たまには。
……たまには、こんなことも。

―― Ein wenig Gesprach

「フェイト、あの、」
「? なんだいマリア??」
とてつもなく珍しいことに、フェイトの目の前には今、もじもじとどこか居心地の悪そうなマリアがいる。頬を愛らしいバラ色に染めたマリアがいる。
彼はかくんと首をかしげた。何も思い当たることがない。
……何かあったっけ?
「……マリア、」
「あの! たまには私だってこう女の子らしいことしたいっているかまあ実際はソフィアにすすめられて言いくるめられたんだけどええとねお菓子作ってみたのよ考えてみたら私誰かの母の手伝いとかじゃなくてお菓子作るのってはじめてでもちろん最初からうまくいくとは思ってないんだけどだからきっと美味しくないっていうか味見したら実際もう笑えるくらいの味だったんだけどだけどね!」
「……はあ」
いつ息継ぎをしているのかしたのか、まるで分からないマリアの早口に。気圧されたフェイトはとりあえず生返事をした。そんな彼に差し出される、というか押し付けられるひとかかえほどの紙袋。
「で、うまく作れなかったんだけどキミのこと思いながら作ったから! せめて見てもらいたいとか一つは食べてもらいたいとかって思うのよ!!」
「え? マリアが作ったの、これ全部??」
「言ったじゃない!!」
いきなり怒られた。
……。
……いや、あのさっきのマシンガントークってなかなか聞き取れないというか聞く片っ端から理解しながら聞くって、難しいんだけど。

◇◆◇◆◇◆

とりあえず、フェイトが先ほどの話を理解していない――というか聞き取っていないことを知ったマリアは。顔を真っ赤に染めながら無言で紙袋をぐいと押し付けてきた。恥じらいなのか怒りなのか他の何かの理由なのか、理解できないフェイトは、とりあえずその紙袋を受け取る。
受け取った瞬間ぱっとマリアの顔が明るくなって、それが可愛いと思う。
ともあれ。
「……なんだっけこれ?」
「ええと……クッキー……??」
――そこでどうして疑問形になるんだ!?

フェイトは激しくツッコミを入れたくなった。が。
……なんだかその紙袋がもぞもぞもじもじがさがさ動いているような気がして、ツッコミを入れるより先に思わず真っ白になった。
……生きてる!? これって生きてないひょっとして!!??

◇◆◇◆◇◆

「ねえ、食べてみてくれないかしら」
「……あの、」
「食べものよ! 私焼いた直後に味見したわよ味と見た目はともかく今こうして普通に立ってるじゃない!!」
「…………はい……」
激しくそう主張するマリアは、確かに、顔色は悪くないし言動もまあ特に問題ないし呂律も回っているし先ほど歩き寄ってきたときも特に違和感なかったし。まじまじと見つめたことに照れたのか、相変わらず頬を染めたまま静かに顔を伏せたその動作が可愛い。いとおしい。
――ただ、愛らしいマリアはともかく。
この手にあるクッキー……らしきものの味と見た目の保障を、逆の意味でしてもらえたことに恐れをなして。
フェイトは「それ」を極力見ないことに決めた。
見ないことにして、でもがんばってくれたマリアを見ると食べてあげなきゃという気持ちになって。見ないまま、相変わらず何が蠢いているような気がする紙袋に手を突っ込む。
適当につま、
「……うわあぁぁぁぁああぁぁああぁっ!?」
「え、なになになにどうしたのフェイト!?」
「い、いま」
ごくり。
自分が唾を飲み下す音がやけに大きく聞こえる。
フェイトはぱちぱちと瞬くと、ありえないと首を振って、浮かんだ考えを追い出した。
――ありえないありえない、きっと何かの間違いだ。気を落ち着けて、大丈夫、
――たかがクッキーを食べるだけだ。
本人が「不味い」と保障したようなものだから、一枚食べてあげれば――一口かじってみせたなら、きっと納得して引き下がってくれるだろう。
何事もなかったように――かなり情けなくがたがたと指は手は震えていたけれど、そこには気付かないふりをして。改めて紙袋に手を、
「いああぁぁぁぁああああぁぁぁああああぁっ!!??」
「フェ、フェイト……!?」
「さ、さっきはむにってした。なんだか生暖かくてさ、今度は、」
「今度は?」
「……き、気のせいだようん気のせいだよそうに決まってるそんないくらなんでも」
「今度は!?」
すごい剣幕でずいと身を寄せるマリアが、目が笑っていないマリアが怖い。泣き真似をしてみたけれどまるで全然引っかかってくれないマリアが、にらみつけてくるマリアが憎い。
……だって、言えないじゃないか、そんな、
あまりの事態に沈黙するフェイト、威圧感を最大発揮してそんなフェイトに迫るマリア。しばらく膠着状態が続いて、――やがてフェイトが白旗をあげる。

すーはーすーはー、
大きく深呼吸をくり返して、じっとフェイトを――というかもはやジト目でフェイトの言葉を待っているマリアに、
「……ぬるってしてた」
「そんなわけないでしょう見た目と味はともあれ料理よ!!」
――いくらなんでもそんなもの作れるわけないじゃない、料理で!
怒られた。

◇◆◇◆◇◆

「そんなわけないじゃない、そりゃ確かに見た目は悪いけど」
ぶつぶつ言いながら、フェイトが持つ紙袋にマリアが無造作に手を突っ込んでくる。特に問題なくクッキーを一枚取り出して、それは確かに見た目からして少し生焼けで色白で、
でもまあ形は悪くない。抜き型を使うにしても、そのあとの処理によって形など崩れまくることを、昔から料理好きの幼馴染を見るとはなしに見ていたから、知っている。
だから、凝り性のマリアのことだからもっと練習すればそのうちきっと既製品並みの、
「……はい、」
「ああ、ありがとうマリア」
そんなことを考えているうちに、袋と交換の形でマリアからクッキーを手渡された。
さあ食べて、と。わくわくどきどき、もしもしっぽが生えていたなら思いっきり振り回していそうなきらきらのマリアに苦笑して、

クッキーの表面がなんだかぐにゃりと歪んだ。

「?」
それこそ気のせいだと思ったフェイトがそれを食べるために口元に持っていこうと、――したところでふとやめて、まじまじと手持ちのそれを凝視し、
――まりあサン。何カ、手、ミタイナモノガ生エテイルノデスガ。
標準サイズのクッキーに、ふさわしい大きさの、細かい手がいつの間にかにゅっと生えていて。細かい造作のちんまい手には関節も何もなくて、見ている間になんだかその「手」はぐにゅっと伸びると、クッキーをつまんでいるフェイトの指に触れて、
「フェイト、ねえ食べて……? フェイト??」
マリアの、最初は促しでそのあとは心の底から心配の、その声がどんどん遠くなる。視界が暗くなって狭くなって、見えているのは自分の手、というかクッキーから生えた手が触れている自分の指、
「…………」
がくん、と青年の身体が硬直して脱力した。
フェイトは、立ったまま気絶していた。

――ごめんマリア。こわくて、とてもじゃないけど僕には食べられない。
――ていうか、本当に一体何作ったんデスカ?

―― End ――
2005/07/28UP
フェイト×マリア
OFP
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Ein wenig Gesprach
[最終修正 - 2024/06/25-09:59]