乱暴で乱雑に違いない彼の手の動きに、彼女はなぜか心地よさそうに目を細めるから。
血まみれに違いない彼の手で、けれどこんなにも嬉しそうな顔をするから。

―― Sorglos

ソフィアの髪は手触りがいい。いや、髪だけではもちろんなくて、ソフィアを構成するすべてはアルベルにとってとても心地いいものが揃っている。どこをとっても不快な感触はどこにもない。
だから。
こと二人きりとなれば、無意識に手は動き遠慮なく触れている。ときには下心を帯びたそれに身をすくませ、けれど。触れられることに抵抗がないのか、ソフィアはたいてい嬉しそうに笑う。
おかげで増長するのに。
けれど、本当に無邪気にはにかむから、かえって手を出すことを躊躇する。

◇◆◇◆◇◆

さらり、衣擦れよりもやわらかい音と、流れていく栗色。陽にすかせば金茶にも見えるそれは甘い甘い菓子に似ていて、確かにソフィアの甘さを彼は知っているから、指先が味を感じ取る機能をもてばどんなにいいかと馬鹿げた想像をして、自分の想像にあきれて笑う。
「どうかしましたか、アルベルさん?」
「なんでもねえ」
もう一度栗色に触れて、けれど今度は触れるだけではなくてその頭をくいっと引っ張り込んでみた。あ、と小さな悲鳴未満の声。それはあっけなくバランスを崩して、彼の胸に倒れこむ。
「いっ、いきなり何するんですか!!」
「そんなに驚くことでもないだろ。……別に減るもんでもねえじゃねえか」
「でもでもでも!」

◇◆◇◆◇◆

特に何ごともなく街に入って、いつもの通りにまっさきに宿を確保した。ここ最近野宿が続いていて、女性陣を筆頭にアルベルさえもべたつく身体に嫌気がさしていたので、全員が全員、右にならえで湯を浴びた。
汚れさえ落としたなら湯殿に長居する気のないアルベルと違い、女の身づくろいにはどうやら時間がかかるらしい。さっぱりして部屋に戻って得物の手入れをして、それが終わってさてどうするかと適当に廊下をうろついているところで、なにやらキカイと格闘しているソフィアを見つけた。ミカイセイなんとかとやらはいいのか、たぶん彼女が持ちこんだのだろうそれは、どうやら髪をいじるためのものらしい。
ものめずらしさでしげしげと眺めているうちに、何気なく手がのびていた。気のいいソフィアの簡単な説明を適当に流して、渡されたキカイを手に、彼女の真似をしてその髪を取り上げる。いかにも嬉しそうに、素直な声で、ありがとうございますと微笑むソフィアの顔がなぜか見られなくて、しばらくの間、あれこれ話しかけてくるのに生返事をしながらさらりさらりと逃げる髪をいじり続けた。
――もう大丈夫です、ありがとうございます。
はにかむソフィアがキカイを取り上げて荷物の底にしまいこむのをぼんやりと眺めて、手持ち無沙汰になった手を見下ろして、キカイはないけれど再び手触りのいい髪に手をのばして、
ソフィアはなぜだか、嬉しそうに笑って逃げるそぶりも見せなくて。

◇◆◇◆◇◆

ソファにだらしなく身を投げ出したアルベルと、その腕の中に閉じこめられたソフィア。
ふわりといいにおいが鼻をくすぐって、それを探して首筋に顔を埋めれば、くすぐったいですと困ったように笑いながら身をすくませる。今まで散々いじっていた髪を指で梳いたなら、それもまたくすぐったいのか、くすくす笑いながら身を捩る。
それほど大きなソファではないためかなり自由が制限されるとしても、その気になったならいろいろやらかすことが可能なのに。警戒のない無防備な少女。それだけ信用されているのか、男として見られていないのか、まさか何も知らないことはあるまい。自分の身にそんな危険が降りかかるなんて、まるで想像していないように見える。分かっていてそれでもいいと思っている、そんなわけではないと思う。むしろそれを望んでいる、それもまた違うと思う。

「……警戒しねえのか」
「え?」
「いや、……べたべた触られて鬱陶しいだろうが」
「そうしているアルベルさんがそれ言うのは何か腑に落ちませんけど……」
「…………ふん」
「ひゃあぁ!?」
軽く、本当に軽く。すぐそこにあったやわらかな肌に噛み付いたなら、大げさな悲鳴とびくりと跳ね上がる身体。おそらく逃げようとしてわたわたともがいて、けれど逃がすつもりはない。そのままがっちり抱えていたなら、やがてがくりと首を落として、恨みがましそうな目で見上げてくる。
その目さえ、当人の意識しない別の感情をもたげさせると、たぶん知らないのだろう。
「……アルベルさんのいじわる……」
むしろ追い詰められているのは――追い詰めているソフィアにその自覚はなく、勝手に追い詰められているとはいえ――アルベルの方なのに。

◇◆◇◆◇◆

アルベルにとって、好意は衝動と直結している。それがいやだというなら、最初から近寄らなければいい。警戒を前面に出して、毛を逆立てたネコのようにしていれば、いくら自他ともに認める天邪鬼でも無理に手を出そうとは思わない。
けれど、ソフィアは無邪気に笑う。逃げようと本気で暴れている様子もない。子犬がじゃれついてくるように、怖くない威嚇をして、けれどそれでさえきっと本気ではないとなぜだか確信できる。無条件で全力で慕われていることが、態度から表情から雰囲気から、分かってしまう。
だから、期待してしまう。
血まみれで傷だらけのこんな自分さえ、受け入れてもらえるのではないか、などと。
都合のいい期待をしてしまう。

◇◆◇◆◇◆

どうやら、そうしてじゃれている間に寝入ってしまったらしい。夢うつつに意識が漂い、そんな自分の阿呆さ加減を頭のスミがあざ笑っている。
結局今日も手が出せなかった、あの、手触りが良くてやわらかくてあたたかいイキモノはいまどこにいるだろうか。まだそれをつかまえているのだろうか。それともとうに逃げてしまっただろうか。

――アルベルさんにさわられるの、いやじゃないですよ?
――ううん、むしろ好きです。
――だって、気持ちいいもの。
――ときどき乱暴だけど、でも痛くないもの。
――ねえ、アルベルさん。ふしぎですね?
――アルベルさんにふれられるの、全然、ちっともいやじゃないんですよ??

耳元に、やわらかなささやき声を聞いたような気がした。くすくすと、機嫌のいい笑い声を聞いたような気がした。
漂う意識はそのうち拡散して、何を言われたのかちっとも聞き取ることができないけれど。
ただ。
やわらかな感触がほほに生まれて、そしてぱっとはなれていく。
甘い気配が、けれどそのまますぐそこにある。

―― End ――
2008/09/29執筆 2015/10/01UP
アルベル×ソフィア
OFP
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Sorglos
[最終修正 - 2024/06/21-11:34]