頭がぼーっとしている。
だからこれは、仕方がないのだと思う。
近頃はタチが悪い風邪がはやっているみたいだから気を付けてね、なんて言ったのは確か三日前に泊まった宿屋の女将だった。そんな忠告をする本人もどうやら軽く体調不良らしく、ファンデーションを厚塗りして顔色をごまかしているようで……まあそれが当人のデフォルトなのかもしれないけれど。
ともあれ、チェックアウトの間際にそんなことを言われて。
三日後、言葉どおりきっちり風邪に倒れた律儀な青髪コンビが一セット。
「……フェイト、生きてる……?」
「……死にかけてる……」
二人は宿屋の一室に隔離された状態で、ツインのベッドにそれぞれ沈んでいた。マリアがかすれきった声を上げたならフェイトの弱々しい呟きがあって、二人、同じタイミングで息を吐く。
そして吸い込んだ空気に再び同じタイミングでげほごほと咳き込んだ。
「理不尽だわ……他のみんなは無事だっていうのに」
「そんなに抵抗力落ちてたかなあ……まあ、戦闘三昧だし無理してたかもなあ」
頭が痛い気持ちが悪い横になっていても視界がぐるぐるする。のどはかさつくし鼻はつまって息ができないし時おりこみ上げるむせるようなセキを飲み込むことができない。身体がだるくて寒くて関節が痛くて頭だけ熱くて。いっそ死んだら楽になれるだろうか、後ろ向きにそんなことを思ってしまうほどで。
少し前に飲んだ風邪薬が早く効いてくれないだろうか。せめて寝入ってしまいたいのに。
「寝込むなんてどれくらいぶりかしら……あんまり不便は感じなくなってきたけど、さすがエリクール、さすが未開惑星よね……」
「コンピュータさまさまってやつだよなあ。あ゛ー発熱ってこんなにクるもんなのかあ」
いつもなら、地球なりディプロなりにいれば。克服済みの資料にしか存在しない病気含めて、スキャンするだけで一発終了、体質やら体調やらに合わせた薬が処方されてあっという間に快方に向かうのに。そもそもディプロなら艦内に入った時点、扉をくぐるごとに危険物チェック含め全身スキャンにかけられるため、ほんの些細な風邪気味程度でも何かしらの措置がとられる。倒れるほどの高熱を出すはまず滅多にない。
――まあそれは反銀河連邦組織という特殊状況によるわけだけれど。
泡のようにとりとめのない思考が浮かぶのに、突き詰めて考えるにはしんどい。ぼんやり瞬いたマリアがまたひとつ息を吐く。
新しい空気にまたも咳き込む。
「先を急ぎたいのに……上空のバンデーンもいつまで待ってくれるやら」
「焦っても仕方がないけどさあ、やっぱ焦るよな」
熱の回った脳内が意味のないことをつぶやいて、ひとりごとのつもりだったそれにどこかぼんやりとした声が返ってくる。
まあ、同じ時期に同じように倒れてくれた彼がいるなら。することのない今も、こうしてしゃべることで暇をつぶすことはできるななんてふと思って。ばかげた考えにあきれ返って、そのときふと耳にくすくす笑いが聞こえて。
「……何」
「なんでもないよ。……いや、いくら病人だからって同じ部屋に押し込めなくてもさあ」
「仕方ないと思うわよ、風邪なんだから。ツインしかない宿屋、相手がいないのに二つよぶんにとるなんてもったいないでしょう」
「いや、あのときのクリフの顔がさ、バカみたいに間抜けでそれ思い出して」
「まったく、どんな心配してるのかしらね。ばかみたいじゃなくて、ばかなのよクリフは」
「ああ、マリアばかだよな」
「……そうじゃないわ」
熱された頭はまともな思考をはじき出さない、こんな調子ではたぶん記憶も残らない。身じろぎひとつさえひどく億劫で、息を吸うことさえひどく面倒くさくて。
「けど、キミがいてくれて良かったって思う」
どんな意味が分からないつぶやきは果たして彼に届いたようで、けれど何かを聞く前にマリアは布団に頭までもぐりこんだ。
頭がぼーっとしている。
だからこれは、仕方がないのだと思う。
うっかり、思ったことをもらしてしまうだなんて。
いつもの彼女には、いっそありえない。
――ここにいてくれて、ありがとう。
頭の中、泡のようにはじけた思考をマリアは今度こそ飲み込んだ。
ぐるぐるぐるぐる、世界が回っている。
