「特別扱い」なんて、ていのいい「仲間はずれ」だと思う。

―― Ablehnung

確かに、少し疲れているのかもしれなかった。もともとそんなに体力のあるほうではなかったし、なにより慣れない未開惑星でほぼ慣れないメンバーで慣れないアナログな旅生活などをしていれば。疲れがたまるのも、当然かもしれなかった。
でも。
それはあくまでマリアの事情であって、他のメンバーは関係ない。多少の無理でメンバーについていけるなら、無理がきく限りは無理を続けようと思った。マリア一人のために旅の脚を止めるわけにはいかないと思った。本当に限界がくる、そのラインをしっかり見極められれば、それさえ回避したなら。誰にも迷惑をかけずにすむはずだった。
だからマリアはいつだって平気な顔をしていたし、それがまるきり演技だったわけでもない。
――少なくとも、彼女にとっては。

◇◆◇◆◇◆

「マリア、大丈夫かい?」
「平気よ。私の心配するより、自分の足元注意することね」
バール山道にて。お世辞にも足場の良くないそこでうっかり小石を踏み付けて。がくんと姿勢を崩したマリアを、心配顔を前面に出したフェイトがあわてて支えた。
純粋に心配されているのに、反射のように憎まれ口を返してしまって。マリアがしまったと思うよりも早く、むっとふくれたフェイトがぷいとそっぽを向く。
――今ならまだ間に合う、「ごめんなさい」の一言ですむ。
一秒ごとに後悔が積もって、けれどマリアの口は音を出してはくれなくて。謝るなら早いうちがいいとりくつではわかっているのに、やはり声が出ない。あえぐように口をぱくぱくするマリアを顔をそらしたフェイトは見ていなくて、それ以上の何かが起きる前に。
ドラゴンが現れて。

◇◆◇◆◇◆

そして感謝と謝罪をしそこねたのが昼前。うやむやになったそれを一日引きずったマリアは、寝る前、銃の分解整備をしながら深い息を吐く。
――何を、しているのだろう。
自分でも頼りにしている頭は、いつだって最善の答えをはじき出すのに。それなのに、考えるのとはまるで違う行動に出てしまうのはなぜだろう。その行動を、明晰な頭がさいなみ続けて。――たとえば寝ることで状況がリセットできたらと、叶うはずのない逃げを妄想してしまう自分が情けない。
――なぜ、他者を拒絶してしまうのだろう。
本当に悪意を持った相手ならともかく、純粋に心配してくれる優しい人を、なぜ。
自己嫌悪に陥りながら、手だけは正確に動く。ばらばらになった部品一つ一つを油を染み込ませた布で拭いて磨き上げて、作業だけはどんどん進む。
数えるだけになった部品をいつもの手順で磨きながら。マリアは深く深く息を吐く。

そんな彼女のすぐ近く、「脇」と言うには少し遠い微妙な位置に。なんだかだるそうに近付いてきた人影が、何気なく腰を下ろした。
「? ……!!」
目を向けてその目を疑って目元をこすって。ぴくんとひとつ跳ねるとあわてて目線をおろして、部品磨きに集中しているふりをして。
そんなマリアに気付いているのかいないのか、彼女の横に腰をおろした人物――青い髪のパーティリーダーは。抱えてきた自分の鎧と武器をどさりと下ろすと、いかにも面倒そうに手入れをはじめた。

◇◆◇◆◇◆

――良い夜ね、星がきれい。
――何しに来たの。
――昼間は、悪かったわ。
明晰なマリアの頭はいくつもの話しかけるきっかけを提案して、けれど口が動かない。焦る心と裏腹に、マリアの手は正確に動いて、磨き終わった全部品をパズルよろしく組み立てはじめる。
――黙っていては、だめなのに。
――フェイトが何を考えているのか分からないけれど、
――これは、絶好の機会なのに。
頭のどこかが冷静に指摘して、心はいよいよパニックにぐるぐるして、手はどんどん平気で動く。細かい部品を定位置にくみ上げていく。
これが終わったら、この場をあとにすべき、だなんて。そんなはずはないのに。
なんだかカウントダウンが進むようで、マリアの心はどんどん焦る。

「――クリフが、言ってたよ」
「ひゃ、……え、え……?」
意表を突かれた。びっくりして、変な声を上げてしまった。
無様な自分に舌打ちをするよりも早く、混乱したマリアは混乱した頭でその頭が許す最高速度で。フェイトの言葉を、その意図を汲み取ろうと必死に動きはじめる。
「あいつをクラウストロで育てて本当に良かったのか、オレたちが育てることで本当にマリアのためになってたのか、って」
「え……?」
前後の脈絡が分からない。ヒントを探そうにも、フェイトと口を聞くのはあの戦闘の前、マリアが彼の親切を踏みにじって以降半日ぶりだ。
たった半日しか経っていないのに、なんだかマリアの心がフェイトの声を、
――「懐かしい」と思っている。

◇◆◇◆◇◆

ただでさえ周囲には大人しかいなくて、しかもクラウストロ人ばかりだった。すべての身体能力において地球人はじめ大抵の異星人の能力を軽く凌駕するクラウストロ人に囲まれて、地球人のマリアが肩肘はらないはずがなかった。
聞き分けのいい、頭の良い娘だったからなおさらに。
「大丈夫?」の声を聞くたびに、心配してくれて嬉しいと思う反面なんだか淋しかった。公言しなくても体格や、首元を見ればマリアが異星人だということはすぐにでもばれる。ばれたから、上位に立っている彼らクラウストロ人が劣っているマリアを心配するのは当然で、その理屈はマリアにも理解できたし今でもちゃんと分かっている。
分かっていても、やはり「大丈夫?」の声がマリアは嫌いだった。
言う方は何気なくても、それが親切心から出ているものと分かっても。――それでも、淋しかった。嫌だった。

そうして気が付けば、「大丈夫?」の言葉そのものが、ひどいコンプレックスになっていた。

◇◆◇◆◇◆

マリアは目を瞬いた。一瞬過去へトリップしていた意識が元に戻れば、手元には組み立て終わった銃があって。
隣に座ったフェイトが、なんだか少しだけ近くなったような気がする。
「僕が悪かったよ。マリアの事情を考えずに、嫌がることをした」
「……そ、」
「勝手にすねて、勝手に距離を置いた。ごめん、僕が悪かった」
「そんなことないわよっ!」
びっくりするような大きな声が上がって、それが自分の声だと気付いて、マリアは頬が急激に熱くなったのを感じる。こんな声、出すのはどれくらいぶりだろう。大声と通る声は違うから、「クォークリーダー」は感情をあらわにすべきではないと思ったから。
声を殺して感情を殺して、それが普通になっていた。
「わ、悪かったのは私よ! 心配してくれたのに、それをはねのけたのは私の方っ」
頬が熱い、明晰なはずの頭脳が黙り込んでしまって勝手が違ってどうすればいいのか分からない。余裕がない自分だけは分かって、それが恥ずかしくてマリアはフェイトの方に目を向けられない。
「うん、心配したんだ。マリアは見た目からしてこんな山道歩くのが合わないと思って」
「……見た目で判断するものじゃないわよ。確かに山道歩くことは慣れていないけど」
――フェイトの声にこもる吐息は、笑っているのだろうか?
呆れられているのかもしれない、でも多分怒ってはいない。と、思う。

◇◆◇◆◇◆

「でもさ、クリフに、マリアは特別扱いされるのを嫌がるって聞いてさ」
「……だって、「特別扱い」なんて、ていのいい「仲間はずれ」じゃない」
呆れられていないと思ったら、なんだか勝手に口が動いていた。マリアは驚いて思わず息を止めて、言葉もそこで途切れる。反射的に握りこんだ銃は、セーフティが効いていたせいでがきっと引き金が止まって、そうでなかったら一発、どこぞに向けて発射していたかもしれない。
危ない。
こんな危ないものを今の自分が持っていたら危険だ、と。あわててホルスターにそれを突っ込む。そんないっぱいいっぱいのマリアを見て、ちらりと横目でうかがったフェイトはかすかに肩を震わせている。
「――マリア」
「何よっ!」
喧嘩腰の返事、しまったと後悔したマリアは、けれど次の瞬間爆笑を返されてむっとした。武器も防具も放り出したフェイトは、何が楽しいのか腹を抱えてひーひー言っている。
笑いすぎだ。
「フェイト、キミね!」
「――ま、マリア」
「な、何よ……っ」
「……かわいい……!」
「……っ!!」

頬が熱い、頭の芯が熱い。冷静なマリアが脳内のどこにもみつからない、それが不安ではない。
――なぜ。
――なぜ、フェイトと一緒にいると、私は、
一体どんなツボにはまったのか、苦しそうに笑い続けるフェイトに。いい加減むかっとしたマリアはぐっとこぶしを握り締めた。ぽかりと殴りつける直前、その手に何かを握っていることに気が付いて。手を開けたなら銃の部品がひとつ、そこにあって。

唖然とするマリアに再びフェイトが吹き出した。
かあっと首筋まで赤くなったマリアが今度こそ手近な小石を彼に投げ付ける。

「特別扱い」なんて、ていのいい「仲間はずれ」だと思う。
――思って、いたのに。
フェイトの「特別」になれるなら、それも悪くないな、と。
思った自分が、マリアは信じられない。

―― End ――
2005/09/22UP
フェイト×マリア
OFP
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Ablehnung
[最終修正 - 2024/06/25-10:00]