ほころんだ彼女の顔が、ああ、ただ美しいと、
たとえば投げかけた疑問さえ忘れ去った頭がそんなことを思う。

―― Erfolg

並んで座って、周囲に仲間たちの姿はなくて、誰もいなくて、ただ二人で座っていた。昨日の天気のこととか今日の戦闘の反省だとか、明日通る道についてだとか、他愛のないことをぽつぽつと話していた。
風が吹いて青い髪が舞って、邪魔なモノをただ押さえつけようというように細い腕が持ち上がって、
――なぜだろう、そんなことばかりが心に記憶に刻まれていく。

「……フェイト?」
――どうしたの、眠いのかしら?
聞きようによっては喧嘩を売っているようにさえ聞こえる、斜め上から切りつけてくるようなつぶやきに。笑いの気配が小馬鹿にされているようにさえ聞こえる声に。
けれど彼は口元に淡く笑みを浮かべると、違うよ、と首を振った。
それは本当にため息のようなささやきで、口から出た瞬間に彼女に届くのか不安にさえなった。けれど改めて言い直すほどのことでもないから、彼女が聞こえなかったなら、彼女に届かなかったならそれでもまあいいやとも思う。
思った彼に。
「じゃあ、何?」
きっと届いたのだろう、それに対してこれまた大上段から剣を振り下ろすような疑問。たぶんどんないいわけにだって騙されてくれない、痛いほどにまっすぐな視線。

だからフェイトは口元をほころばせた。
他の誰かならきっと笑顔と屁理屈で丸め込んだけれど、相手が彼女では分が悪い。笑って誤魔化すのではなく、だから、ただ。
微笑んで、そして一拍のスキマにすっと息を吸い込んで、

◇◆◇◆◇◆

「――マリアはさ、なんだってあんな血眼になって僕を探したのかなって思ってた」
「何よそれ、どういう意味かしら?」
「裏なんてない、言葉どおりの意味だよ。自分の出生解明のために父さん、ロキシ博士を洗って、そこに僕の名前が出たから、……とかだっけ? けどさあ、それだけでクォーク動かして、さらには単身未開惑星に乗り込むような真似、普通はしないと思うんだよ」
――ねえ?
顔を向けて目で笑いかければ、彼のそれとよく似た、けれどどことなく確実に違う翠がすいっと細くなる。本気で激怒するとかではなくて、ただ面白くないと眉を寄せるように。
そんな彼女がとがらせた唇を動かしかけるのを、間一髪、ぎりぎりで遮るように、
「言っとくけど、別に皮肉じゃないからな」
「……どうかしら」
勢いを確かに殺がれたため息のようなつぶやき、またひとつごうと吹きつけた風に改めて彼女の髪が舞う。一度手を離して改めて髪をまとめなおした手がどうしても細い、細く、見えて、

「――残念ね、私は普通じゃないから」
「あああ、だから皮肉とかじゃなくて!」
見とれているうちに返ってきた、小さく鋭く叩きつけられた耳ざわりのいい声。分かっていて、それでもきっとそうくるだろうなあの想像そのままに返ってきた言葉に、なぜかあわてて。あわてててのひらを見せて降参のジェスチャーをしたなら、くす、笑いの気配が生まれて。
どこまでが芝居でどこからが本気で、それがよく分からないけれど。
きっとたぶんとんでもなく情けない顔で彼女を見やったなら、ほころんだならこれほど愛らしい顔が、けれどいつものすましときのように、
「そうね。……きっと私は私に賭けをしたのよ」
――ささやいた。

◇◆◇◆◇◆

「……?」
「分からないかしら?」
「――うん、僕の理解力じゃ追い付かない」
きっと純粋に疑問だったから、だから素直にこっくりうなずけば。たぶんムキになって否定すると踏んでいたのだろう、その目論見が外れていかにも驚きが、感情のさざなみが珍しく彼女の顔に浮かぶ。
してやったりの気分に、だからといって顔はゆるめないようにして。
……ああ、彼女と、マリアと接するとこんなことばかりだ。無駄とは言わないけれど関係ないところに気を配って気を使って、変に気疲れしてしまう。

ただ、そんなことを思いながらきっと表面上は一ミリだって変化のない彼の、完璧なおだやかな笑みに。果たして本当に騙されてくれたものか、彼女の顔は軽く考え込むような表情を浮かべて、
「……別に、そうね、確かに今思えばキミの疑問の通りなのかもしれないわね。あそこまでムキになる必要なんて、どこにもなかったはずだけど。
でも、私は――ポッドに乗り込んだ、いいえ、それよりも前の母と別れたあの瞬間かしら。
私は賭けたの。きっと……全部解明してみせるって、私自身に」

――この世界にきっと確かなつながりがどこにもないって、思い知らされて。
――絶対と信じていた、いえ、信じる前提だったはずの血のつながりを否定されて。
――不安定な心は、だからたぶんすがったのね。
――すがろうとして、最初に見つけた思考の泡が、きっとそれだったんだわ。

◇◆◇◆◇◆

一体彼女が何を言おうとしているものか、悔しいことに噛み砕いて説明されているはずの今でさえ、フェイトにはまるで分からない。簡単な、答えるなら二、三言でこと足りるはずの疑問に大掛かりに返ってきて、たぶん自分は面食らっているのだと思う。
――彼女の、マリアのすべてを理解したいと願う衝動に対して。
――付いてこない理解力が、これはもう悔しいとしか表現しようがないのだろう。
――感情が、まるで波のように泡立って揺れてぐらついて、

――私は、
そんな彼にきっと気付いていないのか。もしも気付いていながら、それでもこうして説明を続けようというなら、それは彼女の性格が想像以上に喰えないものだということで。
まあ、後者はたぶんないと思うから。
――私は、
歌うようにささやく彼女の顔は、まるで微笑を浮かべている。そういえば何割かの確率で彼女だって会話中に笑うこともあるし、あって当然で、そのときはいつだってこんな笑みを浮かべていたような。いつも見ているからこそそういうことのできる、確かに滅多にないけれど絶対にないわけではないその笑みで、
――私は、
ほころんだ彼女の顔が、ああ、ただ美しいと、
たとえば投げかけた疑問さえ忘れ去った頭がそんなことを思う。……ただ、思って。

◇◆◇◆◇◆

「……よく分からないけどさ、でも、マリア。
賭けなら、キミはこの勝負に勝ったかい? あれ、まだ賭けは続いている……??」
そんなこと思った頭は命令を出していないのに、口が勝手に動いた。風情も余韻も雰囲気もきっとぶち壊しで、ただどこまでも子供丸出しの声が勝手にそんなことを訊ねていて。

けれどマリアは怒り出すことはなく。
けれど彼の疑問に、今度は明確な答えが返ることもなく。

――その笑顔が、すべてを物語っているのかもしれないな、と。

思うフェイト自身は、今、きっと彼女と同じ笑みを浮かべているのだと思う。
そうだったら良いなと、自分のことなのにまるで他人のことのように思って。

風が吹いて、彼女の青い髪が広がる。
舞う。

―― End ――
2006/05/24UP
フェイト×マリア
OFP
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Erfolg
[最終修正 - 2024/06/25-10:01]