いつも、もらってばかりだから。
返したいと思う。たまりにたまったものを、ため込んでしまったものを。

―― Eine magische Formel

「ねえフェイト」
「なんですか? ネルさん」
「好きだよ」
ぶッ!!
あまりといえばあまりの言葉に、唐突すぎる告白に、フェイトは思わずふき出した。飲んでいたコーヒーが気管に入って痛くて苦しくて涙が出る。ぶわっとにじんだ涙の視界の向こう、ああもう大丈夫かい、とかなんとか背中をさすってくれる赤毛の美女が嬉しくて、その優しさが染み入るようで。
思わずうっとりしかけたものの、がへごふぐへ、またこみ上げたセキに情けなく咳き込む。
「……な、なんですかいきなり……」
「まあ、とりあえずは落ち着きな」
苦笑しながら心配そうにのぞき込んでくるネルを。涙目のまま、フェイトは困った顔でただ見上げた。

◇◆◇◆◇◆

現在地――サンマイト草原の一角。夜。
現在見張り当番のフェイトが火に当たりながら眠気醒ましのコーヒーをすすっていて、その前の当番だったネルが身を包んだ毛布に顎をうずめて彼の脇にいる。他のメンバーは全員夢の中――かどうかはともかく、とりあえず起き出してはこない。
当番を交代して、少し経っていて。ネルさんは寝ないんですか? のフェイトの言葉に、何かを考えていたネルがちらりと目を上げて。少しためらってから、やがて何かを吹っ切ったように言ってきたのが「好きだよ」の台詞だった。

◇◆◇◆◇◆

完全におさまらずに、まだ時々むせながら。それでもなんとか落ち着いたフェイトは、ずっと片手に持っていたカップの中身をずずっとすすってみた。なんだか毛羽立った感じの喉が、流し込まれた液体にほんのかすかになめらかになる、ような気がする。
「あー……びっくりした」
「それは……悪かったね。もう平気かい?」
あまりに普通にネルが話かけてくるので、先ほどのアレは自分に都合の良い夢だったのかとフェイトは思わず疑ってみる。疑いながら、むせている最中ずっと背中をさすってくれた手をそのままにしたくて、けふこふとセキ込んでみる。
きっとフェイトの演技に気付いているのに。付き合ってくれる彼女の優しさが、嬉しい。

◇◆◇◆◇◆

「……で……アレは、夢ですか?」
「そんなわけないだろう。あんたはあたしを疑うんだね」
「まさか!」
味わう暇もなく流し込んだコーヒー。その空になったカップを適当に置いて、フェイトは大袈裟に首を振った。
――現実であってほしい。他の何はともかく、これだけは現実であってほしい。
――嬉しかったのだ。……思わず、現実かどうか信じられなくなるほどに。
「他の誰を疑っても、僕自身を疑っても。ネルさんのことだけはいつも信じていますよ!」
「うーん……それもどうかと思うけどねえ」
「いいんです僕が勝手にそう思っているだけです!」
――ああ、何言ってるるんだよ僕は。
思うよりも先に口をついて出た言葉に、心底思っていることではあるものの音にするととたんに情けなる言葉に。言ってから思わず自己嫌悪に陥りかけたフェイトに、ネルがくすりと笑う。
「さっきさ、……見張りで一人でずっとじっとしていたわけだろう?」
「そうですね」
「おかげで、ぐるぐる思考ばっかり巡ってさ、」
昼間、明るいうちに拾い集めておいた木の枝を一本、ネルが焚き火に放り込んだ。一瞬だけ炎が大きくなって、オレンジの光に照らされる横顔がこれ以上ないほどに美しい。
その美しさ幻想さ神々しさに。思わず息を呑んだフェイトに、ネルが薄く笑う。
「思ったんだ。……あたしはあんたからもらってばっかりだ、って」
「は?」
先ほどから、ネルには驚かされっぱなしで。
唐突な言葉に、フェイトは今度も付いていけなくて。
分かっていない驚いているフェイトに、ネルの横顔が笑う。

「フェイトは、あんたはあたしのこと「好き」だって言ってくれるけど。何度も言ってくれるけどさ。……その分、あたしはあんたに返せているのかな、って」
「そんな……!」
「ああ、分かってる、あんたの言いたいことは大体分かってるつもりだよ。けどさ、……それこそ「あたしが勝手に思っている」だけだしさ」
その口元の苦笑が、なんだか淋しい自嘲に変わっていた。何も言えないフェイトがただ目を瞬いていると、ネルは小さく首をかしげる。
「あんたに返したいと思うんだ。もらった言葉も心も、もらった以上に返せたらって思うんだ。今はまだどうにも恥ずかしくて無理だけど、「いつか」は」
積み上げた木の枝、手に触れたそれで元気に踊る焚き火をつついて。つつかれて火の粉が散って、フェイトは、ああ、ネルさんてなんてきれいなんだろう、とまるで関係ないことを思う。一瞬一瞬、違う美しさを見せるネルに見惚れる。
フェイトの熱っぽい視線に気付いているのかいないのか、淋しい笑みを浮かべたネルはただ淡々と続ける。
「返したいんだけど、けどさ。
今、あたしらはこんなことやってるだろう? いつ死ぬかも分からないじゃないか。
……「返したい」気持ち抱えて死ぬのはやだなあ、って思ってさ」
「ネルさんは死なないです!」
「うん、あんたが守ってくれると思う。それは信じてる。でもね、人間て簡単に死ぬんだよ。結局どうなるかなんて分からないんだ。
ひょっとして、あんたが先にくたばる可能性だって……あるんだよ?」
隠密として、一国の重鎮として。「死」を間近で見つめ続けてきたシーハーツのクリムゾンブレイドが、美しく微笑む最愛の人が。
なんだか急に自分から離れてしまった気がして。
フェイトは手をのばした。離れていかないように、離れていないことを確かめるために抱き寄せたいのに、身体が怯えている。彼女の丸い肩に手が触れた瞬間、凍りついてしまってそれ以上指一本動かせない。
そんなフェイトにまるでかまわずに、ネルは続ける。どこか遠いところに、ささやいている。
「こんな想い、抱えていたくないじゃないか。そりゃやっぱり今でも恥ずかしいけど、でも今まで目をそむけていたことに気付いちゃったらさ。もう無視できないじゃないか」
「ねる、さ、」
「だから、」

◇◆◇◆◇◆

ネルの目がフェイトを射抜いた。強くて静かで優しい瞳に、フェイトの魂が吸い込まれる。
「だから、「好き」だよ。あんたには感謝してるし、ずっと一緒にいられたらと思う」
ネルの手が伸びて、フェイトの頬をそっと包んだ。彼女に、その瞳に魂を吸い取られたフェイトはまるで動けなくて、そんなネルをただただじっと見つめている。
「あたしは、あんたが好きだよ……」
見つめ続けられなくて、瞬いて。瞬きの間にネルの顔が近付いていて。
――唇に触れる感触は、まるで何かの誓いのようで。
その甘い感触をもう一度味わいたかった。もっとじっくり味わいたかった。なのにそれは一瞬で離れてしまって、フェイトはやはり動けない。
ネルが、笑う。
「いきなり、悪かったね。聞いてくれてありがとう。じゃ、お休み」
それきり、マントのようにまとっていた毛布に顎を顔を埋めてしまって。本当に寝たのか寝たふりなのか、それきりまるで動いてくれなくて。
それこそ演技なのかもしれないけれど。小さな寝息が聞こえてくるころになって、ようやくフェイトがぎごちなく動きを取り戻して。

「……かんぱいですネルさん」
どういった意味での「かんぱい」だろうと思いながら。フェイトの顔に、じわり、小さく笑みがにじむ。

―― End ――
2005/07/25UP
フェイト×ネル
OFP
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Eine magische Formel
[最終修正 - 2024/06/25-10:06]