ただでさえ見えない心は読めなくて、
それが彼女の心ともなると。
「……マリア、今いいかな?」
「フェイト? どうしたのよこんな時間に」
寝るまぎわ、とまではいかないけれどだいぶ遅くに。部屋のドアをノックしたなら、のぞいた顔が、不思議そうに不審そうにかしげられた。
「非常識じゃないの?」
「ええと……いや、そうなんだけどさ。思い出した時に渡しとかないとどんどん忘れそうで」
「?」
きょとんと無防備に瞬くマリアは、いつもの鋭い凛々しさとはまた違った魅力がある。落ち着いた雰囲気がいつもは大人びて見せているのに、むしろそのギャップが、ずいぶん幼い印象を与える。
頼りない、思わず保護欲をかき立てるような。
そんな風に見えて、そういえば湯上りの色っぽさも付加されていて、別に大した用事があるわけではないフェイトはどきどき騒ぐ胸元をぐっと押さえつける。
そうして、へらりと笑ってみせる。
「……用がないなら、」
「いや、あるよ! ちょっと渡したいモノがあって!!」
あわてるあまり裏返りかけた彼の声に、閉じかけていたドアの動きがぱたっと止まった、怪訝そうに再び見上げてくる翠に、彼は笑ってみせる。
そして懐に手を突っ込んだ。
――いつの間にか、むしろ出逢った最初からかもしれない。
――彼の中で、彼女は特別な存在で。
――たとえば恋人にしたいとか、そんなつもりはなくて。
――けれど大切でいとおしくて、
――守りたい、いつも笑っていてほしい。そんな願いを抱いていて。
ただ、マリアの好みがいまだにフェイトにつかむことができなくて。
「ええと……、と……? あ、あったあった、これだ」
一瞬持って来るのを忘れたのかと焦ったけれど、どうにか奥の奥に目当てのモノを見つけた。ひっぱり出せば小さな紙袋は全体的にくったり疲れていて、袋のすみ、本来角ばっているはずのそこはすっかり丸みを帯びて場所によっては穴まで開いている。
――買ってから3日目、まあ、当然かもしれない。
――当然かもしれないけれど、マリアにとってはどうだろう。
お世辞にも見栄えがあまりよろしくないそれをしげしげと眺めて、けれどそんなフェイトごと待っているマリアに気が付いてあははと笑みを向けて、
「これ。……前、なんだか気にしてたようだったから」
「??」
「あのさ、ごめん。渡す機会がなかったりうっかり忘れていたりで、袋ずいぶん疲れてるけど」
「――別にかまわないけど。中身が破損してなければ」
「それはまあ、大丈夫だと思うよ。たぶん」
――開けてもいい?
当然のように訊かれた言葉に、
――ええと、あげた以上ダメなんて言えないけど。けど、大したものでもないからちょっと恥ずかしいかも。
――そう?
本当にもったいぶるほどでもない、単なるキーホルダーが脳裏に浮かぶ。強くはないけれど控えめな拒否の声を、ちゃんと聞いてくれるマリアが嬉しい。
数日前買い出しに出て、時間があるからと露店を冷やかした。買うつもりはまったくなかったけれど、どうやらその中の一つをひどく気にしているマリアのうしろ姿が気になった。
ただ、何を気にしていたのかは。結局フェイトには分からなくて。
たとえば幼馴染の少女なら、好みを把握している。
たとえば赤毛の女隠密なら、実直な性格から何を好むか想像がつく。
けれど、これがマリアとなると。何が好きなのか何をあげたら喜んでくれるのか、何を目にしたらいやがるのか。
いまいちフェイトには分からなくて。
それでも、マリアを喜ばせたい気持ちは確かにあって。
読めない彼女の心を、うかがって楽しむような性格はしていない。当たりならいい、でもハズレだったらどんな反応がくるのか想像が足りない。ことマリア相手になると何もかもがフェイトの想像力には余って、
けれどそれなのに関わりたがって喜んでもらいたがる、そんな心が自分の中にあって。
悩んで迷って、それで渡すのが遅れた。延々三日間丸々悩んで、吹っ切れたのがついさっき。
明日まで待ったなら決意が鈍るのが分かりきっていて、
だからこんな非常識な時間にマリアを訪ねて、どうでもいいちっぽけなプレゼントを押し付けた。
女々しい自分が情けなくて。
分かることのできない自分がもどかしくて。
それなのに。そんな気持ちを抱かせるマリアに、関わりたい。
ただでさえ見えない心は読めなくて、
それが彼女の心ともなると。
読めない、彼にはきっと一生かかっても読むことのできないマリアが。呆れたような、けれどいやがってはいない微笑を浮かべる。仕方がないわね、とでもいいそうなその笑みは。
望んでいた笑みとは少し違うけれど。
「ありがとう」
「いや、……ハズレだったらごめん」
――謝るくらいなら、
言いかけた彼女ににっこり笑顔を浮かべた。それで彼女の言葉を遮って、じゃあおやすみ、と逃げるように踵を返した。
事実、逃げるための笑みだった。
明日、顔をあわせたとき。
彼女は何を言うだろうか。
……できたら、喜んでくれているといい。
そんなことをほわほわ考えながら、ただフェイトはずかずか歩く。しばらく歩いてから、そういえば、
――そういえばさっきのあれで、マリアの機嫌損ねたりしなかったかな。
思ったなら一気に沈んで、今さら振り返ることもましてや戻ることもできなくて。
――なにやってんだろう。
一つ息を吐いた。
――彼女の心の前に、自分の思考を読みたいと。そんなことを思わずにいられない。
