目が醒めたらあなたがいて、
とても、……とても満ち足りた気持ちになった。
――マリア。
「ん……」
やさしい声がする、どこか懐かしい声がする。
――マリア……。
大きな、というほどでもないけれど、決して小さくはない手がゆっくり髪をなでる感じがする。
――マリア?
それは、とても……とても幸せな気持ちがして。
もっともっと、このままでいたくて。
けれどそれと同じくらい、起きなきゃ、と気持ちが焦って。
マリアはゆっくり目を開けた。
思いがけず至近距離に――というか。むしろフェイトの脚を枕に。寝ている自分を発見する。苦笑しながら、そんな自分の髪をゆっくりなでるフェイトを発見する。
「…………!?」
わけが分からなくて凍り付いたマリアに、ああ、起きたんだ、とフェイトが笑いかけてくる。
「おはよう」
「お……っ、あ、あの、フェイト……!?」
――いつも年齢以上に落ち着きすぎているだのかわいげのないだの陰口を叩く輩に、この姿を見せたらどんな顔をするだろうか。
いっそ頭の隅がそんな風につぶやくほどの狼狽を見せて。
マリアは息を吸った。
大きく吐き出して、落ち着こうとする。
――ええと。
確か、昨日町に入って。一泊明けて今朝、買い出したい荷物があるだのクリエイションがどうのいつものようにまとまりなくメンバーがそれぞれ主張して。たまには一日自由行動にしようと誰かの目が訴えていて。
そうだ、数日前から何となくのどの奥がかさかさする感じが気になっていたから、養生するつもりで。だから、自分でも珍しいと思いながらも仕方がないわねとうなずいて見せて。
そして、そして……?
それから、この状況へのクッションが見当たらなくて、マリアの頭がぐるぐる回る。
「何かさ、最近どうも剣の重心がぶれてる感じがしてさ」
のんびり上がった声に、びくんとマリアの身体が跳ねる。けれど声は気にしないように、続けてどこまでものんびりと、
「アルベルに言ってみたら、手入れがなってないからだってこてんぱんにのされてさ。だから、こなくそ、とか思って剣の手入れしてたんだよ」
そういえば起き上がるタイミングを逃がして、いまだマリアはフェイトの脚に頭を乗せている。そろっと体重を移動させて起きようとして、けれどそれを邪魔するようにフェイトの手がゆっくりマリアの髪を梳いて、
なぜだかたったそれだけでマリアの身体から力が抜けて、
「で、そこにマリアがなんだか顔を出して。
――なんだったかな、暇だ、とか言ってたっけ?
それで、僕と背中合わせに通信機いじっててさ。気が付いたら船扱いでて」
そういえば、一応用心にと風邪の初期症状に効く薬などを服用したような気がする。用法容量は守ったつもりだったのに、何か不備があったのだろうか。薬に酔ったような感じにでもなったのだろうか。
記憶のないマリアが青い顔をして、けれどフェイトはくすくす笑って、
「寝るならちゃんとしたとこで寝ないと風邪引くぞって言ったんだよな。そしたら、じゃあ枕になれとか、……マリア、自分がそう言ったの覚えてるかい?」
――覚えていない。
――まったく、覚えていない。
ぶんぶんと首を振って、きっと耳どころか首筋まで赤く染まって、今すぐブラックホールに呑まれて小さくつぶれて消えてしまいたいくらいに恥ずかしいのに。
くすくす笑うフェイトの手が手持ち無沙汰にマリアの髪をいじっていて、動けない。
その手が、手の動きが気持ちよくて、動きたくない。
……そんな風に思う自分が何より信じられなくて。
「驚いたけどさ、まあ、別に重くもなかったし剣の手入れなんてどんな姿勢でもできるし。
マリアはなんだか気持ち良さそうに寝ちゃうし」
くすくす、フェイトの小さな笑いはおさまらない。あまりに楽しそうに笑うので、そこまで馬鹿にされるほどのことかと思わず噛み付こうとしたマリアは、
「――良く寝たかい?」
タイミングよくやさしい声で訊ねられて、ぐっと息を呑んだ。
半分は薬のせいだとしても、残りの半分はそうではないと思ったから。けれど認めたくなくて、否定も肯定もしないで黙り込むしかできなかった。
悔しくて、なのにどこか満たされた感じがしてそれが余計に悔しくて、きっと赤い顔のまま、ひょっとして薄く涙の浮いた目でにらみつけるしかできないマリアを。その目を、フェイトの手が覆う。視界がふさがれて、マリアが身をよじる。
「――いつも、マリアががんばってるの知ってるからさ」
今度こそ身体を起こそうとするのに、暴れるのに。やさしい声はその動きを邪魔する。
「だから、僕がただこうしているだけでマリアがたまにゆっくり休めるなら、それも良いと思ったんだ」
動きを邪魔して、動くだけの力を奪って。悔しい、たかが言葉一つで、心ひとつで動けなくなってしまう。
「みんなが帰ってくるまでにはまだ間があると思うし、そうだな、昼くらいまではまだまだゆっくりできると思うし。
さっきのマリアの寝顔見てたら、なんだか僕も眠くなってきちゃったし」
動けなくなって、あたたかい何かがマリアの心を満たして。悔しい悔しい悔しい。ささくれている心になんて気付きたくなかったのに、たかが言葉に癒されているこの心は、きっと疲れているのだと思う。
ぼろぼろに傷ついて、さきざきにひび割れて。きっとずたぼろにささくれ立っているのだと、知ってしまう。
「もうちょっと、寝ようよマリア。
――寝れば、調子が悪いのもきっと治ると思うしさ」
……知っていたのか。
悔しい気持ちと、意地を張る必要がなくなったようなほっとした安堵と、隠していた部分を勝手に知られていてやっぱり悔しい気持ちと。そんな悔しい気持ちを子供っぽいと笑う心と、そのくらいの芸当できなきゃリーダーとは認めないわと偉そうな気持ちと。
ないまぜになった心を隠すために、マリアは目を閉じた。
フェイトの手に隠されていた目を閉じて、それこそ薬の効果に違いない、また一気に意識が沈んでいく。
くすり、最後に笑うような吐息なんて知らない。
やわらかく頬に触れたものがなんだったかなんて、知らない。
目が醒めたらあなたがいて、
とても、……とても満ち足りた気持ちになった。
世界が自分がすべて満たされた気持ちになって、
とても、……――とても幸せだった。
