父が、死んだ。
目の前でバンデーンの凶弾に倒れた。
――それはもう、「今」では「過去」になりつつあって。
ふっとフェイトは目を醒ました。周囲は暗く暗く、ただ彼の目には未開惑星のエリクールにあれば、今日のように天気が良ければ。星明りが月明かりが、色こそ分からないもののそれなりに十分周囲を照らしていて。
「……のど、渇いたな」
小さくつぶやくと、とたんに渇きが増した。サイドテーブルの水差しだけでは全然足りないと思った。思ったから、それには手をのばさずに。あるいは星明りに誘われるようにフェイトはベッドを抜け出す。
――厨房に行って、何か飲もう。
思ったのは、背後でドアが閉じてから。
彼はふらふらと足を踏み出す。
「あれ……マリア……?」
厨房には――その手前の食堂には、先客がいた。未開惑星保護条約違反品のライトをつけっぱにして、片手にカップか何かを大事そうに持ちながら。反対の手を耳元に、何か鋭くつぶやいている。
――ディプロの誰かと、通信してるのか……?
邪魔してはまずいかと躊躇した彼を、前触れなく射た翠の瞳。マリアにまっすぐ見つめられるとまるで心の底を見透かされるようで、思わずぎくりと身を振るわせたフェイトに。
「――もう、世間話だけね? こっちは今夜なの、深夜よ。もう眠いから、寝るわ。じゃあ」
ぷつ。
彼をまっすぐ見つめたままマリアが尖った声で言って、そして通信は切れたようだった。――むしろ、マリアが切ったのか。
「……ええと、良かったのかい? 邪魔しちゃったならあやま、」
「いいのよ。連絡や伝達はもう終わって、あとは世間話と愚痴と注意だけなんだから。
……まったく……いつまで保護者面するつもりなんだか」
「……いや、僕に言われても」
宿備え付けのシャツを羽織って、その上にいつもの上着。服装こそいつもと少し違っても、中身はいつもどおりで。
彼女がカップを一口すすった。
「これ? なんていったかしら、赤ワインベースのホットカクテルよ。ネルが作ってくれたの」
彼の視線に淡々とマリアが答えて、どこまでもいつもどおりの彼女になんだかフェイトは顔をほころばせた。ちょっと待ってくれと言い置いて厨房に向かって、ひとつ酒瓶をつかむとマリアのそばに急ぐ。
マリアの目が少しだけやわらかくなったのが、その表情の変化を読み取ることができた自分が。
フェイトには少し、嬉しい。
「――マリアも眠れないのかい?」
行儀悪く直接びんに口を付けて、何かを話さなければと焦って出てきたのがそんなどうでも言いことで、自分にがっかりしながら、けれど好奇心も確かにあって。
フェイトのことばにマリアが淡く笑う。
……あるいは、それは別の意味があったかもしれないけれど。
「そうね……」
ため息のようなそれはどこまでも読めなくて。
「ちょっと思い返していたわ」
何を、と教えてくれないマリアよりも、その言葉でなんだかすべて分かったような気がした。間をつなげるために酒瓶を傾けながら、フェイトの頭がぐるぐる回る。
父が、死んだ。
目の前でバンデーンの凶弾に倒れた。
――それはもう、「今」では「過去」になりつつあって。
多分マリアの「思い返していた」にはそれもきっと入っていて。
「――今でも、マリア、キミは今でも父さんを憎んでいるかい」
「最初から「憎んで」なんていないわ。
ただ。……ただ、そうね、嫌いよ。前も今も、大嫌い」
ぽつりとつぶやきにぽつぽつと返ってくる。ロキシの息子として居心地が悪くなって、そろそろびんも空くしすごすご帰ろうかとフェイトが思ったとき、それがきっと分かったのかマリアの雰囲気がふっとやわらかくなった。
驚いて、顔を上げて。
フェイトが見たのは、まるで花がほころぶような見事なマリアの笑み。
「嫌いだけど、一つだけ感謝しているの」
「……え……?」
「キミを、遺してくれた」
華やかな笑みに圧倒されて、頭が動かない。どくんと心臓が跳ねた理由が、フェイトには分からない。顔が熱くなって頭が熱くなって、アルコールが回ったのかな、などと彼はまるで見当違いのことを考えてみる。
「キミが生きて、存在して。だからキミに会えてこうして旅をしていて。たったそれだけが、私には嬉しいのよ。
能力も、その理由も。知ったところでわずらわしいだけだし、消えてなくなれば良いと思うけど。……キミがいるなら、ここにいてくれるなら。そうね、だったらあっても良いかなって思うわ」
マリアが微笑んで。
微笑みながら、そんなことをささやいて。
どくどくどくどく、――フェイトの心臓は、どんどん加速して激しく打っている。
