱちぱちと緋色がまたたいた。
あわててぱっと手がどいて長身が飛びのいて、どうやら……あわてている……?

◇◆◇◆◇◆

「ぶ、……武器と防具! 買いに行くからってさっきフェイトが!! 早く集合しないとみんなが心配しますっ!」
沈黙が重くて怖くて、必死に上げた声にはじかれたように彼の顔が上がった。一度ソフィアを向いてきょときょとと周囲を見渡して、それがじれったくなって彼女はちゃんと立つとすぐさま彼の脇を通り抜ける。通り抜けざまその腕を取って、早く行きますよっ、などと声を上げてみる。
本来はよっぽど足の速いはずのアルベルが、しかしなぜか彼女に引きずられそうになるほどゆっくりと足を動かして。

そしてなぜか思った。
怖いひとだけど、怖くはない。
嫌っていない、好いているのかもしれない。
嫌われてはいない、好かれているかもしれない。
そんなことを、きっと何の根拠もなくソフィアは唐突に思って。

◇◆◇◆◇◆

「は、早く行かなくちゃ! ねえアルベルさん!?」
「うる、せ……! はなせ阿呆!!」
「やです!」
「っ!?」

きっと彼は今緋色の目を白黒させているに違いなくて。
そんな風に思ったソフィアの口元が、決して彼を馬鹿にしているわけではなくて――ふっとほころんだ。

―― End ――
2006/08/16UP
アルベル×ソフィア
OFP
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Tanz verkehrt
[最終修正 - 2024/06/21-11:33]