――あなたを大切だと思う。
――あなたが大切だと思う。

―― ins unermessliche

「……フェイト。この旅が終わったら、あんたはどこに行くんだい?」
それは、螺旋の塔をのぼりはじめて――きっとすぐだったと思う。何気ない雑談の片隅に混ざったネルの声に、問われたフェイトはあわてて顔を上げて――当のネルはなんだか、あらぬ方を見ていたから。
その質問を彼女がどんな表情でこぼしたのか、フェイトは知らない。

「ネルさんは、――やっぱりシーハーツに戻って隠密を続けるんですか?」
それは、螺旋の塔での――最初の野営の時だったように思う。各自が各自、自分に割り振られた仕事をこなしている時に流れてきたフェイトの声に、問われたネルは驚いて顔を上げて――当のフェイトはなんだか真面目な顔で、アイテム袋の中をにらみ付けていたから。
その質問を彼がどんな表情でこぼしたのか、ネルは知らない。

最後の闘いが迫っていることを肌で感じた瞬間、なぜだろう真っ先に気になった。相手は何しろ創造主だから、ひょっとしたら勝てないかもしれない、……なんてことはまったく思わずに、ただただ気になったのは。
――この闘いが、終わったあとのこと。そのあとの、想い人の行く先。

◇◆◇◆◇◆

無駄に広くて複雑な塔の中に新しく階段を見つけるたび、そうしてどんどん上へ上へと向かうたび。一歩ごとに、重い心が大きくなる。自分が今こうして重苦しい雰囲気を抱えている本当の理由を、他のメンバーに知られるわけにいかないと思う。
すべての世界で一番不真面目な人間は、今この瞬間間違いなく自分だと思う。
――この戦いが続く限り、彼は彼女は自分のそばに、同じパーティ内にいるから。
――だからいつまでもこの階段が続けばいい、なんて。
誰よりも何よりも、不真面目で不謹慎なことを考えていると思う。

◇◆◇◆◇◆

最後の闘いに臨んだ今でも、結局ネルにはフェイトの世界のことなんて何も分からない。
分かりたい、と思って彼女なりに懸命に周囲を見聞きして情報を仕入れてみたけれど。脚を踏み出せば勝手に開くドアも、ボタンひとつでいつの間にか工房にいるからくりも、よく分からない筒に入った瞬間どこかへ移動している施術も。結局わけが分からないモノ、のままだった。
そんなモノがあふれている世界に生まれて育って、それが当たり前のフェイトは。本当の本当に、まるで違う世界の人間だと思う。

最後の闘いに臨んだ今でも、結局フェイトにはネルの世界のことが理解できていない。
地球の古代史によく似た文化程度を持つエリクール、そこまではいい。そこまでは良いけれど、それなりに過ごしたはずのエリクールでの暮らしは、けれど彼の中に「よくできたシミュレーション」以上の実感を生まなかった。
彼が遊びでしていたファイトシミュレーションと、エリクールの猟師が生活のためにしている狩りはまるで違うと思う。アーリグリフとシーハーツの戦争だって、兵士たち施術士たちは心底真面目に戦って、そして死んでいったとはずだ。そう思うけれど、結局は頭で分かったつもりになっているだけで、「分かったつもりになっている」それだけが嫌というほど分かってそのもやもやが。彼の中にやるせない気持ちを生んでいた。
そんな世界にそのまま等身大で生きているネルは、それ以外の生き方を知らないネルはそれ以外の生き方ができないネルは。本当の本当に、まるで違う世界の住人だったのだと思う。

◇◆◇◆◇◆

けれど、彼の生きる世界だから。けれど、彼女の生きる世界だから。
だから理解したいと思った心は本物だったはずだ。
そして真剣だった心の分だけ、理解できなかった、その落胆は大きくて。あともう少し時間があれば、あともう少しあの世界にいたならあの世界のものに触れたなら。どうしてもそんなことを思ってしまって。
こうしている間にも、世界の崩壊はそこかしこで続いているのに。
理解したい、相手を理解したいというエゴはこの闘いが少しでも長く続くことを願っている。
闘いが続く間だけは一緒にいられる、そう理解している心が。
――この、平穏とまったく正反対のこの生活を、心底望んでしまっている。

◇◆◇◆◇◆

――フェイトがそうしたいって言うなら、シランドにでも家を手配するよ。
一言告げてみたい誘惑を、ネルは必死に押さえつける。
――ネルさんがそうしたいって言うなら、このドサクサにまぎれて戸籍だって用意してみせますよ。
一言告げてみたい誘惑を、フェイトは必死に押さえつける。

彼には、彼女には。彼なりの、彼女なりの生活があるから。彼なりの、彼女なりの世界があるから。
――一緒にいたい、そんな自分のエゴで縛り付けてはいけないと思う。
――想いを残すのはつらいから、だから想いを告げてはいけないと思う。
やさしい彼は、やさしい彼女は。この世界の崩壊を、望んでいるはずがないのだから。だから一刻も早くこの塔の天辺にきっといる、ルシファーを倒さなくては。彼のために、彼女のために。この世界に住むほかの人間なんてどうだっていい、ただひとりのために。

たとえ自分の心を殺してでも。

◇◆◇◆◇◆

彼の住む世界を、彼女の住む世界を。
守りたい。
そう思う心そのものは、その心だけは。
歪んだこの欲望の中、ただひとつまっすぐ仲間に胸を張ることのできる目標だから。

――あなたを大切だと思う。
――あなたが大切だと思う。
その気持ちは、うそ偽りなく。

――あなたの未来を守るために。
――あなたの未来を守りたいから。
その気持ちは、嘘いつわりなく。

――この闘いが終わったら、
――あなたは、どうしますか? 元の世界に帰るのですか??
もう二度と口に出す勇気のないその疑問を抱いて、緊張の中にこやかに言葉を交わしながら、もう二度とその疑問は訊ねられないけれど。

◇◆◇◆◇◆

――もっと、果てしなく。
――この塔が、階段が続けばいい。

醜いエゴから無理やり目をそらして。
告げられない同じ想いを抱きながら、二人は、仲間たちは。ただ一歩ずつ確実に、前に進んでいく。

―― End ――
2005/11/22UP
フェイト×ネル
OFP
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ins unermessliche
[最終修正 - 2024/06/25-10:07]