言った彼女の目は、言い切った彼女の目は揺れていたけれど。けれどその翠はどこまでも強くまっすぐ前を見て、どこまでもはるかな前を見て、
――かなわない、と思った。

―― Ehrlich gesagt

その日の戦闘で。
そろそろ周囲にうろつく敵も強くなってきて、戦い方に余裕がなくなってきた。とりわけその時、敵の数がやたらと多くて、仲間に気を配る余裕は誰にもなかった。
だからフォローできなくて、気が付けばマリアが力なく地に横たわろうとしたところで、
急いで蘇生すれば大丈夫、そう分かっていたからなおさら――焦った。
戦闘の最中に蘇生させる余裕がなかったから、ひたすら焦れた。

◇◆◇◆◇◆

「ん……」
小さくうめき声、長いまつげがふるりと揺れて、ぼんやりと翠が開く。焦点を結ばないまま二、三度瞬いたと思ったら、心配で覗き込んでいた彼と額をぶつけそうな、そんな勢いで起き上がった。
「マリア、……まだ無茶するなよ、もう少し休んでから、」
「敵は!? ……倒した、の、かしら……」
「あ、うん。だから心配しないでもう少し寝てろよ。な?」
周囲を見回して、独り言のようにつぶやくのに返事をして。血の気のないその顔色にせめて赤みが戻るまでは、と止めるフェイトの手をつかまえて、マリアはゆっくり首を振る。
「……だめよ。私以外は? みんな無事かしら」
「今治療してるよ。誰か呼んでくるかい?」
だから待っていろと止めようとするのに、彼の手を握るマリアの手は冷たい。どう見ても大丈夫ではない彼女は、それなのに自力で立ち上がって、
「無事ならいいわ。……歩きながらでも回復はできるわよね。行きましょう」
「マリア、そんな、」
「無茶でもなんでも! こうしている間にも銀河が消されようとしているのよ!? のんびりしている暇なんてないんだから!!」
――けれど歩き出そうとしたところで、身体の動きに血が追いついてこなかったのだろう。崩れるように地面にしゃがみこんでしまう。

――いつもそうだ。
フェイトはやるせない気持ちに顔をしかめた。
――いつもいつも、いつも。
――マリアは誰に対しても平等に厳しくて、彼女自身にはさらに厳しい。
――倒れるぎりぎりを「限界」に決めて、余裕をどこにも見ないで、
――そうしていつだって、常に先へ先へと急ごうとする。
指摘したところで、マリアは平然と肯定するだろう。それがどうしたの、とでも訊ね返してくるだろう。
単純に価値観の違い、以前の問題で。
きっと彼女には、いつか倒れてしまうのでは、とはらはらしながら見守る者たちの視線を、理解できない。
――まったく、どうして……、

◇◆◇◆◇◆

「――どうしてそこまで、まるで急かされているみたいに、先を急いでいるんだよ?」
ぽろりとこぼれた疑問に、ようやく立ちくらみから回復したのか、ぱっと顔を上げたマリアがいかにも不思議そうに、少し腹立たしそうにフェイトに顔を向けた。
「銀河が、」
「知ってる、分かってるよ。……こうしている間にも、そうだね、確かに星のひとつ二つは消されているかもしれない」
「分かっているなら、疑問なんて出てくるわけないでしょう」
「疑問だらけだよ」
立ち上がろうとする彼女に手を貸して、けれどその手をつかんで離さないで。歩き去ろうと、ひたすら先に急ごうとするマリアを邪魔する。
「……フェイト、」
「分からないことだらけだよ」
叱るようなマリアの声に、ゆっくりと首を振る。

「星の一つや二つ、確かに消されているかもしれないけど。それって大半が、誰もいない、生命さえ存在しない単なるでっかい石ころのはずだろ。確率の問題で、じゃあ、その星に生命が存在していたとして。
――消された生命、その誰かが。会ったことも、見たことさえないその誰かを、どうしてマリアがそこまで必死になって助ける必要があるんだ?」
けれどドライなその言葉に、マリアの目は揺らがない。揺らぎもしないでそよぎもしないで、今までと同じように、感情の読みにくい翠はまっすぐ彼を射ていて、
「僕は僕の知らない誰かが生きようが死のうが。僕が行ったことがない、これから行くこともない、その存在さえ知らないどこかの星が破壊されようが。はっきり言うとね、そんなのどうでもいいんだ。
――でも、放っておいたら僕の知っている誰かが殺されるかもしれないし、僕の行ったことがあるどこかが破壊されるかもしれない。地球はもうだいぶ攻撃を受けてぼろぼろだし、またどこかでそんなことになるかもしれない。
それが嫌だから、今ここにいるんだ。
……だから、自分が無茶をしてまで先を急ごうとするマリアが、僕には分からない」
長々としゃべっている最中も、しゃべり終わってからも。彼の握る華奢な手に、力さえこもらない。まっすぐな翠はやはりまっすぐに、これ以上ないほど利己的なフェイトを映して、動かない。
責められているとは思わない、けれど責められているのだろうか。
フェイトには、分からない。
マリアが分からなくて、

◇◆◇◆◇◆

「――知らない人や場所がどうなろうが、かまわない、ね。
そうね、確かにそれもアリだわ。そう考えれば、今ここでムキになる必要も、確かにないわね」
どのくらい見つめ合っていたのか、分からない。やがてマリアがささやくように言って、その翠に吸い込まれかけていたフェイトははっと我に返った。頭の中でたった今聞いたマリアの言葉がくり返されて、じゃあ、と意気込もうとした矢先、けれど、
「それはそのとおりよ。――私だって、言うなら、知らない誰かが知らないところで、星ごと消されたところで、それがどうしたって思うわ」
けれど続く言葉でタイミングを見失って、そんな彼に気付いているのかいないのか、さらにマリアは淡々と、
「正直に言うとね、私もそういうのはどうでも良いの。嫌なのは一つだけ、」

ぐっと翠に力がこもった。
いまだつかみ止めたままの小さな手に、信じられないほどの力がこもった。

驚くフェイトに、翠が、
「――私は、誰かの思い通りになるのが嫌なだけ」
先ほどの彼の言葉よりも、シンプルで利己的な言葉を、吐く。

◇◆◇◆◇◆

――別に、死ぬのが怖いわけじゃないわ。
多分唇がそう言いかけて、しかしそれは途中で止まって。そのころになってようやく血の色が戻ってきた顔が、それでも白い顔が、
「私の運命を別の誰かにいじられたくないから、私は旅をしているの。たったそれだけよ。
――さあ、先を急ぎましょう」
握ったままの彼の手を逆に引っ張る。
引っ張られて、フェイトも今度ばかりはそこそこ素直に歩き出す。

――世界なんてどうなってもいい。
言った彼女の目は、言い切った彼女の目はその瞬間実は揺れていたけれど。けれどその翠はどこまでも強くまっすぐ前を見て、どこまでもはるかな前を見て、
――かなわない、と思った。
――きっと何を言っても、マリアを止めることはできないのだと。
そう思ったら、なんだか。

……きっともう、笑うしかない。

くすくす笑うフェイトに。
マリアの翠が一瞬だけ、笑いのかたちに細くなる。

―― End ――
2005/12/14UP
フェイト×マリア
OFP
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Ehrlich gesagt
[最終修正 - 2024/06/25-10:00]