「フェイト、あんたいい加減にしときな」
ネルは一つ息を吐くと、力の入っていないその手からグラスを取り上げた。言われた本人はそれに気付かずに、何も持っていない手を口元に当てて、あれ、と首をかしげる。
「……いくら明日もこの町にいるって言ったって、呑みすぎていいことなんてひとつもないよ」
潤んだ目がネルの手にあるグラスを発見して。伸ばされる緩慢な手をひょいと避けながら、彼女はまたひとつ息を吐く。
「……って言うかさ……離しなってば」
真っ赤な顔がそんな彼女を見上げて。彼女のマフラーを掴む手をゆるめないまま、にへら、微笑んだ。

―― Gewissensfreiheit

鉱山の町、カルサア。ネルがアストールに報告を受けに行っている隙に、パーティメンバーは真っ昼間から酒場に出かけていた。てっきり止めに入ると思っていたマリアも、どうやら酒場の雰囲気は嫌いではないらしい。
ネルが彼らを発見したころには、全員酔いが回りきっていて。
底なしの上に酒が大好きなクリフは、アルベルと呑み比べに入っていて腰に根が生えたように動かない。顔色には出ないものの言動は十分以上に酔っ払いのアルベルは、勝負ごととなると素面の時よりも勝ちにこだわって、ネルの文句を丸きり聞こえないフリをする。その二人の審判と称するマリアは、口当たりがよくて度数の高いものばかり呑みたがって、結果今では真っ赤な顔をしてもうつぶれる寸前。
そして。顔どころかむき出しの腕まで真っ赤にして、やはりつぶれかけたフェイトが。文句を言おうと近付いたネルのマフラーを嬉しそうに捕まえたおかげで、彼女はこの場から逃げることもできなくなっていた。

◇◆◇◆◇◆

「ますたー、おかわりー」
「ちょっとフェイト!! マスター、悪いけど今の注文取り消し、水をくれ!」
「えー。ねるさんのけちー」
「ケチでもなんでもいいから! これ以上呑んであんたつぶれたとして、あたしは運んでってやらないからね!!」
ちらりと見れば、アルベルが化け物め、などとうめきながらテーブルに突っ伏したところだった。ふふ、クリフったら相変わらずよーしゃないわねー、などとほがらかに言うなり、マリアも続いて沈没する。
……これで、金髪大男の両手はふさがったわけで。ますますフェイトをつぶれさせるわけにはいかなくなった。

運ばれてきた水入りのグラスを握らせると、フェイトはうるうるの目でネルを見る。
「ありがとうございますねるさん……っ!」
「あー、はいはい。いいからそれ飲んで。とっとと帰るよ。ほらそこ! これ以上呑もうとするんじゃないよ、どうせ酔わないんだからおとなしく水でも飲んでな」
「ケチ臭いこと言うなよネル。だーいじょーぶだって。こんなんオレにしたら水とかわりねえんだ。こいつらはしっかり運ぶぜ?」
「当然だよ!! あんたが煽ってつぶしたようなもんじゃないか!」
「心配しなくても金ならあるし」
「踏み倒す気だったらあたしが相手になるとこさ。……そーじゃなくて! 調子に乗るなって言いたいんだよあたしは!!」
「怒鳴るなよ。せっかくの美人が台無しじゃねえか」
「あんたが怒鳴らせてるんだろ!! なんだったらあたしも呑んでやろうか!?」
「あ、ちょっとそりゃ止めてくれ……」

◇◆◇◆◇◆

クリフと馬鹿話をしているうちに、テーブルのスミに先ほど取り上げられたグラスを発見したフェイトが嬉々としてそれに手を伸ばす。あわててそれを阻止すると、じっと碧の瞳がネルを見上げてきた。
「ねるさん……」
「なんだい? ほら、いいから水飲んで」
一体自分は何のためにここにいるのだろう。ふと哲学的な言葉が脳裏をよぎり、頭を抱えたくなってくる。
そんなネルに気付きもせずに、フェイトは酔って真っ赤な顔に真剣な表情を浮かべた。
「ネルさん。――愛してます」
「はあ!?」
まるで脈絡のない告白に思わず声を上げて、相手が酔っ払いだということを再確認するとさらに息を吐き出す。
「……酔って自分がなに口走ってるのかも分かってないんだね……それとも相手を間違えてるんじゃないかい。――ああもう、ほら、帰るよ」
宥めすかしても、グラスの水に口は付けられることはなかった。
二日酔いなるのはこいつなんだとあきらめて、ネルはフェイトに肩を貸して立とうとする。ネルよりも少しだけ背の高いフェイトに、自然包み込まれる形になって。マフラーを握り締めていた腕がネルの身体に回されて。
ほんの少しだけ高鳴る心臓に、ネルは気付かないフリをする。
「ネルさんが……好きなんです。……愛してます」
「あーはいはい、ありがとう。……ほらクリフ、行くよ!! 金出しな!」
「お前、フェイトの一世一代の告白だぞもうちっとなんか別のリアクション……てーかカツアゲみてえな台詞口にすんなよ」
小麦の袋でも運ぶように、マリアとアルベルを両肩に担ぎ上げたクリフが、言いながら財布を取り出し代金より少し多めの金額をテーブルに置いた。
「……だって、酔っ払いだろ。そんなものいちいち信じてなんかいられないよ」
「酔っているから気が大きくなってるんですよー。ネルさーん」
「ああ、そうかい」
ほがらかにさらりと言うフェイトは、素面のときと同じどこか飄々とした風で。受け流そうとする素面のネルの頬は、フェイトよりも赤みを帯びはじめていた。
「……酔っ払いの言うことなんか、信じられるわけないじゃないか……」
――まるで、自分に言い聞かせるようなそんな言葉。
くすり。フェイトが笑って、首筋に感じたそれにネルの背筋にぞくぞくしたものが走る。
「……素面の時に口説いても、いいんですね?」
「できるものならやってみな」

なにやってんだお前ら。
人二人抱えているにもかかわらず、まったく重くなさそうなクリフの言葉にあわてて足を踏み出した。ネルは酔っ払いの台詞をとっとと忘れようと懸命で。幸せそうにくすくす笑うフェイトの、その目に宿った色には気付かない。
――素面の時に口説かれたら。その時彼女は、一体何をどう返すのだろうか。

◇◆◇◆◇◆

とりあえず翌日。半ば予想通りに二日酔いに襲われて、声もなく寝込むフェイトを前に。
ネルは小さく息を吐いた。

―― End ――
2004/03/05執筆 2004/06/07UP
フェイト×ネル
OFP
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Gewissensfreiheit
[最終修正 - 2024/06/25-10:06]