――いったいこの「ひとりごと」が、本当にあんたたちに届くのかね?
言って、彼女は困ったように微笑んだ。

―― Du bekommen der Brief

「……珍しいな、メール着信……ええと、昨日の昼くらいか」
朝イチに通信機のチェックをするのはフェイトの、もはや癖だった。戦闘中ならまだともかく、それ以外の時に不用意に目立つ電子音をほいほい立てるわけにはいかないし、バイブレーション機能も似たような理由で使えないので、こまめに自分から着歴を調べないとせっかくの連絡に気付かないから。
だから小さくつぶやいて、どうせソフィアからの「お元気ですか」メールあたりだろうとタカをくくっていた彼は。
差出人の名前に、思わず頬をつねっていた。

◇◆◇◆◇◆

『いったいこの「ひとりごと」が、本当にあんたたちに届くのかね?』
言って、彼女は困ったように微笑んだ。
鮮やかな赤毛にも、強くてやさしい美しさにも何も変わりはない。けれど、少しやせたように思う、少しやつれたように思う。それは今の彼女の美しさを際立たせていたけれど、それを見るフェイトの心はなんだかしくしく痛む。
『――ええと、いきなり悪いね。
別に、何かあったわけじゃないんだ。ただ、しばらくこれほったらかしていたら、何も……ええと、よく分からないけど「デンチ」が尽きた、のかね? 真っ黒になっていて、あわてて、マリアからもらっていたのとなんとか取りかえて、それで――そう、だからこの機会にこれ使ってみたいって思ってさ』
懐かしい、女性にしては少し低めの何となく色っぽい声。
発達した科学は彼女の肉声をかなりのレベルで復元してくれて、画面の向こうの、困ったような顔までちゃんとくっきり映っている。けれど、本物の彼女と、記憶の中の彼女とどうしても比べてしまうから。どうしても、それは「にせもの」みたいに思える。
思ってしまえば、やはり余計に懐かしい。とてもとても、懐かしい。
『そう、だからこっちは何も変わりはないよ。戦争と、そのあとの卑汚の風とかからの復旧は、ちゃんと進んでいる。ゆっくりだけどね。アーリグリフとは、実はまだ小競り合ったりするけど、せいぜいがまあ、数人での喧嘩レベルさ。
不本意だけど、あたしとアルベルの仲をそのまま写しているみたい、だ。
――って、この前クレアに言われたよ。かなり悔しいけど、クレアの言うことだ、それは間違いないんだろう。だから、……うん、気に食わないけどさ、けっこううまくやっていると思う』
マリアやソフィアたちから一体どんな使い方レクチャーを受けたのか、それまで口以外微動だにしなかった彼女が少しだけ顔をしかめた。たった今出した名前の持ち主と、その相手と彼女との仲を国同士の仲に例えられたのが本当に嫌だったらしい。
くすり、フェイトの口元が緩む。相変わらずだな、なんて思ってみる。
『ああ、アルベルといえば。そういえば、グリーテンが……まああっちも今回の騒ぎで被害受けてたみたいだからそれが落ち着いてからになると思うけど、たぶんそろそろちょっかい出してくるだろうってことで、この前アーリグリフと合同演習したんだ。で、やつと顔を合わせた。
相変わらずだったよ。
相変わらず口も態度も悪いし無愛想だし、休憩時間に手合わせしたんだけど、相変わらずの強さだった。まあ、勝たなかったけど負けもしなかったさ。当然だろう? あいつに負けるなんて、考えただけで腹が立つね。
――あ、でも、今思えばあのカルサアの修練場で会ったときとかから考えれば、ずいぶん丸くなったかな。演習中にちょっとミスした部下がいたけど、怒鳴りつけただけですんでたよ。噂の「歪のアルベル」なら、殴ったり蹴ったりだとか最悪斬り殺してたりとかしてそうじゃないか。……あんたたちはあの噂知らなかったっけ? ま、丸くなったよね。
そうだ、あとは別件でアーリグリフに入った時に、アルゼイ王やウォルター老にも会ったけど、元気そうだった。ウォルター老が、ちょっとだけ年取ったみたいに見えたかな。アルベルの子供の顔見るまではまだまだ現役続けるだとか言ってたけど、そんなのあいつに言うことじゃないか。なんであたしに言ったのかね?
ま、いいや』
――それって、あいつと結婚しろとか暗に言ってたんじゃないかなあ。
そろそろ慣れてきたのか、画面の向こうの小さな顔は、なんだかいろいろな表情を浮かべて。大袈裟に肩をすくめて、ちょこんと小首を傾げて、そして笑う。つられて、フェイトの顔もほころびっぱなしで、今彼を見ている人間がいたらさぞ気持ち悪いことだろう。
『アーリグリフだけじゃなくて、こっちも、シーハーツもそれなりにうまくやっている。クレアもタイネーブもファリンも、当然だけど女王陛下も、エレナ女史やラッセル執政官もこっちに残ったクリエイターのみんなも元気だよ。
それに、ちょっと忙しいからどうしても時々になるんだけど、シランドにいる間はディオンやアミーナの墓参りもしている。ここの墓地、けっこう広いんだけどこの前の一件で一気に住人が増えたよね……うん、哀しいことだけど、「このくらいの犠牲は仕方ない」なんて言いたくないけど、でも、この人たちにちゃんと胸張っていられるように、がんばらなきゃって思う。
――近況はそんなところかな、あんまり詳しく言ってもそういえば意味ないしね』
彼女は、笑って、
『――これ、本当にあんたたちに届くのかな。ええと、まず誰に届くんだろう。誰かひとりに届いてから、その人がみんなに同じもの配るって、言ってたよね?
ええと、ここからはできるなら特定の誰かにだけつなぎたいけど、うーん、ごめん、しばらくほったらかしていたから動かし方をうまく思い出せないんだ。だから、ごめん、
――今から、ちょっとわがままを言おうと思う』
――え?
『……フェイト、そこにいるかい? よく分からないけど、この声はあんたに届くかい??
あのさ、離れてみて、しばらくみんなに会わなくて、気が付いたことがあるんだ。距離も時間も、あのとき、星の船に実際乗っているときはよく分からなかったけど、本当にすごくすごく遠い距離をあたしたちは旅してきたんだなって、最近しみじみ思う。
――もう、会えないかもしれないんだよね? あれ、何か会う方法があるって言ったっけ??
まあ、会えないとあたしは思っていて、だから、あんたにわがままを言いたい。フェイトに、わがままを言いたいんだ』
覚悟を決めるように二度三度深呼吸をして、彼女は、ネルは、
『――あんたに、会いたいよ。会って、言いたいことがあるんだ。途方もなく遠い距離を実感しはじめてから、毎日大きくなっていく言葉があるんだ、それを受け取ってほしいんだ。
ここじゃ、言えないけど。直接言いたいから、だから、もう会えないなら一生伝えられないんだけどさ。
これを聞いたのが、フェイト以外の人ならあいつに伝えてほしい。あたしのわがままを伝えてほしい。みんなにも会いたいけど、今一番あたしが会いたいのは、ごめん、フェイトなんだ』
長い長い通信は、そこで一度途切れかけて、
『――ああ、そうだ。こっちに来るようなら今度はちゃんとこっそり来とくれよ? あのアーリグリフみたいな騒ぎはさすがにごめんだよ。特に今は、まだみんなぴりぴりしてるからさ。
じゃあね、みんな元気で。いつかまた会えることを願ってる。道はもう重ならなくても――アペリスの導きのままに、みんなの成功を祈っているよ』

◇◆◇◆◇◆

少しわざとらしい茶目っ気と、こちらはとても魅力的なウインクを残して、そこでメールは、映像つきのメールは終わった。もう一度最初からそれを見て、フェイトは少し編集したものをすぐさま他のメンバーに送りつける。
青い青いエリクールの空を見上げて、どうやらネルは何か勘違いしていたらしい、この星に残ったフェイトはこの星の空を見上げて、
「参ったなあ、ネルさんの呼び出しとなればすぐに駆けつけないと。
――何日かかるかな、うん、でもすぐに行くから」
同じ空の下、シーハーツの方角に向かってつぶやいて。声は流れて風に溶けて、消える。
「僕も会いたいよ。会いたいって言ってくれて、嬉しいよ」
浮かべた微笑は、陽の光に溶けて消える。

例の闘いに蹴りがついてしばらく経っていて、仲間たちはとうに解散していたある日。
――大切な仲間から、仲間だった大切な人から、あのパーティのリーダーをつとめた青年に。
そんな一通のメールが、届いた。

―― End ――
2005/09/13UP
フェイト×ネル
OFP
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Du bekommen der Brief
[最終修正 - 2024/06/25-10:07]