多分、誰よりも。
「……マリア」
「何よ?」
フェイトが困ったように訊ねて、マリアはつっけんどんに返した。パーティメンバーはとばっちりを受けないような距離を取りつつ興味津々聞き耳を立てていて、クリエイターたちもどうやらそれにならっている。
「あのさ、言いたいことがあったらはっきり言ってほしいんだけど」
「あったら言ってるわよ、いちいち言われなくても」
現在地、ペターニの工房。一行は本日ひたすらクリエイションをくり返していて、しかしあまり成果は上がっていない。
原因は多分、何かに怒っている青髪の彼女だと思われる。
ぎすぎすした雰囲気に当てられて、工房内すべての人間が悪影響を受けているような。
……まいったなあ。
整った横顔はどこまでも無表情で、しかしそれが彼女の激怒したときの反応だと知っているから。フェイトはそんなマリアに気付かれないように、静かに息を吐き出した。
……僕、何かしたっけ……?
マリアが怒っていることは、それなりに彼女と付き合いのある全員が言われなくても悟っていた。それも、少しばかりすねている、というよりはむしろ、――激怒している。感情をあまり表に出さないタチのマリアは、怒れば怒るほど怒りを内に内にため込んでいく。本人は押し殺しているつもりだろうけれど、そうして内にため込んだ分、雰囲気は確実にどんどん怖くなっていく。
そして押し殺すことが限界に達したとき、どうなるのかは。――けれど今のところ、フェイトは知らなかった。何度か限界ぎりぎりに直面したけれど、そのたびに多分彼女の養父あたりがうまく立ち回って、その怒りをどうにか発散させていた。
その具体的な「何か」を訊ねておくべきかもしれない、とフェイトはぼんやり考える。
原因はさっぱりだけれど、どうやらマリアは彼に腹を立てているらしい、というのはなぜか分かったから。
そんなマリアの手に現在あるのは紙とペン。何か執筆するつもりらしい。
すごい勢いで紙を埋め尽くしては、しかしすぐにそこかしこに取り消し線を引いたり付け加えたり、そのうちぐちゃぐちゃになってわけが分からなくなって、癇癪を起こしたようにそれを破いて丸めるとゴミ箱に放り投げる。
そしてフェイトの手にあるのも同じく紙とペン。しかしこちらは手にしただけでまるで動く気配もなく、こそこそマリアをうかがってはにらまれてそっぽを向いて、何かを書こうと空中をうろうろして結局すぐまた動きが止まる。
一緒に執筆をはじめる前は、一緒に調理をしていた。その前は調合、さらに前は錬金。特筆するほど腕が良いわけでもない二人だけれど、今日はまだひとつもアイテムを作っていない。一度もクリエイションに成功していない。
材料と時間と所持金だけがどんどん消費されていく。誰もが怖くてツッコミを入れられない。
……何をしたっけ、僕?
フェイトはぼんやり考えてみる。
朝は、いつもどおりだった。低血圧気味のマリアは朝に弱いらしく、見た目は起きているのに寝ぼけていることも実はけっこう少なくない。今日もそんな感じで、ただ、それでも誰かが大袈裟に驚いたり吹き出して笑ったりするような失敗は、別にしていなかった。
フェイトももちろん、マリアが寝ぼけていることに気付いていないふりをして。多分それに、寝ぼけていたマリアは気付いていなかったはずだ。
メンバー揃って朝食、その最中今日の予定を話し合った。というか、フェイトが思い付きを提案して、他メンバーがそれに賛成するか反対するか、なのだけれど。その時点でそろそろ脳ミソが稼動しはじめたマリアが、今日はクリエイションしたいなと漏らしたフェイトに、にさん質問して、ツッコミを入れて、じゃあフェイトの意見どおりにしましょうかとその場をまとめた。
この時点でも、別にマリアは怒っていなかったと思う。
現在、昼を少し回った時刻。あれこれ思い浮かべるにはまだ半日しか経っていなくて、しかしいくら考えてもマリアの機嫌が悪くなったような要因は見つからなくて。大体、いつごろからマリアの雰囲気がこうなってしまったのかさえ、フェイトには分からなくて。
「……マリア、」
「何」
「なんだか執筆もうまくいかないみたいだしさ、気分転換にちょっと休憩とか、」
「フェイトだけ休めばいいわ。私はもう少し続けるから」
休憩にしてお茶にして、甘いものを食べさせれば少しは機嫌も良くなるかも、というフェイトの考えはあっさりついえた。また新しい紙をダメにしたマリアに、フェイトは彼女に聞こえるような特大のため息を吐く。
「……キミこそ言いたいことがあるならはっきり言ったら?」
「…………」
言えるなら、とっくに言っている。訊ねていながらその実まるで聞く耳を持たないようなマリアに、何を言えばいいのか分からないから。筆を置いた彼は、とりあえず右手でこめかみあたりをぐりぐりやって、
「マリアさ……何怒ってるんだ?」
「何のこと」
単刀直入に訊ねてみれば、あっさり否定される。
「朝からずっと……じゃないけど。午前の休憩あたりからなんだか一気に機嫌悪くなってるじゃないか」
「気のせいよ」
白い紙を埋め尽くす勢いで動いていた筆が、また止まって。とんとんと苛立たしそうに点をいくつか打って、いくつか修正したと思ったらまたそれはぐしゃぐしゃに丸められて。
左手で前髪をくしゃりとやったマリアが、きしりと歯を食いしばるとまたものすごい勢いで筆を動かしている。今度は二枚目までその勢いが続いて、しかしページまんなかあたりでまた手が止まって、
「多分僕が何か無神経なこと言ったと思うんだけどさ」
「違うわよ、だから私は怒ってなんかいないわ。とりあえず、これ以上邪魔しないで」
「だって、さっきから今だって、ペースは同じじゃないか。僕が話しかけようが話しかけまいが、全然進んでな、」
「邪魔しないでって言ってるでしょう!」
「だってマリア僕に怒ってるんだろ!? まわりの迷惑になってんだよ、当たるなら僕に当たれば良いのに!!」
「大きい声出さないでよ最低!!」
「最初に怒鳴ったのはマリアじゃないか!」
いらいらしていたマリアが、とうとう鋭く言い放った。マリアのいらいらが影響して、こちらもずいぶん限界に近かったフェイトが爆発した。取っ組み合いのケンカでこそないものの、互いに互いを抉るような言葉の応酬に、聞いている周囲の顔が引きつっていく。
「――「アレ」で通じる関係がうらやましいなんて、私が言ってどうなるものでもないじゃない!!」
「一体なんの話だよ!?」
そしていきなり、マリアがばっと口元をおさえた。深く考えず言い返してから、彼女のその反応にゆっくり何を言ったか思い出して。フェイトの顔が、まるでどんな表情をして良いのか分からないというように、一気にふやけた。
「……ええと、それは……クリフとミラージュみたいに?」
「……忘れて、ただ単にすねていただけだから」
決まり悪そうにもごもごつぶやいたマリアが、いつの間にか立ち上がっていたイスに、すとんと腰をおろす。ペンを握りしめて執筆に戻るふりをして、ただその青い髪からのぞく耳が、隠しようもなく真っ赤に染まっていて。
多分、誰よりも。
誰よりも自分に共感してほしくて、自分も共感したくて。そんな風に思っていて。そういう風に思っていることを知られたくなくて、それでもやはり気持ちを共有したくて。
普段尖っているけれど、その実とても淋しがりで。
普段聞きわけが良いけれど、その実かなりワガママな。
――彼女がフェイトを探していたのは「仲間」がほしかったからだと、かつて聞いた。
――多分当時はそのとおりの気持ちで、今もそうかもしれないけれど。
――そのつもりかもしれないけれど。
「……今度さ、アレ食べに行こうか。今日のおわびに、おごるよ」
「アレって、何よ……」
なんとかその場をフォローしようとしたフェイトの誘いに、消えそうな声でマリアがツッコんだ。赤くなった顔を見られたくないのか、顔を上げてくれないのでその表情が読めない。困ったフェイトはぽりぽりと頬を掻く。
「何でも良いよ。マリアの食べたいものおごるから」
「……ばか」
――さて、このあとどうしよう。
うつむいたまま、結局いつまでも顔を上げてくれないマリアに。フェイトはゆっくりと、手をのばす。
