朝起きたら、雨が降っていた。
「……うーん」
これが小雨だったなら、あまりのんびりしていられない旅だしと先を急ぐものの。お世辞にもそんな感じではない、宿を出てしばらく歩いたならきっと下着までびたびたになりそうなかなりの大降りで。
邪魔になるからと雨具は持ち歩かないし、急遽ここで購入したとして、こんな空の下そんなアイテムひとつやふたつでどうにかなるとも思えないし。
――でも、だからといって「今日は休みです」と宣言するには。

―― Was wollen wir heute noch unternehmen?

こんこん、ノックをしてしばらく待ったら、なんだかもぞもぞした返事があったから。
「……入るよ?」
別にやましい気持ちはなくても、女の子の部屋に入るのはなんだか緊張する。ソフィアは調理場にいて、ネルは朝の打ち合わせがどうとかでちょっと出るよとさっき挨拶したから。部屋にいるのがマリアだけと知っているから、余計になんだか落ち着かない。
「失礼しまーす」
どこかおどおど中に入ったなら、なんだかふわりと良いにおいがした。たとえ一晩過ぎただけでも、女の子の部屋はむさくるしいだけの男部屋とは大違いと思う。思いながら先ほどのはっきりしない返事から、もしもまだベッドにいたならどうしようと心配していたけれど、幸いなのか残念なのか、マリアはしっかり起きていた。
ドレッサーの鏡とにらめっこしていた。
部屋に入ってきたフェイトの方には、目を向けたりさえしない。
「……えと、マリア?」
「――何? みんなもう集まっているのかしら」
「そうじゃないけど。
……忙しいなら出直すよ、今すぐどうこうってわけじゃないし」
「別にかまわないわよ。……髪がまとまらないだけ、気にしないで」
言われて思わずまじまじ見ても、フェイトの目に彼女の青い髪はいつもどおりにしか見えないけれど。まあ女の子の身支度にあれこれ口出しするものでもないだろう。
フェイトはとりあえず部屋に入ると、ドア脇の壁に背を預けた。マリアは相変わらず、鏡の中の自分をにらみ付けてブラシを手にしたり、ミストだと思う、何か小さな筒を手にしたり。
「で、どうしたのよ」
「――ええと。今日一日はオフってことで良いかな?」
「どうして」
いかにも一秒でも時間を無駄にしたくない、そんな感じのマリアの声に。フェイトはきょとんと目を瞬いた。
この部屋、女部屋にだって窓はある。その窓に目を向けて、
「だってさ……こんな雨だよ?」
「たかが雨じゃない」
ばっさり言われて、絶句した。

◇◆◇◆◇◆

朝起きたら、雨が降っていた。
湿度が高くてそのおかげで髪がなんだか変に持ち上がったまま直らない。
朝食までまだ時間があったから、もう少しもう少しと格闘していたら。なんだかフェイトが部屋にやってきた。やけに落ち着かない様子で部屋をマリアをうかがっていて、もっと堂々としていれば良いのにと思う。
彼女の養父のようなあのおちゃらけた自信は、年季と元の資質から身に付いていないのも当然と思うけれど、むしろ一生それとは無縁であってほしいと思うけれど。
まったく関係ないことをつらつら思って、思っていてもなかなかフェイトが切り出さないから。うすうす用件は察していたけれど、仕方がないのでマリアの方から切り出してみた。
「で、どうしたのよ」
「――ええと。今日一日はオフってことで良いかな?」
「どうして」
雨は確かに降っているし、下手な雨具ではあまり役に立ちそうにないくらいの本降りだ。確かにそんな雨だというのはマリアも見えていたし、だからだろう、フェイトのきょとんとした顔が見なくても分かる。
わけが分からなくて耳を疑って、さらにはきっとこちらの認識を疑っているのだろう。窓の方に目を移して、
「だってさ……こんな雨だよ?」
「たかが雨じゃない」
岩などの物理的なものや、あるいは雷の大サービスならともかく。たかが雨、たかが水だ。
先を急ぐ身なのだ。こうしている間にも、着々とこの世界は崩壊しつつあるのに。
――どうして誰も彼もが、マリアは先を急ぎすぎだと無責任に笑うのか。
マリアは大きく息を吐く。
分かっていないフェイトは、固まったまま動かない。

◇◆◇◆◇◆

「Temp.コントローラ」
「?」
「現状打破には使えるものは使うべきでしょう。一日だって無駄にすべきじゃないのよ。分かっているの? 冗談やら誇張やら、脳内妄想でもなくて。文字通り私たちが「世界の命運を担っている」のよ。これを使ってどうにかなるなら、使わない策はないじゃない」
Temp.コントローラ。周囲の大気を吸着し半固定化することによって、外の状態に影響されることなく装着者周辺の温度と湿度を一定に調節する機械。どんなにひどい雨でもつまりは水でしかないから、確かにこの機械を使えば天候に左右されることなく旅は可能かもしれない。
早口でさらに飛び飛びのマリアの説明にどうにかこうにか追い付こうと、フェイトは必死で脳味噌を働かせる。彼女と話をするといつもこうだ。別に自分の頭の回転が鈍いとは思わないけれど、彼女の脳の回転には遠く及ばなくて。
「水たまり……ドロはねとか、」
「いつも返り血浴びているくせに、そんなこと気にするのキミは?」
「未開惑星保護条約が、」
「……久しぶりに聞いたわね。
さすがに町中では使えないから、出入口、まではいかなくても周囲の目がなくなるまでは「普通の」移動をするか、機械の設定出力を押さえるわ。当然じゃない。幸いこの雨よ、距離さえおけば何か違和感があってもごまかせるわ、気にすることじゃないと思うけど」
「……ネルさんにアルベル……」
「それこそ今さら、ね。ディプロやらアクアエリーやらに乗せている身よ。こういう機械があるって言うだけで、詳しい説明なんかしなくてもああそうかですむじゃない。
コントローラ渡したところでこの星の、というか彼らの技術力じゃあ量産は不可能だし」
「……あの、あんなマニアックなもの、」
「まあ、クリフから大体聞いていたから。クリフもクリフよ、なんで今まで使わなかったんだか。
マニアックでもなんでも、クォークでは標準品だから。この前の補給の時に人数分用意しておいたわ」

はいこれ、と手渡されたものに目を落として、フェイトは深く息を吐いた。頭の回転が速いマリアには、ことごとく先手を打たれて打つ手がなくなる。いつも彼の方が先に手詰まりになる。
――こんな雨だから旅は無理だね、とかなんとかいって納得させて、
――今日は何をしようか、とか言って、居心地が悪いけど居心地の良い彼女のそばで、
――今日一日、のんびりしようという彼の目論みは、
「――まだ何か?」
「いや。……いつもみたいに食堂でミーティング、は無理だな。いや、大まかなのはできるけど。
出発前の部屋に引っ込んだところで、僕とクリフがアルベルにこれの使い方教えるから。ネルさんのほうは、頼むよ」
「多分そうだと思って、もう説明しておいたわ」
――ああ、そういえば。朝の打ち合わせがどうとか言っていたあのときのネルは、なんだか手に入れたばかりのおもちゃをいじる子供とよく似た目をしていた、ような。
――マリアの説明で手に入れた、彼女にとっての「未知の機械」を。ちょうど使うことができて、それで変に喜んでいたのかもしれない。
「……完敗です、僕が悪かった」
「……? 何わけの分からないこといってるの。ほら、もう行くわよ」
「マリア、髪は??」
「もうあきらめたわ。放っておいて」

◇◆◇◆◇◆

――今の僕ってまるで道化だよな。
存在は知っていても今まで使う機会がなかったから、まるでその存在を忘れていたから。だからほとんどはじめててにするそれを。マリアにぐいぐい背中を押されて食堂に急ぎながら、フェイトは軽く放り投げてキャッチして、懐に押し込んだ。
――先を急ぐ意味も、その意義も分かっている。
――それでもたまにはのんびりしたかったのに。
「ほら、フェイト」
「うん、分かってるよマリア」
窓の向こうはやはりかなりの雨で。
たとえコントローラがあってもこの中を出て行くのか、と。せっかくのマリアとのんびりする機会が、と。
フェイトは大きくため息を吐いた。
まったくもう、とあきれて腰に手を当てながら、長い髪を後ろに流すマリアは。
――けれどやはり美人だな、と、まるで関係ないことをぼんやり思った。

―― End ――
2005/09/18UP
フェイト×マリア
OFP
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Was wollen wir heute noch unternehmen?
[最終修正 - 2024/06/25-09:59]