すっと手がさらわれて、熱っぽい手にさらわれて、
――驚いて顔を上げたなら。

―― Mit Respekt zu sagen

「ネルさん……」
どこにそんな暇を見つけたのか、たぶん忙しいはずの青髪の青年が訪ねてきた。
確か彼は探していた父親をついさっき目の前で亡くしたはずで、見た目にもかなり憔悴していて。それでもきっと、周囲に気を使っていたのだと思った。「いつものフェイト」を演じて、そして、
――そして、彼は彼女に会いに来た。

◇◆◇◆◇◆

カルサアの修練場で、どうやらかなりの窮地に陥っていたらしい仲間たちを助けた。その際情けないことに敵の攻撃を喰らって、気が付いたら見たこともない狭い場所に寝ていて。
どうやらそこは、フェイトたちの船だったらしくて。
なりゆき上、彼らに手を貸すことに――それで借りを返すことになって。本当はそんな程度で山のような借りをすべて返すことなどできないと思っていたけれど、ともあれそういう話に落ちついて。

「フェイト……?」
ため息のように彼女の名前を呼んで以降、まるで動こうとしない青年にネルはやがて首をかしげた。
これで終わり、もう二度と会うことはない――そういって別れたのはつい先日のことで、だから戸惑っているのかとも思う。結果的に嘘になってしまったあの言葉を取り消したいのかとも思う。

――けれどなんだかそれは違うような気がする。
――きっときっとそれは違うような気がする。

それでも、だからといってどうすればいいのか見当のつかないネルはただ戸惑って。
すっと手がさらわれて、熱っぽい手にさらわれて、
――驚いて顔を上げたなら。

とても複雑な、けれど何よりも美しい碧がそこにあった。

◇◆◇◆◇◆

――あのときも、同じ目をしていたね。

ネルの脳裏がささやく。
あの時――何かの装置だったのだろう、いかにも敵らしいやつらが自慢していたあの装置を破壊したあの時。攻撃を喰らって思わず倒れたネルに向けられたのも、確かこんな碧だったと思う。
怒りとか焦りとか安堵とかなんとか。
いろいろな感情が凝縮された結果、逆に澄んでしまった碧。何よりも雄弁に語っていて、結局は何も伝えられない、そんな複雑極まりない瞳の色。

まっすぐに向けられたそれはひどく居心地が悪くて。
それと同時になぜか嬉しかったことを、覚えている。
まっすぐに向けられているそれはひどく居心地が悪くて。
それと同時になぜか嬉しい気持ちも、やはり心の中にある。

「フェイト……?」

……忙しいん、だろう?
――大丈夫、あたしは何も問題ないよ。
――まだちょっとあのときの傷がうずくけど、怪我そのものはちゃんと治ったし。
――なんかをやらかして助けを求めるような、そんな真似は誓ってしないからさ。
――ねえ、やることがあるんだろう?
――やっと戻ってきたんだろう? 父上のことは残念だったけどさ、たとえば……たまった仕事とかはないのかい??

◇◆◇◆◇◆

言おうとしていたすべてが、結局は言葉にならずに霧散した。
たとえどんな理由をつけても、自分からこの青年を突き放す真似はできないのだと、今も握り締められているこの手を振りほどくことはできないのだと、ネルの心が苦笑まじりにささやいている。
ただ、それは。甘い感情からでは、きっとなくて。
それでも、離れたくない気持ちだけは事実なのだと思う。
この碧を向けられることは。
居心地悪いけれど、それでもどうしてもその反面、嬉しい気持ちも確かにある。

「あの、……ネルさん?」
「なんだい」
どこまでも真剣な碧、複雑な感情。まっすぐ、まっすぐに加熱して彼女を見据える視線。

――ああ、きっと。
――きっと、無茶をして飛び込んだあのときを怒っていて、
――きっと、結果的には皆を助けられたことを律儀に感謝してくれていて、
――きっと、……ほんの少しで良い、この再開を喜んでいてほしくて。
――きっと、ああ。

無茶を叱られるにしても、感謝の気持ちを告げられるにしても。
フェイトがもう一度口を開く前に、その時ふとネルに言いたい言葉が見つかった。言わなくてももちろんかまわないけれど、一度ちゃんと伝えておきたい言葉を思い出した。

――ああ、そうだ。
――あたしはあんたに、

◇◆◇◆◇◆

「ネルさん、あの、」
「フェイト……ひとつだけ、いいかい?」
勢い付いたように続けようとする彼の言葉を、ちょっとした罪悪感と共に遮って。あの、ともぐもぐ口を動かす彼に、悪いね、と目で謝って。
握り締められた手を、握り返すように手に力を入れて。

――ああ、そうだ。
――この言葉を、あんたに伝えたくなったんだ。

恋人とか、そういう甘い関係になりたいわけではないけれど。いつの間にか誰よりも大切な仲間になっていた青年に。
たった一言、けれどちゃんと告げておきたくなった。

「ただいま」のたった一言を。

もし彼に告げたなら。
……一体、どんな顔をするのだろうか。

思っただけで顔のほころんだネルに、あたふたと青年が落ち着きをなくしている。その意味は、深いことは考えないでただ、

ゆっくりとネルが口を開いた。
逆にフェイトの口が閉じられて、それをまた彼女の目が笑う。

―― End ――
2005/12/31UP
フェイト×ネル
OFP
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Mit Respekt zu sagen
[最終修正 - 2024/06/25-10:08]