この細い身体のどこに、
どこにあれだけの、

―― Ausruhen

さわり、野を駆けてきた風が彼女の赤毛を揺らした。ちょっとした木陰に腰を下ろしてそっと身を預けて、少しうつむいた彼女は。一見そうやってその場に忍んでいるように見えて、その実これほど近くに寄っても何の反応も見せない。
体力がどうしても低い女性の身ながら、パーティの主戦力の彼女は。シーハーツという大国の、どれほどいるのか分からないたくさんの隠密たちを束ねる、クリムゾンブレイドの彼女は。日ごろ、そうした激務に追われているためだろう。
どうやら寝ているようで。
休憩時間、いつの間にかふらりといなくなった彼女を探して周囲を探し回って。誰よりもいとしい彼女をやっと見つけて、話かけようとしたところで。
フェイトは伸ばしかけた手をぐっと握り締めて、その整った顔をしげしげと見つめる。

――よく寝ているな。
――そんなに、疲れていたんだ。
――だったら言ってくれれば良いのに。
――休憩をしよう、って言ってくれれば良いのに。

生真面目で意地っ張りな彼女の性格から、無理な願いと知りながら。座り込んで木にもたれかかって、そうして木陰で休んでいるネルを見ながら。思ったことを息を吐いて逃がして、フェイトも同じようにその木陰に――ただしごろんと横になってみた。
茂りすぎていない、この春芽吹いたばかりの明るい色の葉が作る影は。適当に陽をかげらせて、けれど暗すぎたりもしない。風が吹くたびにさわさわと小さな音が耳に心地良くて、手を伸ばせば触れる位置にいとしい人がいる、その事実はそれ以上にとても心地良くて。

――無理しなくて良いのに。
――疲れているなら、そう言ってくれれば。

思いながら、やわらかな下生えの上フェイトはうとうとと目を閉じた。いろいろ考えている、そのすべてが。薄くなって逃げていって、段々何も考えられなくなっていく。

◇◆◇◆◇◆

「……?」
何かの気配を感じた。それはもちろん危険なものではなくて、けれど心底安心するには少しばかり気恥ずかしさをともなう。気恥ずかしい、恥ずかしい、いたたまれない……どれも何かが少しずつ違って、丁度良い言葉が見つからない。
そんなことをつらつら考えながら、ネルはぼうっと伏せていた目を持ち上げた。少し、考えごとをしていたはずなのに――どうやら寝てしまったらしい。時間の感覚がなくなっていて、
……今何時だろう……?
……みんなは?
……集合時間は過ぎていないかい??
ふつふつとわきあがる疑問に思わず顔をしかめる。

「……まったく、」
寝るならちゃんとしたところでちゃんと、短時間でしっかり回復するのが好きなのに。こうしてうたたねで時間をつぶすのは、なんだか時間を無駄遣いしているような気がして嫌いなのに。
うっかり寝入ってしまった自分に息を吐いて、ふと――気配。
「……フェイト?」
なぜ今まで気付かなかったのだろう、すぐそばに。青い髪の青年がだらしなくその場に横になって、なにやら気持ち良さそうに眠っている。

身体ののび切っていない、一気に急激にのびた身長に肉がついてこない、そんなどこか危うさのある細い身体つき。それをまるで投げ出すように下生えに横になって、何か夢を見ているのか、何か良い夢を見ているのか。口元が顔全体が、気持ち良さそうにほころんでいる。
「人のこと言えた義理じゃないけどさ……」
先ほどまで寝ていたネルがよくぶつからなかったものだと感心するくらい近い距離で、何よりも無防備になってゆっくり休むフェイト。触れて良いものか少し悩んで、腰の引けた動きでそれでもネルの指先が彼の頬に触れる。
ゆっくりなぞればくすぐったそうに身をよじって、けれど彼に起きる気配はなくて。
「こんなとこでこんな風に寝ていたら、風邪引いちまうだろ?」
今度は少し大胆に、彼の髪を梳いてみれば。何かが気に入ったのか、まるでなでられた猫のように。ごろごろとのどを鳴らしそうな機嫌の良さそうな顔が、さらににゃーとほころんで、
ふっと浮かんだ笑いが、発作的に大きくなって爆発しそうになって、ネルは思わず笑いと一緒に息を飲み込んだ。あわてたせいだろう、飲み込んだ空気が飲み込む瞬間のどでくきゃっと変な音を立てて、それが引き金になって止まらない笑いにネルは肩を震わせる。

それがどういった感情なのかよく分からない、ただ嫌ではない何か、あたたかい気持ちが。
最近フェイトを目にすると胸の奥に生まれる。胸に生まれたそれは、けれど彼がネルを見ない、他の誰かと話をするのを目にするだけで揺らいで冷えて、逆に黒い塊になって心に沈殿する。
それが何か、ネルは知らない。知ってはいけないと胸の奥の何かが叫ぶ。
だから今も。今はあたたかい何かが胸を満たしていて、心を満たしていて。それがなんだか切なくて。やりきれなくて、けれど幸せで。

「……あんまり無茶、してるんじゃないよ?」
彼の二の腕にうっすら走った傷痕が見えて、ぼやいてみた。これは確か、先日の戦闘で無理な体勢で無理にネルを庇ったために負った傷だ。最近フェイトは、そんなつまらないことばかりで大量に怪我をしている。
ネルにとってはつまらないことで怪我をしているフェイトは、けれど彼にとっては名誉の負傷だとかなんとか、そんなことを言っている。

――分からないことだらけだ。
――あたしの知らないところから来たあんたは、あたしの知らないことをいろいろ連れてくる。
――あたしはそんなに、ものを知らなかったのかい?

分からないことが悔しくて、けれどそれがなぜだか嬉しくて、自分の気持ちがよく分からないネルは大袈裟に顔をしかめて、
「…………」
何かを思い付いたように、少しばかり首を傾げてみる。
「……やれやれ」

そうしてもう一度彼の頬をなでて、彼の髪を梳いて。
フェイトが起きないことを、そうやって確認して、

◇◆◇◆◇◆

「……?」

……何か、やわらかいものが……?

そうしてぼうっと目を醒ましたフェイトは、見上げる位置にネルの姿をみて。思ったよりも至近距離に彼女を見て。見られているネルはそれに気付かないように、先ほどと同じく顔を目を伏せてうたたねをしているようで、
そのやわらかではりのあるももを枕に寝ている自分を発見したフェイトは、何かを叫びかけて、けれどあわてたようにそれを飲み込んだ。

偶然でも必然でも、誰かの、彼女の意図でも。
――先ほど触れることを躊躇した彼女に、こうして触れることができるなら。

……この細い身体のどこに、
……どこにあれだけの、

そんなことを思いながら、フェイトは再び身体から力を抜いた。
彼を見て同じことを思ったネルを知ることなく、そうして目を伏せて。

――もう少し、休んでいこう。

同じことを思った、それに気付くはずもなく。
二人はただ、やわらかな木陰の下。――ひっそりとささやかな眠りに戻る。

―― End ――
2005/12/10UP
フェイト×ネル
OFP
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Ausruhen
[最終修正 - 2024/06/25-10:08]